僕は周到に計画された嘘告に騙される

 僕は猫田さんから渡された本命らしきチョコの箱を開ける事にした。震える手をなんとか抑えながらリボンを解き、紙の包装を破かないよう丁寧に剥がしていく。


 赤い包装紙を剥がすとチョコの箱の上に何やら手紙の様な物が同梱されていた。


 僕はその手紙を開封して読む。


『今日の放課後、屋上で待ってます♡』


 手紙には簡潔にそう書かれていた。


 女の子から放課後屋上に呼び出しを受ける。


 パッと思いつくのは「告白」だ。ラブコメ漫画やラノベでよくあるシチュエーションである。


 …じゃあ猫田さんはやっぱり僕の事が?


 頭の中でピンク色の妄想が広がった。


「その手紙、なんて書いてあったんだ?」


 こーちゃんが僕にそう尋ねてくる。僕はポッポとこーちゃんに手紙を見せた。


「こ、これって…正則、間違いないよ。これは愛の告白だよ! いやぁ…ついに俺たちの中から彼女持ちができるのか。嬉しいなぁ。確かに正則はいい奴だもんな。あっ、彼女が出来ても俺たちの事は忘れないでくれよ。たまには一緒に遊んでくれよな!」


 ポッポがまるで自分の事のように嬉しそうに興奮しながらそう言ってくる。彼は他人の幸福を素直に祝福できるいい奴なのだ。


「うーむ…ではあの噂は所詮噂だったという事か? いや、でもうーん…」


「おい、こーちゃん。せっかく正則に彼女ができるんだから、そんなしけた顔するなって! これが告白以外の何に見えるのさ?」


 「告白に間違いない」と興奮するポッポに対し、こーちゃんはまだ訝し気な表情をしていた。


 しかしこーちゃんには悪いけれど、僕もポッポと同じくこれを告白以外には考えられないでいた。


 今までの彼女の意味深な言動、明らかに本命と思われる豪華なチョコ、そして極めつけは「放課後屋上で待っている」という内容の手紙。


 全ての事が重なり合って僕はそれを告白だと断定した。むしろこれで告白を連想するなという方が無理だろう。


 猫田さんは僕の事が好きなんだ。


 僕はもちろん彼女の告白を受けるつもりでいた。


 ついに憧れの猫田さんと付き合えるのだ。


 彼女と付き合ったら何をしよう? 一緒に帰ったり、遊びに行ったり、そして…。


「正則、顔がにやけてるぞ」


「こーちゃん、仕方ないさ。猫田さんの様な美少女と付き合えるんだから、誰だってにやけるよ」


 …2人が横でそんな事を言っていたが、今の僕は猫田さんと付き合えるのが嬉しすぎて、完全に上の空になっていた。


 彼女から貰ったチョコの箱を開ける。中には四角くカットされたチョコが入っていた。僕はそれを1つ手でつかんで口元に持って行く。


 口に入れた瞬間にチョコが口内の温度でとろけ、その甘くて優しい味を舌に届ける。…美味しい。


 これが猫田さん手作りの味か。彼女はお菓子作りも上手らしい。まるでお店のような味だ。


 僕の脳みそは完全にそのチョコと同じように、甘ったるくとろけきっていた。


 だからなのだろう。


 僕はその手紙を「僕への告白」だと信じ込んで何も疑いはしなかった。それが周到に計画された僕を貶めるための陰謀である事に全く気が付かなかったのだ。



○○〇



 その日の授業が全て終わり、放課後になった。僕は階段を1段飛ばしでスキップをしながら屋上へと向かう。それほどまでに彼女と付き合えるのが嬉しかったのだ。


 屋上に続く扉の前に来た。僕は頬を両手で「パチン」と叩いて、だらしなく緩み切った顔を引きしめてからその扉を開けた。


 「キィー」と金属が錆びた音をさせて扉が開く。屋上に出ると2月の強く冷たい風が僕の身体を包み込んだ。僕は風を腕でガードしながら猫田さんの姿を探した。


 …いた。


 屋上の1番奥。生徒が外へと落ちないよう周りに張り巡らされたフェンスの近くで、猫田さんはこちらに背を向けて立っていた。


 彼女のサイドテールが風に吹かれ、揺れている。何度も教室の後ろから見た髪だ。あそこに立っているのは猫田樹里さん…僕の想い人で間違いない。


 僕は嬉しさと緊張が入り混じった複雑な気持ちで、ゆっくりと1歩ずつ彼女へ近寄って行った。


 冷たい風が吹く寒空の下にいるのに何故か身体が熱い。1歩を踏み出す度に心臓が送り出す灼熱の血液で身体が火照る。それほどまでに自分の感情が高ぶっているのが分かった。


 1歩、また1歩と彼女に近づいていく。彼女との距離は実際には数メートル程しかないのに、僕にはそれがとても長い距離のように感じられた。


 その永遠にも感じられる長い距離を歩ききり、ついに僕は彼女の後ろまで来た。


 いよいよだ。僕は彼女から告白されるのだ。


 生唾をゴクリと飲み込むと、僕は震える声で彼女に声をかけた。


「ね、猫田さん。来たよ。用事って何かな?」


 どうして屋上に呼び出されたのか分からないといったようなすっとぼけた調子で僕は彼女に話しかけた。この時の僕は余裕がなく、こう声をかけるのが精いっぱいだったのだ。


 僕が声をかけると彼女はクルリとこちらに振りむいた。そしてニッコリと微笑む。


 あぁ…相変わらず愛らしい笑顔だ。


「鷹野っち。わざわざこんな所まで来てもらってご苦労様♪」


「ぜ、全然構わないよ。それより…僕をこんなところに呼び出したのは何でかな?」


「それはね…鷹野っち」


「うん」


 ピューと冬の冷たい風が吹く。僕は言葉の続きを待った。


 彼女は息を大きく吸い込むと続きの言葉を放つ。


「私は…猫田樹里は鷹野正則君の事が好きです! だから…付き合ってください」


 その言葉を聞いた僕の身体は喜びに包まれた。


 あぁ…好きな人と両想いになれるのってこんなに幸福な事なんだ。


「ぼ、僕もねこ…ッツ!」


「(…さのり、正則。やめ…それ…いうな!)」


 彼女に自分の返事を伝えようとした。しかし突然頭の中に何者かの声が響いて返答を中断してしまう。


 もしかして…今のは神様の声? でも神様の声はあの神社にいる時しか聞こえないはず。今までも学校で神様の声が聞こえた事など無かった。


 どうして今神様の声が聞こえてきたのだろう?


 それに神様の声はかすれかすれで、僕には彼女が何を伝えたいのかよく分からなかった。神社から離れているせいだろうか?


「返事を…聞かせて貰えるかな?」


「あっ、うん」


 猫田さんは僕に返答を促す。僕は先ほどの神様の言葉を一旦頭の隅に追いやり、彼女に告白の返答をする事にした。


「ぼ、僕も前から猫田さんの事が好きだったんだ。その告白、喜んでお受けします!」


 僕は彼女に頭を下げながら答えを返した。今の僕の顔は真っ赤に染まっているだろう。


 これで僕と猫田さんは晴れて恋人同士になった。


 付き合った後は何をしよう? とりあえず今日は一緒に帰って、休みの日にはデートもして…。


 頭の中にそんな妄想が駆け巡る。


 …ところが、僕の返答に対する猫田さんの言葉は思いもよらないものだった。


「なぁ~んちゃって♡」



◇◇◇


次回、ネタばらし

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