2日目、推理パフォーマンス!

 弓道場の射場には、練習試合に参加した選手達が大学別に整列していた。成安は神棚側の壁面に立ち、閉会式の言葉を喋っていた。


「―――というわけでした。今回の練習試合が、次の試合に生かせるようになればと思います。2日間、お疲れ様でした」


 拓真は成安とは反対側の壁際に立ち、その様子を観察している。

 そして―――拍手の音が鳴り、閉会式が終わった。遠藤がSNSでコメントした事もあり、炎上はさらに激しさを増していた。各大学の主将達も、射場を退場していく。

 人の波が移動していく中、安井はマイクに向かって、滑舌の良い穏やか声で言った。音響設備を介して、弓道場内に放送が鳴り響く―――。


『只今より、選手の呼び出しを申し上げます。呼ばれた方は、射場内へとお残りください。なお、その他の方は。射場を退場したのち、矢取り道、または応援席にて、ご鑑賞ください』


 弓道場内では、今から何が起こるんだといった声も飛び交う中、袴姿の選手達は、廊下を大名行列のように進み、応援席や矢取り道へとそれぞれ歩き進む。

 安井は、5人の氏名を読み上げた。


 鈴木 舞香、1年生。不機嫌な様子で、瞳を細めた。

「へぇ、どういうつもりかしら」


 黒咲 このみ、1年生。拓真から視線をそらしている。

「…………」

 

 板野 宇美、3年生。ポカンとし、呆気に取られている。

「え? なにこれ?」


 小野田 光、3年生。熱い眼差しで、拓真を見ている。

「拓真さん、ついに犯人が!」

 

 相葉 英二、3年生。笑顔になった。

「僕じゃ、ない」

 

 拓真は矢道を背にして、その中央に立つ。的場には、1つの星的が設置してあった。安井は、放送用のマイクに向かって、喋った。


『只今より、弓道推理を行います』


 上風―――矢道を吹き抜け、弓道場を吹き抜けた。

 拓真はイヤホンジャックを抜いたインカムを右手に持ち、親指でボタンを押す。雑音のようなノイズ音が鳴り―――拓真は号令を出した。


カムComeインin!!」


 安井の放送が終わった瞬間。看的表示がクルクルと動き出した。


 前射場、看的表示。


「■」「■」「■」「■」

「■」「■」「み」「■」

「■」「美」「の」「香」

「■」「宇」「こ」「舞」

「■」「野」「咲」「木」

「■」「板」「黒」「鈴」 


「■」「■」「■」「■」

「■」「■」「■」「■」

「■」「羅」「二」「光」

「■」「綺」「英」「田」

「■」「道」「葉」「野」

「■」「遠」「相」「小」 


 後ろ射場、看的表示。


 矢取り道から、歓声があがる。


「うぉぉぉぉぉ!? なんだこれぇええ!!」

「斬新……斬新スギデェェス! ビューティふぉぉ―――!」

「写真、写真! これ絶対バズっちゃうやつ!」

「なにこれ、超映えるじゃん!!」


 フラッシュや撮影で盛り上がる中、射場にいた5人は頭を抱えたかのようだ。だが……拓真にとってそれが狙いだった。

 放送席の横に座る成安が、パソコン画面を見たあと、椅子から飛び上がった。


「なんだこれ!? ものすごい勢いでバズってんのか!?」

「え? なにこれ、めっちゃバズってね?」


 拓真が仕掛けた推理パフォーマンス。それはあまりの斬新さに、ネットワークを光のごとく駆け巡る。それは燃え上がる炎上をいとも簡単に吹き消すかのように、ネットワークを占有し、ハッシュタグをも塗り替えていく。

 しかし拓真は、そんな事など知るすべもなかった。まったくの計算外である。


 *


 だが、射場だけ世界が変わったかのように、緊迫した空気が張り詰めていた。まるで矢取り道での光景など、目に映らないかのように……。

 拓真は襟足をかき撫でる。


「この事件の真実、話します。では順に追って、説明していきます」


 鈴木は腕を組み、拓真を睨んだ。

 拓真はインカムを持ったまま、矢道と平行にゆっくりと歩き出す。まずは、相葉のところにいった。相葉は、ビクっと体を仰け反らせた。


「相葉さん。あなたは昨日の昼休憩中、矢摺籐を直していたと言ってましたね? そして相葉さんが射場から出るときに、小野田さんとすれ違った。ここまでは証言通りです。でも、ちょっと事実と違いますよね?」

