神様の姿
神様と恋人になった僕。そんな僕の心は何とも言えない不思議な感覚に満ちていた。
なんせ相手は姿が見えず、声だけが聞こえる存在だ。そのような存在が自分の恋人になってくれる。まるでお伽話みたいにふんわりとした感覚だった。
「(さて、恋人になったからには、いつまでもこのままでおる訳にはいかんのぅ。しばしまたれよ。はぁぁあああああ!!!)」
「えっ?」
神様がそう言うと、いきなり僕の目の前に大きな光の玉が現れ、辺り一面眩しい光に包まれた。
僕はあまりの眩しさに瞼を開けている事が出来ず、目を閉じてしまう。
「うわっ、眩し!」
しばらくして、目の前の光は収まった。
「…ふぅ、こんなもんかの」
僕は突然現れた光でくらんでしまった目をなんとか開ける。そして視界に写った光景を見て驚いた。なんと僕の目の前には1人の女性が立っていたのである。
その女性は背は150センチ半ば…女性の平均ぐらいで、髪は腰まであるサラサラの黒髪ストレート。色鮮やかな着物を着用し、神々しい雰囲気を纏っている。
ただ1つ奇妙なところがあり、何故か顔にタヌキのものと思われるお面を被っていた。
「やはり力を使うと疲れるのぅ~」
僕の目の前に突如として現れた女性は神様と同じ声でそのような事を言いながらストレッチを始めた。もしかして彼女は…?
「えっ…やっぱり神様?」
「わらわ以外に誰がおるというのじゃ?」
なんという事だろう。僕の目の前に現れたこの女性はやはり神様らしい。お面を被っているので表情は分からないが、不敵に笑っている。そんな気がした。
「神様ってその…なんというか、この世に顕現? 受肉? できたの?」
僕は今まで神様を霊的な存在だと思っていた。人の肉眼では目視する事の出来ない高位の存在なのだと。
それがまさか肉体を帯びて、人の目で視認できるようになるなんて思ってもみなかった。
「無論じゃ。正則は古事記を読んだ事はあるか? あれには神がこの世に降り立ち、成した事が色々書いてあろう」
「あれって創作じゃ…」
「愚か者。作者によってかなり盛られておるが、大体は実際にあった出来事じゃ。神は皆その気になれば、わらわのように顕現できるのじゃぞ」
古代日本史の謎が解明されそうな衝撃の事実が発覚したが、今の僕はそんな事よりも神様の姿を拝見できた事が嬉しくてそれどころではなかった。
「凄い…。でもそれならもっと早く神様の姿を見たかったな」
「まぁ…これにはちょっと事情があっての。これ…かなり力を使うのじゃ。力がそれほど強くないわらわはそんなしょっちゅう使えないのじゃよ。それに神が頻繁に人前に現れたら、それはそれで有難みが無かろ?」
「それも…そうだね。…ねぇ神様。神様に触れても良い?」
「ああ、よいぞ。…念のため言っておくが、いくら恋人になったからといって変な所を触るでないぞ?」
「触らないよ」
僕だって性欲にまみれた猿じゃない。さっき恋人になったばかりの…それも神様の変な所を触ろうなんて微塵も思わなかった。
ただ、今までずっと声だけの存在だった神様に触れて、その存在が確かにそこにあると確かめたかったのだ。
「ん!」
神様が僕に左手を差し出してくる。僕は彼女の手に恐る恐る触れた。
柔らかかった。そしてスベスベしている。まるで僕の手をその優しさで包んでしまいそうな、そんな柔らかさ。心地よくて、いつまでも触れたくなってしまう。
「フフッ、くすぐったいのぉ」
「あ、ごめん神様!」
彼女にそう言われて僕はすぐに手を離した。あまり長い時間触るのも失礼だ。
「別に嫌な訳ではないのじゃ。久々に人に触れられて、少し敏感になっておるでのぉ」
彼女はケラケラと笑いながらそう言った。
やはり神様は優しい。僕の事が嫌でそう言ったのではないと、フォローしてくれる。それくらいは僕にでも分かった。
手を離した僕は改めて神様の姿を目の網膜に写し込む。
本当にそこにいる。ずっと声だけの存在だった彼女が実際に僕の目の前に存在しているのだ。僕は彼女を見て、触れて、改めてそれを実感した。
