第4話 田舎

 引越し荷物を片づけて、環境の変化に戸惑う猫にこれから先もう外には遊びに行けないんだよと引導を渡し、会社に向かう。


 背広を着て自転車に乗る。半年の休養期間の間に、すっかりと髪が伸びてロングヘアーになってしまった。さくっと三つ編みにして、背広の後ろに垂らす。

 男にしては奇妙な髪形だが、何とは無しにこの形に落ち着いた。別にファッションには興味は無いが、これが正しいような気がするのだ。


 ここは田舎である。会社への道すがら、田圃の中に道路から外れてひっくり返ったミニバンが転がっている。

 そんな田舎である。

 半年後にはまた似たような車が逆さになって同じ場所に転がっている。

 そこまでの田舎である。

 自転車で走っているとロングヘアーを見て何かの動物がカラスの死体を咥えていると勘違いした正義のカラスがいきなり襲ってくる。

 もう完全な田舎である。


 夜にゴミ捨てに行くと、お婆さんがどこからともなく出現して、あんたどこの誰じゃ、ここにゴミ捨てていいんかい、そう詰問して来るぐらいの田舎である。

 余所者と見るとゴミ捨て場にゴミを捨てるのも許せないらしい。

 ここに移り住んで二十年になるがまだ余所者扱いだと大家が嘆くわけだ。


 その田舎の中で異様な風体の男と母親らしき人物が生活を始めた。

 畑の世話をしながら、鵜の目鷹の目で二階の部屋の中を覗く。そうして目に止まったのは、ミシンを使いながら趣味の洋裁に精を出す母親の姿である。

 たちまち噂が広まった。あそこはお兄ちゃんが働かずにブラブラしているから、老いた母親が裁縫をして家計を支えているのだと、まるで見て来たかのような嘘が広まった。


 素晴らしき哉、ド田舎。


 そんな彼らも、背広を着て毎朝決まった時間に自転車で出かける私の姿だけは目に止まらないようだ。都合の良いゴシップ脳。まさにヤプーである。



 仕事場は新しく借り上げられた小さな分室である。部門は本社内の一部に作られた技術部とこの分室に分かれていて、こちらの分室は総勢僅かに五人。たまに部長が訪れる。

 三人は私以前に雇われたメンバーで、私とT氏はF社から引き抜かれた口である。本社の技術部にはさらに他に数人がおり、別のプロジェクトに携わっている。


 作っているのはモータ制御による二次元操作システム。私とT氏の仕事はそれに使う制御用チップの開発であった。


 こういうものを作るのにまず必要なのがツールと呼ばれるハード&ソフト群である。 二百万円程度のサーバーを用意し、その上で数百万円クラスのCADを走らせて回路図を描き上げるのである。動作シミュレーションなども数時間かけてこれで行う。


「俺、ツールを担当するわ。お前、設計な」

 おぶさりてえT氏が素早く一番楽な仕事に飛びつく。

 ちらりと妖怪の本性が見えた。

 このとき、元の会社ではあのT氏と一緒の会社に移籍する私は『運の悪い人』として噂になっていた。

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