2日目、解

 拓真は帯にインカムに差し込み、遠藤を見た。

 遠藤は笑うと、5人に言った。


「俺は目が悪い。だから矢摺籐の隙間を基準にする事で的を射抜いていたんだ。それは、世間の目からみたら愚かな行為だ。分かってた。だけどよ……それでも弓を引きたかったんだ。だからこそ、俺に対する噂は………本当の事なんだよ。弓を投げたのも、ハッタりをかますためだったんだ……後悔しても遅いかもしれない。でも俺は……俺は………本当は弓道が大好きなんだ―――ごめんな……弓を投げた事、反省してんだ……」


 遠藤は泣き笑う。覚悟を決めた男の目から、無垢な雫が輝いた―――。

 小野田光は、遠藤の姿に心を痛めた。これが、あの遠藤なのかと。

 相葉の瞳は潤んだ、そんな理由なら、退部する必要なんてないのにと。

 板野は心を痛めた。自分さえよければいいと思っていた事に、恥じた。

 黒咲と鈴木は、互いに見つめあい、心の中で謝り―――伝えた。

 遠藤は言った。


「俺のせいで……決勝戦は台無しになった……俺にはよぉ……こんな事しか―――できねぇ―――!!」


 遠藤が崩れるように肩を落とし、膝をついた。土下座をする気だ―――拓真は射場を駆ける。

 その後、頭を下げようとした遠藤の肩を、拓真がガッチリと掴んだ。遠藤は、意外そうな目で拓真を見る―――どうして、止めるんだと。

 拓真は穏やかな目で、遠藤に笑いかけた。


「遠藤、その必要はねえよ。いまのお前の姿に、もうインチキ野郎だなんて思うやつはいない。待ってろ、和弓を返す。遠藤の弓だ、受け取れ」


 拓真は弓立てに置いてあった和弓を手にとり、遠藤に差し出した。


「拓真さん……でも俺はもう……」

「いいから、早く受け取れ」


 遠藤は―――和弓を拓真から受け取り、拓真は腰からインカムを抜いた。

 そして―――ノイズを鳴らした。


「運営委員長により、全役員に伝達します。これより、昨日の決勝戦を再開します。的場は6つの的を立て、各役員は持ち場についてください」


 安井が、放送をかけた。弓道場内に、滑舌の良い穏やかな声で、アナウンスが響き渡る


『お待たせいたしました。一時中断しておりました、競技の再開をお知らせいたします。只今より、男女合同による、個人決勝戦。その再開をお知らせいたします』

 

 練習試合に参加した選手。射場にいた6人は、度肝を抜かれるように驚いた。

 遠藤は震えた声で、拓真に言った。

 

「拓真さん………今から……ですか?」

「あぁ。早くしろ、招集漏れになるぞ」

「でも、こんな事して―――」

「これは練習試合だ、遠藤、細かい事は気にするな。残る5名の選手も、異論は認めません。大学弓道、この練習試合において、試合の進行、及びその最終判断を下すのは、俺達8人の学連役員です。このケリは、弓道で決着といきましょう。それが、学連の出した〝こたえ〟です」


 拓真のインカムから―――慌ただしくノイズが鳴る。それは、スピーカーを介し、6人に聞こえるように響き渡った。


《成安です、射場のセッティングを今から行う。至急、倉庫へと向かう》

《今高だ、急いで的を設置する。國丸は的を頼む、これは神ゲーだ、失敗は許されない》

《國丸です。用意していた的を持っていきます。的の高さの調整ですが、射場も応援お願いします》

《小町だけど。賞状の準備をしに、役員室にいきまーす》

《寺尾です。なんかよくわからんけど、イス並べるの誰か手伝ってください!》

《伊田でぇーす。イス並べるの手伝うから、終わったら掲示ボード出すの手伝ってくださーい》

《安井です。間があくと思うので、放送かけときます!》


 拓真はインカムにジャックを差し込み、イヤホンを右手に着ける。マイクのクリップを懐の弓道衣につけ、襟を正す。襟足をかき撫でると、墨色の袴をふわりと広げ、射場を進む。

 そして、決め台詞を放った―――。


「オレ達は学連だ。ルールを決めるのも、俺達なんで」


 6人の選手達は互いに顔を見合わせ、涙を拭う。

 そして想いを繋げるべく―――言葉を交わした。


 鈴木 舞香。黒髪ポニーテール。1年生。

「板野さん、あなたには負けないから。ここで白黒ハッキリさせましょ」


 黒咲 このみ。おさげ。1年生。

「うん! うん!」


 板野 宇美。こげ茶のサイドポニーヘア。

「いいわよ、私だって弓道家なの。そう簡単に外さないわ」


 小野田 光。ボウズ頭。

「遠藤、お前には、負けない!! おい相葉、お前にもだ!!」


 相葉 英二。アフロヘア。

「僕だって……負ける気はないよ」


 遠藤 綺羅。金髪ショート。

「拓真さん……いや。ここは真剣勝負だ。例え目が悪くても、全力でいく!」


 拓真は静かに、6人の光景に目を向ける。

 その姿は、華やかに騒ぐ、射手達だった。


 *

 