「僕は…僕は……」


 小野田は拳を握りしめ、眉間にシワをよせた。

 板野がハッとなったかのように、拓真に言った。


「ちょっと、彼の言う事は本当よ! なに言ってるの?」

「板野さん、じゃあひとつ聞きますけど。相葉さんと一緒に射場に入ったあと、すぐに射場を出たと言っていましたが、本当は射場にいたんじゃないんですか?」

「そ……それは……」

「相葉さん。あなたは、板野さんに頼まれたんですよ。射場からすぐに出ていった事にしてくれ……ってね」


 相葉はガタガタ震えながら、その場へとしゃがみ込んだ。


「板野さん、あなたは一つミスをしました。写真の投稿時間ってのは、写真に記録されてしまうもんなんですよ。あなたは……ずっと写真を撮っていた。最高の映えを求めて。じゃあなぜ射場からすぐ退場したことにしたかったのか。それは、射場内でカシャカシャとシャッター音を押す姿を見た人は、どう思うでしょうかね。自分の持つイメージに、ヒビが入ることを警戒していていたんですよ」

「でも……私じゃない!! 私は犯人じゃない!!」

「ええ。でも、相葉さんと小野田さんが揉める原因を作ったのは……あなたなんですよ。この2人の男は、板野さん…あなたのファンなんですよ。それを事前に知った上で、SNS に夢中だった自分のアリバイを作るため、2人の男を利用したんです。あの時、前看的ではその話をしていた……そして、思いのほかエスカレートしてしまい、小野田さんは相葉さんをひどく怒らせた結果となった。そこに責任を感じた板野さんは、國丸に言われた通り、俺を役員控室まで呼びに来た。違いますか?」


 小野田は頬を赤く染め、額に汗を垂らす。相葉は魂が抜けたかのように白くなった。そう、アフロ頭と坊主頭の小野田は密かに、板野のSNSを守護する信者なのだ。これは、昨日SNSを調べていた女子役員が、みなが口をそろえて言った事。そこから拓真は事実を逆算し、昼休み前の動画と、2人の想い組み合わせ、推理したのだ。

 板野はギリっと歯を食いしばり、目尻が吊り上がった。

 拓真は板野の前までゆっくりと歩くと、インカムを手に持ちその親指のボタンを押した。

 インカムのノイズが鳴る―――。


「容疑者3名、的中てきちゅうです!」


 すると、看的小屋の表示が回り始める。それは、「おぉ」といった愉快な歓声と共に、まるで重い石がゴゴゴッと音を鳴らし、連続的に回転するかのような錯覚。看的表示が―――動いた。



 前射場、看的表示。


「■」「◯」「■」「■」

「■」「■」「み」「■」

「■」「美」「の」「香」

「■」「宇」「こ」「舞」

「■」「野」「咲」「木」

「■」「板」「黒」「鈴」 


「■」「■」「◯」「◯」

「■」「■」「■」「■」

「■」「羅」「二」「光」

「■」「綺」「英」「田」

「■」「道」「葉」「野」

「■」「遠」「相」「小」 


 後ろ射場、看的表示。


 応戦席から、歓声があがる。


「前代未聞だ!! この発想した奴まじぶっ飛んでんだろ!!」

「バラエティ番組の撮影か? 弓道やっててよかったぁ!!」

「バズってるバズってる! なにこれ、大バズりなんですけどぉ」

「やば!! これタグのランキング、上位確定でしょ!?」


 拓真の推理パフォーマンスは、電波を介し、驚異的な拡散力を誇っていた。圧倒的な発信力による炎上の上書き、塗り替え。しかし、拓真は気がつく事もなく、推理を続ける。

 射場の隅でスマホを眺めていた小町は、つぶやいた。


「ヤバいヤバい。逆に悪目立ちしてるって、コレ……」


 *


 拓真は隅色の袴を揺らし、黒咲の前へと立った。黒咲は顔を上げ、その男を見つめた。

 拓真は穏やかな目になると、微笑んだ。


「黒咲さん。あなたは、嘘をついてましたね?」

「………………」


 黒咲は沈黙を保ったままだ。


「黒咲さん。あなたは昼休み、鈴木さんと射場に入ったあと、気がついていたんじゃないですか? 鈴木さんに見せてもらった和弓が、遠藤の弓じゃないって事に」

「…………」


 鈴木はカッとなり、拓真に言った。


「何を言ってるの? このみが見たのは、遠藤の弓よ!! 名前のシールが貼ってあるのに、間違えるわけないじゃない!!」

「舞香……もう……いいの……」

「何を……何を言い出すの!? このみは関係ないのよ!!」


 黒咲は、動揺する鈴木に顔を向け、優しく微笑んだ。それは、鈴木の心を―――動かした。

 拓真は腕を組み、鈴木のほうに顔を向けた。同時に、鈴木は拓真を睨む。だが、拓真は動じなかった。


証拠はありません、、、、、、、、。ですが鈴木さん、あなたのトリックは知ってます。鈴木さん……あなたは自分の和弓、その矢摺籐を細工し、遠藤と同じ状態を用意したんです。そして、昼休み前に、懐に忍ばせておいた赤い塗料を使い、遠藤さんの弓に塗った。あとは、遠藤の矢摺籐の塗料が硬化するのを待つだけ、ですが、塗料が完全に硬化するその前、あたかも昼休み中に色が塗られたかのように、黒咲さんに弓を見せたんです。そして……学連にその細工を見抜かせ、遠藤を失格にした」


