次の日の学校で

 僕は神様を連れて家に戻った。


 お母さんに神様をしばらくの間家に泊める旨の説明をした。もちろんそのまま彼女の事情を話す訳にはいかないので、大分はぐらかしたけど。


 うちは基本的に人のいい一族なのが幸いし、お母さんは快く神様が泊まるのを許してくれた。ちなみにお父さんは現在単身赴任で長期海外出張に行っており、家にいない。


 その後、お母さんが神様に「一緒に夕食をどう?」と誘ったので3人で少し遅めの夕食をとる。


 いつもは僕とお母さんしかいない食卓に神様がいる。何とも新鮮な感覚だった。


 神様はその日の夕食だった「カレー」がいたく気に入ったらしく、おかわりしていた。


 神の顕現というのがどのような原理なのか僕には皆目見当もつかないが、彼女は食物も普通に食べられるらしい。


 夕食後、神様はTVに釘付けになっていた。画面に映し出される映像を至近距離でガン見している。


 長い年月あの廃神社に引きこもっていた神様にとって、令和の日本は珍しい物の宝庫のようだ。


「ほぉ~…わらわがちょっと引きこもっておる間に大分進歩したもんじゃのぅ」


「…神様ってどれくらい引きこもってたの?」


「えーっとの…おそらく100年以上は引きこもっておったと思う。最後に外に出たのは江戸時代じゃ」


 神様は遠い昔の記憶を思い出すように答えた。100年を「ちょっと」と言えるのは流石という存在だと思う。


 僕は神様にせがまれて家の中にあるものを順に説明していった。


「あれがIHクッキングヒーター。電気の力で熱を発生させて料理を作るの。これはケトル。これも電気の力で熱を発生させて湯を沸かすんだ」


「ほぅほぅ。電気というものは便利じゃのう。昔は湯を湧かすとなると、火打石をこすって薪に火をつけて…水も近くの川や井戸から汲んで来なければならなかったのに、今や蛇口をひねるだけで大量の水が出て来るのか」


 結局、寝るまでの間ずっと神様は僕に質問攻めしていた。終始喋りっぱなしだった僕は少し疲れたけど、神様の…恋人の要望に答える事が出来て嬉しかった。


 他愛もない事だけど、やはり誰かに頼られるのは嬉しい。それが恋人なら嬉しさ100倍である。こういうのが恋人のいる「幸せ」というものなのだろうか。


 なんというか…心の満足感が半端ないのだ。


 世の中の彼氏諸君はこんな幸せな感情を感じていたんだと思って少し感動した。そりゃみんな彼女作ろうと躍起になるわ。


「また明日の、正則」


「うん、お休み神様」


 一通り生活する上で必要な電化製品の説明を終えた後、神様を客間に送り届ける。お客様である神様は客間で眠る事になっていた。


 もう少し神様と一緒に居たかったが、彼女に寝る前の挨拶をすると僕も自分の部屋で眠りについた。



○○〇



 次の日も平日なので学校があった。


 玄関まで神様が見送りに来てくれた。残念ながら彼女を学校に連れて行く訳にはいかないので、しばらくの間お別れだ。


「正則、立派な人物になるためにしっかり勉強してくるのじゃぞ」


「もちろんだよ」


 恋人に見送られるというのはなんとも心がこそばゆい。嬉しいような、恥ずかしいような…そんな気分になって来る。


 でもこれも幸せというものなのかなと僕は漠然とそう思った。


「いってきまーす」


 僕は張り切って学校へ向かった。



○○〇



 張り切って家を飛び出し、校門前に来たまではよかった。


 しかし、僕はそこで改めて昨日の出来事を思い出してしまった。


 猫田さんに嘘告された件。


 あの3人…猫田さん、犬岡、猿木は全員僕と同じクラスだ。昨日の事を絶対にイジって来るんだろうな…。


 晴れやかだった僕の気分は一瞬にして地に落ちた。胃がキリキリ痛んでくる。


 しかし逆に考えると、昨日は死にそうになっていた僕の感情は神様と恋人になったおかげで大分緩和されていたという事だ。


 僕は校門前で足を止め、学校を見上げる。


 今日は登校せずに帰ろうかと思った。


 でも今日は帰ったとしても明日は? 明後日は?