 時刻は15時00分。拓真は射場にいた。

 成安達から、拓真の推理パフォーマンスのおげで、嘘のように炎上が沈下したと聞いたのは、つい先程の事である。SNS上では、遠藤が自ら色を塗った事となったが、その後、相葉や小野田、板野のコメントをキッカケに、その火消しは完全なものとなった。

 成安も謝罪はしておらず、選手のためにと、個人決勝戦をした事から、学連としての立場も現状維持。むしろ強豪校同士がもう一度戦うために、試合再開の判断を下したその結果は、各大学の選手達にも共感された事から、「この代は一味違う」といった評価も受ける事が出来た。


「なんだかんだ、うまくいって良かったな。ちょっと安心したよ」


 激闘たる決勝戦が終わったあと、拓真はモップを手に持ち、1人で射場を清掃していた。

 練習試合に参加した選手達が弓道場を去る中、仕切りをまたぎ、黒いポニーテールを揺らす人影。拓真は手を止め、鈴木のほうを見る。鈴木はスマホを片手に、拓真にカメラを向け、カシャリと音を鳴らした。拓真は絶望した表情となり、意地悪そうに笑う鈴木に言った。


「おい! 俺は写真を撮られるの嫌いなんだよ! なんでそんな事するんだ!」

「成安さんから聞いたんです。ちょっとした反撃よ。ふふふ」

「はぁ……頼むから投稿するなよ? いいか、絶対にだ!!」

「どうしよっかなー。あ、じゃあ交換条件でどうですか? この写真を消す変わりに、教えてもらいたい情報があるの」

「教えてもらいたい情報ってなんだ?」


 鈴木は腰の後ろに両手をまわし、左手首を右手で握る。少し体を傾け足を組み、魅惑するようなポーズをとった。だが、拓真は動じない。


「最後の推理で、どうして証拠がないなんて言ったんですか?」

「あぁ……あれは証拠でも何でもないだろ。板野にメールを送ったのは鈴木、お前だろ?」

「どうしてそう思うのかしら?」


 拓真はため息を吐き、右手で持つモップを杖のようにして体を支える。


「今日の昼休み、俺が黒咲さんと巻藁練習場で話しをしていたとき、襖が開いていた。その時、鈴木さんは座敷に居た。その時の話を聞いたあと、板野さんに対して、持っていた写真をSNSで送ることにした。違うか?」

「へぇ〜……仮にそうだとしても。あの時、私が犯人だと聞いているのに、わざわざ証拠となる写真を送ろうと思う理由がないわ」

「そんなことはない、理由は2つある」


 鈴木は曲がっていた背を伸ばす。


「あの写真は手元しか写っていない。そのため犯人を特定するのは無理だ。つまり推理を撹乱するために、わざと送った」

「もうひとつは?」

「俺が犯人を探す理由を知った事だ。鈴木さん、君はきっと……いや、それが理由だ」

「そう、じゃあ画像は消しときま〜す」

「ん?」


 鈴木は体をくねらせ、拓真に背を向けた。腰程まである艷やかなポニーテールが大きく振れ、歩き始めた。その行動を理解出来ない拓真は、首を傾げた。


「さっきから何してんだ?」

「先輩の品定めで〜す」

「なんだそれ」


 鈴木は顔のみを向け、意地悪そうに微笑んだ。整った顔立ち、目付きは鋭い。拓真はどこなく、イタズラっ子のような雰囲気を感じた。


「来年も、よろしくお願いします」

「………練習試合の運営をか?」

「ふふふ。さようなら〜〜」


 鈴木は背筋を正すと、鈴木の袴とポニーテールが弧を描いて振れる。拓真は鈴木が歩く先に視線を向けると、そこにはお淑やかにたたずむ、黒いおさげ髪の黒咲がいた。黒咲は拓真の目を見て、視線を泳がせた。

 鈴木と黒咲は横並びに立ち並ぶ。そして拓真に浅い礼をすると、射場から退場した。

 その姿を見送った拓真は、胸いっぱいに温かな気持ちを抱き、射場にモップをかけ始めた———。

 あのとき板野に送られた写真、その投稿時間は練習試合以前に撮影したものである。鈴木が用意していたシナリオでは、板野を陥落させたのち、写真をSNSに投稿し、違う人である事実を投下する予定だったのである。 そのつもりで用意した写真だったが、拓真がどう推理する気だったのか、鈴木は知ってしまったのだ。

 ───拓真は、鈴木の言葉を理解した。


「そっか、新しい後輩か。待ってるよ」 


 拓真は、神棚に浅い礼をし、射場を去った───。


 *

 

 淡い水色が広がる空に見守られた、弓道場。

 木々の吐息を感じさせるほどの静けさが、訪れた。

 狐色のフローリングを優しく照らすは、陽の光。

 吹く上風は、矢道の芝を涼しげに躍らせた。

 まるで待ち焦がれたと言わんばかりの、秋麗あきうららであった。

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