僕はそれを罠だと知らずに喜ぶ

 次の日はバレンタインデーだった。僕が学校に登校し、教室に入ると心なしか男子たちがソワソワしているのが分かった。表向きは何でもないように振舞っているが、時折女子の方をチラチラ見ている。


 猫田さん…僕にチョコをくれるだろうか?


 僕は心に淡い期待を抱きながら自分の席に着く。鞄から教科書を移動させていると先に登校していたであろうポッポとこーちゃんが僕の周りに集まって来た。


「正則おはー」


「おはよう、正則」


「うん、2人ともおはよう。…2人はチョコ貰えた?」


 僕は2人と朝の挨拶を交わした後、本日の成果を尋ねてみた。


「おう! ソシャゲの女の子達から沢山貰ったぜ!」


 ポッポはスマホをこちらに向け、ソシャゲのプレゼント画面を開いて僕に見せつけて来る。そこには2次元の女の子達から彼へチョコが沢山プレゼントされていた。


 凄い…100件以上ある。


「俺は母ちゃんから貰ったぞ。もう食べちゃったけど」


 こーちゃんの方は家族から貰ったようだ。


「いいね。僕はゼロ」


「へへっ、勝ったな!」


「…それは勝ったと言えるのか?」


 ポッポがドヤ顔で僕に勝利宣言をし、こーちゃんが冷静にツッコミを入れる。他愛もない会話…僕たち3人はいつもこんな感じだ。


「カァァァーーー!!!。モテる男は辛いな」


「まったくだな。今日ばかりは非モテ共が羨ましいぜ」


 僕たちがそんな低レベルな会話を繰り広げていると、大量のチョコを抱えたモテ男たちが登校してきた。彼らは両手一杯にプレゼントされたチョコの山を机の上にドサッと広げる。


 うわっ…凄いな。本当にあんなに一杯チョコを貰える人いるんだ。


 僕は机の上に乱雑に広げられたチョコの山を見て驚いた。その大量にチョコを貰ったモテ男たちとは犬岡と猿木の2人だ。


 犬岡は以前説明した猫田さんと交際疑惑の出ているイケメンだ。顔はいいのだが性格が悪く、今も非モテを馬鹿にするような発言をしている。


 そして猿木はフルネーム・猿木慎吾さるきしんごと言い、犬岡と組んでこのクラスのトップカーストに君臨しているお調子者だ。


 お調子者…というと聞こえはいいが、実際はウケ狙いのために散々他人を馬鹿にする発言ばかりしているので僕はあまり好きではない。


 しかし2人とも女性人気は凄まじいようで、沢山のチョコを貰っていた。中には本命と思われるような豪華に装飾された物もある。


 僕はそれを見てふと思った。


 犬岡が他の女の子からチョコ貰っているという事は…彼が猫田さんと付き合っているという噂は真実ではないのではないだろうか? 


 だって普通本命の彼女がいるのに他の女の子からチョコなんて受け取らないよね?


「オッス、非モテ共。お前らチョコ貰ったか?」


 僕たちがチョコの山に圧倒されていると、たまたま目のあった犬岡が話しかけて来た。


「俺たちこんなにチョコいらねーからよ。お前ら弱者に恵んでやる」


「あっ、俺もついでにやるよ。そら受け取れ!」


 犬岡と猿木はそう言ってチョコの山からいくつか僕たちに投げてよこしてくる。


 ちょ!? 投げたらチョコが割れる。


 僕たちは彼らが投げたチョコを落とさないようになんとか両腕で抱きかかえるようにして受け止めた。


「別に礼はいらねーよ。ブス共から貰ったチョコなんて何が入っているか分かんねーからな、遠慮なく食え。ハハッ、良い事した後は気持ちが良いぜ!」


「ホントホント。ブスが作ったってだけで食う気失せるわ!」


 …酷い事を言う奴らだ。ブスだろうが美人だろうが、せっかく女の子たちが想いを込めて作ったものをこんな風に扱うなんて。


 何でこんな奴らが人気あるんだろうなぁ…。


「これどうする?」


「扱いに困るな」


 僕たちは彼らから押し付けられたチョコの取り扱いに苦悩した。


 女の子が自分ではない他の男のために想いを込めて作ったチョコを食べるというのはやはり気が引ける。


 しかし、だからと言って捨ててしまうのも可哀そうだ。


 …となるとやはり彼らに返すのが無難か。


 あんなに沢山チョコを貰っているのだから、元に戻したとしても分からないだろう。僕たちは犬岡たちが教室を留守にした時を見計らって彼らのカバンにチョコを返す事にした。



○○〇



 押し付けられたチョコを一旦机の中にしまった後、教室のドアがガラリと開いた。そちらを見ると、教室に入って来たのは僕の想い人である猫田さんだった。


 彼女の顔を見た僕の心臓はドキドキと早鐘を鳴らした。数日前、一緒に下校した際のあの意味深な表情を思い出し、どうしてもチョコの事を意識してしまう。


 猫田さんのチョコ…きっと彼女の性格のように、甘くて優しい味がするんだろうな。


 思わず顔が緩んでしまう。


 …ハッ! ヤバいヤバい。


 僕は「ペチン」と自分の頬を叩いて惚けた表情を正した。だらしない表情をしていると彼女にキモイと思われてしまうかもしれない。


 そもそもまだチョコをくれると確定した訳ではないのだ。僕の勘違いの可能性も十分考えられる。


 勝手に期待して、勝手にドキドキして、勝手に幻滅する男というのも、傍から見るとキモイ存在だろう。例えチョコを貰えなくても平然としていよう。


 猫田さんはクラスメイトたちと挨拶を交わしながら自分の席に向かい、荷物を机の上に置いた。


 そして彼女はこちらを振り向き、手提げ鞄の中からハート型の包みを取り出して僕の方を目指してやって来る。


 あれはもしかして…?


 僕の心臓は再びドキドキと高鳴った。「静まれ!」と脳で命じても、僕の意に反して高鳴る事をやめてくれない。


「鷹野っち、これ」


 猫田さんは僕にそのハート型の包みを差し出した。バレンタインらしい赤い包装紙とリボンでキレイにラッピングされている。どう見ても気合いの入った装飾だ。


「えっ、あ、うん。あり…がとう」


 僕は彼女から本当にチョコを貰えた事が信じられなくて、脳がパニックを起こし、そんな気の利かない返事しか言えなかった。


 …だって仕方がないじゃないか。異性からチョコを貰うなんて僕の人生で初めての経験だったのだから。しかも好きな人からである。


 僕の両脇にいたポッポとこーちゃんはそれを見てたまげた表情をしていた。


「…鷹野っちだけだからね♪」


 彼女は去り際にそう小さく囁くと自分の席に戻っていった。


 これって…本命チョコ? やっぱり猫田さんは僕の事が…?


「ちょ、正則! お前これ本当に…」


「うむむ…本当に猫田さんは正則の事が好きなのか?」


 ポッポとこーちゃんが隣で騒いでいたが、僕は困惑と歓喜が入り混じった感情に頭を支配され、彼らの言葉は耳に入ってこなかった。



◇◇◇


チョコを渡された主人公。果たしてどうなる?

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