第8話 バブル弾ける

 そうこうしているうちに、土地バブルが弾けた。世の中、大騒然である。

 黄金で装飾されていたタダの土地が本当の姿を現す。昨日までは一億円の地価がついていたものが今日は誰も欲しがらない。ババ抜きのババを掴んだまま最後の者が悲鳴を上げる。


 一気に日本経済が氷点下に冷え込んだ。

 バブルで儲けるのはごく一部のギャンブラーだけだが、それが弾けたときの被害は国民みんなが受ける。実に迷惑な話だ。

 破綻した長銀に忖度した政府から公的資金と名前を変えた税金が注ぎ込まれる。銀行の廊下に黒ビニール袋に詰め込まれた札束がどさどさと運び込まれ、その日の内にその内の一億円が盗まれて行方不明になった。犯人はわからず終いである。

 どこかの誰かの賭け事のツケを無関係な国民が払わされる。もう無茶苦茶である。

 ウチの会社は建設用機械の重要部品を握っている独占企業であり、新工場を建てるほど景気が良い黒字の企業だ。バブル破裂を十分に乗り切れるだろう。そう楽観していた。



 これらとは関係ないが、引越し先の新居に前の大家から手紙が来た。中身は請求書だ。

 何なに?

「家の痛みがひどい。特に猫が爪を研いだ障子は使いものにならず・・」

 あのなあ。嘆息した。二十年、まったく補修しなかった家の痛みがひどいのは当たり前だろ。そもそも最初に住んだ時点で築四十年はいっている家だ。敷金なんか返して貰っていないのだから、補修費用の請求なんてしてくるなよ。経年劣化の保障は家賃に最初から含まれている。

「金額として二十万円を請求し・・・」

 猫が爪研いだ障子一枚で二十万円を請求してくる。なるほど悪い大家だ。というより悪い人間だ。

 この大家は近くで歯医者をやっている地域の有力者であるが、正直に感想を述べれば酷いヤブ医者である。患者に口を開けさせたまま、二時間ほど昼寝に行くわ。女の子にはイタズラして大騒ぎになるわ。そんなことを繰り返しているうちに医院に放火されるわ。という悪い意味で大変な有名人でもあった。


 払う理の無い金だ。放っておこう。そう親に言ってから、頭の中から消去する。


 後々、母が死んだ後に、隠していた手紙が出て来た。しつこく請求が来ていたようで、母は誰にも黙って自分の手持ちのお金から十万円ほど払っていた。記憶の中の母はいつも気丈で芯の強い人であったが、それは子供たちに見せる母親の顔であり、本当は気弱な人であったと後で知った。


 年齢的に今はこの大家は死んでいるだろう。

 彼の魂が地獄の炎でじっくりと炙られますように。

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