 いずれにせよ、あの3人と同じクラスであるうちはイジられるのを避けられない。3年生に進級すればクラスが別になるかもしれないが、まだ1カ月以上ある。流石にそんなに長い期間、学校を休むわけにもいかない。


 それに神様に「勉強を頑張れ」と言われた。神様との…恋人との約束は破れない。


 僕は覚悟を決めて教室に向かった。仕方がない。僕が馬鹿だったのが悪いんだ。



○○〇



「おーー!!! お前ら、今日の主役が来たぞ!」


 予想通り犬岡はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、教室で僕を待ち構えていた。彼の周りには猿木と猫田さん初め、彼の仲良しグループが集まっていた。


「こいつさー。キモい陰キャチー牛の癖に、樹里にちょっと優しくされたからって容易く嘘告に騙されたんだぜ! 馬鹿だよなぁ!」


「マジ!? ウケるー」「ギャハハハハハ!!! 身の程を知れっての。猫田さんがお前なんかに惚れる訳ねーだろ」「ホント、陰キャチー牛って存在価値ないよね」「いやいや、俺たちに笑いを提供してくれたんだからそこは存在価値あるでしょ?」「ほら『チギュアアアアア』って言えよ! 笑ってやるからさ!」


 彼らは寄ってたかって僕を笑いものにする。


 僕はそんな彼らに対し、何を言っても無駄だと思い必死に耐えていた。


「正則…」


「おい、お前らなんて酷い事を! 人の心が無いのか!」


 ポッポが心配そうな顔をして僕に寄り添い、こーちゃんが犬岡たちに抗議をしたが、所詮はカースト下位の戯言。相手にされなかった。


「ああ? なんて? 『チギュアアアアア』って? チー牛共が何か言ってら」


「チ、ギュギュ♪ チ、ギュギュ♪ チー牛惨め♪ 嘘告騙され愚かだね♪ ヘイッ♪ チ、ギュギュ♪ チ、ギュギュ♪ チー牛は無様♪ 陰キャを楽しくイジろうぜ♪ ヘイッ♪」


 しまいには世界的に有名なクリスマスソング『ジングルベル』のメロディに合わせて替え歌を歌い始めた。


「お前ら! そんな事ばっかやってるといつかバチが当たるぞ! お天道様はお前らの行動をみているんだ!」


「こーちゃん、いいから」


「ギャハハハ! この令和の時代にバチだってよ。チー牛ってやっぱ頭おかしいわ。脳みそにチーズでも詰まってるんじゃねーの?」


 ここで僕たちが何か反応しても逆効果にしかならない。向こうはこちらの反応を見て楽しんでいるのだ。


 なら、反応しないのが1番いい。僕は憤るこーちゃんを止め、ポッポと共にひとまず教室から出る事にした。



○○〇



「なぁ正則、昨日何があったんだよ。…まぁ犬岡の反応で大体察するけど」


「…昨日ね」


 僕は昨日猫田さんに嘘告された事をポッポとこーちゃんに説明した。


「酷い…。正則はよく正気でいられるな。俺だったら自殺してるかもしれん」


「スマン正則、昨日俺がもっと強く止めておけば…」


 正直僕も大分精神的にきつかったが、神様と友達2人のおかげでなんとか持っていた。持つべきものは友達だ。彼らと友達で良かった。僕は心の底からそう思った。


 その日は1日中犬岡が僕の事をイジって来たが、僕はそれを何とか無視して耐えた。



◇◇◇


母親が快く神様の宿泊を許可したのには実は理由があります。それは後ほど

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