そして彼女は僕の恋人になってくれた。神様のような優しい女性となら、僕は上手くやっていけるかもしれない。傷つき暗黒に満ちていた心に光が差したような気がした。
…しかし、やはり1つだけ気になる所がある。
「でも神様、なんでタヌキのお面なんてつけてるの?」
僕は率直に思い浮かんだ疑問を尋ねてみた。神様は僕の質問に対し、ギョッと身体を震わせる。
「これは…の。その…わらわは
神様はそう言いつつ、タヌキのお面を両手で顔から外れないように支えた。
「おそらくその…正則もわらわの素顔を見れば幻滅してしまうと思うての。だからお面で隠しておるのじゃ」
僕はそれに首を横に振って答えた。
「僕は神様がどんな顔をしていても幻滅なんてしないよ。だって僕は神様の容姿じゃなくて、神様の優しい性格が好きだから!」
猫田さんの件で痛い目を見た僕は見た目が良いだけの女性よりも、心の優しい女性の方が良いという考えが強くなっていた。
だから神様が例えどんな容姿をしていたって気にしない。
「ま、正則…。お主はたまに心に刺さるような事を言うのぉ。じゃが素顔を見せるのはちょっと待ってたもれ。まだわらわの心の準備ができておらぬのじゃ」
「分かったよ神様。神様の心の準備が出来るまで待つよ。でもこれだけは言わせて。僕は絶対に神様に幻滅なんてしないから」
僕がそう言うと神様は少し横を向いた。
「どうしたの神様?」
「い、いや。正則の顔が直視できんでな。お主そのような事を臆面もなく、よく言えるものじゃ」
お面で表情が分からないが、もしかすると神様は恥ずかしがっているのかもしれない。
僕も神様にそう言われて、自分でもクサい台詞を吐いてしまった事に気が付いた。途端に恥ずかしくなり、僕も神様から目をそらしてしまう。
2人の間にしばしの沈黙が訪れた。
ピロリン♪
静寂に包まれた廃神社に突然スマホの電子音が鳴り響く。
僕はポケットからスマホを取り出して画面を確認した。相手はお母さんだった。「もう遅いわよ。どこにいるの?」と簡潔に僕を心配するメッセージが書かれてあった。
僕は慌てて時間を確認する。もう20時半を過ぎていた。
神様と恋人になったはいいが、今日はもう時間切れのようだ。
「ゴメン、神様。今日は帰らなくちゃ」
「うむ。母君を心配させるでないぞ」
「そう言えば神様はどこで眠るの?」
素朴な疑問だった。今まで彼女は霊的な存在だったので…そもそも睡眠が必要なのかどうかすらわからないが、寝る場所、もっと言うと生活する場所には苦労しなかったであろう。
だが今の彼女には肉体があるのだ。
「わらわか? わらわはこの神社に祀られておる神じゃからの。当然ここで眠る」
「えっと…一旦霊的な存在に戻って眠るって事?」
「いや、さっきも話したが顕現する際にかなりの力をつかうでの。維持したままの方が楽なのじゃ。だからしばらくは顕現したままじゃの」
神様はそう答えた。
いくら神様とはいえこの廃神社で、しかも女性1人で眠るのはどうなんだろうと僕は思った。掃除はしているが、古い建物なので隙間風などもあるし、防犯上の問題もある。
「もし神様さえよければなんだけど…僕の家に来ない? お母さんは説得してみせるからさ」
「恋人になった初日からもう自宅に誘ってくるとは…正則は破廉恥じゃのう」
「違うよ! 恋人だからこそ、安全な所で寝て欲しいって事。うちの町、治安は悪くないけど、もしもって事もあるしさ。僕は神様の事が心配で…。うちはここからそんなに離れてないし。絶対に破廉恥な事なんてしないから!」
「フフッ、分かっておる。わらわは別にここでも良いのじゃが、そこまで言うのなら正則の世話になろうかの? それに…この時代の人の生活を実際に見てみたいしの」
「じゃあ決まりだね。案内するよ」
「どれ、恋人の家におじゃまするとするかの」
僕と神様のちぐはぐな恋人生活はこうして幕を開けたのだった。
◇◇◇
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