第5話 仕事ごっこ
白紙を前にしていろいろと回路イメージを描いていると、古株の一人に呼ばれた。
Oさん。いったい何でしょうか?
パソコン上で女性がセックスしているアニメが動いていた。
はあ?
「何だ、こういうのに興味ない?」
Oさんはニヤニヤしている。
お前はバカか? そう言いそうになった言葉を飲み込む。
そう言えば面接の後の歓迎会でも焼きスズメを出す店に連れていかれて食わされたな。こちらが嫌がる姿を見て楽しもうと思ったらしい。
うーむ。ここも会社ごっこの世界か?
「別に興味ないです」
仕事に戻った。
「なになに、どうしたの」もう一人の古株のMさんが自分の机から立ち上がった。
「あなたはそこにいて仕事をしてください。まだ制御用ソフトできていないのでしょ」Oさんが釘を刺す。
Mさんは何かと言えば席を離れて狭い事務室内をうろうろする。いわゆる仕事はできるが集中が続かないタイプだ。
もう一人のTちゃんはただパソコンの前に座って、キーボードは一切叩かずにマウスを規則正しくカチカチとやっているばかりだ。
おぶさりてぇのTさんはツールのマニュアルを読むのに飽きたのか、机に座ってマニュアルを読む振りをしてただぼーっとしている。
うーむ。確かにどいつも会社ごっこをしている。とにかくこうったことに巻き込まれないように仕事に熱中した。
このとき新部門の立ち上げにおいて部長が集めた人材はどれもひどかったと後で聞いた。
自分は毎月残業を四十時間やるから最初から月給にその分を加えてくれと要求した者などその典型だ。もちろんいざ仕事が始まると毎日定時退社である。
中には移籍金を標準の数倍要求する者もいたらしい。
大会社のときの技術者たちもひどいのが多かったが、労働市場をウロウロしている連中はそれに輪をかけてひどいのだと初めて知った。
ー暇話休題ー
ASICというのは最初から基礎的な回路の半分が作られている多品種少量生産を目指したLSIである。
通常のLSIの開発は数千万円から数億円を必要とするが、ASICの場合は500万円程度で済む。その代わりにあまり大きな回路は組み込めないという欠点がある。
ASIC設計は初めてだが、構造自体は難しくないので一日で慣れてしまった。そういう意味では電荷容量などを気にしないいいだけデジタル回路設計よりも単純だ。
周囲でサボリーマンたちが遊んでいる間にも真面目に作業を続ける。
モータ制御の基本となる方程式を見ると割り算が入っている。32ビット長の割り算回路など、間違ってもこのチップ面積に入るはずが無い。どうしようか腕を組む。
ああ、昔パソコン雑誌アスキーを隅から隅まで読みつくしたときの記憶が蘇って来た。たしかDDAアルゴリズムについて書いてあったような。(初期の頃のアスキーはこのようなアルゴリズムや技術の説明も行っていた)
DegitalDesignAnalysisは、円を描画したり斜め線を描画したりするのに使用するアルゴリズムだ。本来ならば時間がかかる乗算や除算を使うことなく、加減算だけで操作を置き換えてしまう方法である。
なるほど、ここに応用できそうだ。
ある数を100で割った値が欲しければ、ある数を順次加算して行って100を越える瞬間まで数えれば良い。計算が目的な場合はもの凄く効率の悪い方法ではあるが、描画アルゴリズムなどでは恐ろしく効率よく働く。今回の問題もそれに似ている。除算は単純な加算に置換できる。
出来上がった設計図を見たT氏が頭をひねった。
「これでうまく行くの? 除算はどうやるんだ?」
「うまく行きますよ」紙に書いて原理を説明した。
理解できなかったようだ。
「君は俺より頭がいいんだな」
そりゃそうでしょ。ってかまさかご自分が私よりも頭が良いと思っていたの?
そう思ったが、口にはしなかった。毎日暇潰しに本を読むフリをするだけの人間が、真面目に技術に取り組んできた人間の上を行くことはない。それこそがプライドである。
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