 鈴木の目は、次第に落ち着きを取り戻し、その視線は泳いだ。まるで何か、意外な事実を聞いたかのように。

 そう、黒咲は鈴木に見せてもらった和弓が、遠藤のものではないと気がついていた。気がついていたが、鈴木を守るために、伏せていたのだ。高校時代、国体選手として共に歩んだ期間。様々な苦難や出来事があったに違いない。それは、黒咲のSNSのトップ画を見れば、一目瞭然だった。なぜなら、黒咲のトップ画は鈴木と同じ……紺色の握り皮を巻いてある弓を持つ、2人の女性……過去の投稿を遡っても、必ず同じ色の握り皮だった。鈴木が黒い握り皮を持てば、なぜ握り皮を変えたのか疑うだろう。当然、名前が貼ってあるシールを確認する。間違えているのではないかと。

 だが……間違えてなどいなかった。そして、個人決勝戦の直前、鈴木が遠藤の矢摺籐に色を塗った事に気がついた。

 その衝撃にいたたまれなくなり、黒咲は射場を飛び出した。その黒咲の行動に、鈴木は感づかれたと認識した。だが、言えなかった。

 その時、互い抱えていた想いが―――交差した瞬間だった。

 拓真はインカムのボタンを押し―――ノイズを鳴らす。


「犯人は……鈴木舞香さんです」


 サイコロのような形をした、看的表示が動く。1つ―――2つ。


前射場、看的表示。


「■」「◯」「◯」「◯」

「■」「■」「み」「■」

「■」「美」「の」「香」

「■」「宇」「こ」「舞」

「■」「野」「咲」「木」

「■」「板」「黒」「鈴」 


「■」「■」「◯」「◯」

「■」「■」「■」「■」

「■」「羅」「二」「光」

「■」「綺」「英」「田」

「■」「道」「葉」「野」

「■」「遠」「相」「小」 


 後ろ射場、看的表示。


 今の拓真には、矢取り道、応援席からの声は聞こえない。今の拓真に視えているもの、聞こえるもの。それは、鈴木の声だけだった。


「なによ……証拠がないなんて………なによ………」

「鈴木さん……あなたはどうして、こんな事をしたんですか?」


 黒咲は鈴木のほうに歩み寄ると、頷いた。鈴木は目に涙を浮かべ、しばらく沈黙した。

 そして、黒いポニーテールはゆれ、板野へと振り向いた。

 板野は……口を尖らせた。


「…………この人よ」

「あたし!? どうして!? 関係ないでしょ!!」

「去年の地方大会で、私は選手の失格についてSNSで拡散するべく事実を投稿したの……その事実を捻じ曲げたのは、板野宇美の投稿だったの!!」

「え―――それって……あの時のアカウント!? でもあの人は高校生……まさか!?」


 板野は、理解した。あの時の投稿が、鈴木であったと。口元を手で覆い、目を見開いた。

 鈴木の声が―――響いた。


「美人で弓道が上手いだけで……事実が捻じ曲がるなんて………そんな理不尽な事なんて………ないじゃない……」

「鈴木さん……あなたは、板野さんを―――」


 拓真は鈴木の想いを感じた。―――悲痛な悲しみを。

 真実を知らせようとした鈴木の行動と、告知された結果を元に、行動した板野。

 それは、SNSというネットワークだからこその結果。そして世間は、板野を擁護したのだ。人気者という、ただそれだけの理由で。


「そうでしたか」


 拓真は、この事件に絡んだ原因を理解した。目の前で悲しむ弓道家達に、感謝した。

 小野田も、相葉も、板野も、黒咲も。

 鈴木も―――沈んだ表情をして、どこにぶつけてもいいか分からない気持ちを抱えた。


 突風―――拓真の袴はフワリと舞い。一つの星的を見つめた。拓真はインカムを右手に持ち、ノイズを鳴らす―――。


「遠藤綺羅を……呼んでください」


 看的表示が―――動いた。全ての表示が「■」となり、安井は放送をかけた。


『選手の呼び出しを申し上げます。遠藤綺羅選手、射場へとお入りください』


 ザワついていた矢取り道、応援席は静まり返った。射場にいた5人の選手も一斉に振り向き、驚いたように後ろ射場、その出入り口へと視線を向けた―――。

 白い弓道衣、黒い袴姿。金髪の男が―――射場をまたぎ、神棚にゆうをする。

 摺足で静かに歩くと、5人の前に立った。そして、遠藤は言った。


「犯人は分かった。でもな、矢摺籐はオレが最初から色を塗った、そういう事にしとけ。鈴木はまだ1年生だろ……まだまだ長い弓道人生なんだ。こんなことで棒に振らせねぇよ。だからよ、最後くらいカッコつけさせろよ。それが……男って生き物なんだよ」

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