僕と神様

 僕は町の神社を後にするとそのまま家には帰らず、家の裏手にある雑木林の中に向かった。


 雑木林に入って20分程歩くと少し開けた場所があり、そこにはボロボロの建物が立っていた。僕はその今にも崩れそうな建物の扉を開けて中に入る。


 この建物の正体は廃神社だ。なにぶん神社によくある鳥居や他の建物は朽ち果てその原型をとどめておらず、本殿の部分しか残っていないので神社と言われてもピンとこない人の方が多いだろう。 


 本殿もかなりガタが来ているのだが、僕が頻繁に掃除しているおかげでホコリなどは少なかった。


 奥に進み、御扉みとびらの前に立つ。この御扉の奥には御神体が封印されている。


 …まぁカギは朽ち果ててついていないので、開けようと思えば開けられるんだけど。


 ちなみに中身は糸と朽ちたハサミだ。


 流石に御神体を見るのは不謹慎だと思う人もいるかもしれないが、僕がまだ幼い頃…この建物が神社だと理解していない時に偶然見てしまったものなので許して欲しい。


 さて、僕がなぜこのような廃神社に来たのか? それはとある人物と会うためである。


 いや、この表現は正確ではない。そのお方は厳密に言うとではないので、人物というのはおかしいし。「会う」と言ったが、僕はそのお方の姿を1度も拝見した事が無かった。


 僕は御扉に向かって声をかけた。


「神様ー? いるー?」


「(おおっ、正則か。学校は終わったのか? お疲れ様じゃのう)」


 その声は僕の耳ではなく頭の中に直接響いてくる。僕はそれをテレパシーの様な物だと解釈していた。そのお方は人より高位の存在故にこのような不思議な力を使えるのだ。


 そう…僕が会いに来たそのお方とは、この神社の神様である。



○○〇



 僕と神様との出会いは…もう10年以上前の話になるだろうか。僕が家の裏の雑木林で遊んでいると偶然ここにたどり着いたのだ。


 当時まだ小さかった僕はあまりにボロボロなその建物が神社だとは思わなかった。


 好奇心溢れる少年時代の僕はその建物を見つけるや、あろう事か「ここを自分の秘密基地にしよう」と画策したのである。


 今思うとかなりバチ当たりな行為だが…自分の私物を持ち寄ったり、お菓子を食べたりして第2の自分の部屋の如く扱っていた。


 僕がその建物を神社だと知ったのは小学生低学年の時である。


 小学校の社会の授業で郷土史…つまりは僕が住んでいる町の歴史に触れる機会があり、そこで図書館にあった分厚い郷土史の本を読み漁った。その中であの神社の記述を見つけたのだ。


 その本によると、あの神社がいつ頃廃されたのかは分からないが、江戸時代の初めくらいまではちゃんと神社として機能していたらしい。


 僕は自分が秘密基地にしていた場所がまさか神社だとは思わなかったので、その事実に驚いた。これは不味いと思った僕はすぐさま自分の私物を片付け、お供え物をし、今まで好き勝手使ったお詫びにと神社の掃除を始めた。


 当時の僕は神様の祟りを本気で信じていた。それはもう毎日「神様ごめんなさい。神様ごめんなさい」と必死に謝りながら神社の掃除をした。もちろん、御扉の前で土下座もした。


 そうして1年ほど経っただろうか。僕はほぼ毎日欠かさず神社の掃除と謝罪をしていた。


 すると、ある日当然不思議な音が聞こえるようになったのだ。


「(…ぬし…お…し)」


 最初は耳の近くに虫でも飛んでいるのかと思った。だがどう考えても虫の羽音ではない。確信は持てないが…人の声のように聞こえた。


「(…えるか? わら…こえ…きこえ…)」


 …誰かが僕に話しかけてきている? 


 僕は辺りを見渡した。神社の中には僕以外誰もいない。僕は恐ろしくなって神社から逃げ出した。


 その声の様な物は神社から出るとピタリとしなくなった。


 数日後、僕は恐る恐るまた神社に向かった。怖かったが、神社の掃除をしないと神様に祟られるかもしれない。そう思っていたのだ。


 僕が神社の中に入ると、またもやその不思議な声のような物が頭の中に響いてきた。


「(あぁ…よか…また来て…)」


 僕はビクリと震えた。


 一体どうしたというのだろうか? もしかするとこれが神様の祟りなのではないかと僕は思った。


「ひぇ…ご、ごめんなさい。もうバチ当たりな事はしません! だから祟らないで下さい!」


 僕は全力で謝った。


「(たたりではないわ!)」


 その時、かすかに「祟りではない」と僕の耳に聞こえた。


 僕はその声の様な物に意識を集中させてみる事にした。もしかすると意思疎通できるのかもしれない。


「(お主は特殊な性質を持っているようじゃな。わらわの声が聞こえるとは)」


 そして僕にハッキリと…彼女の声が聞こえたのだ。


 彼女は自分をこの神社に祀られている神だと言った。どうやら僕は神様に愛されやすい特殊な性質を持っているようで、神様の声を聞く事ができたのだという。


 この神社は今まで長い年月放置されていたため、彼女を信仰してくれる人が1人もいなかった。


 それ故に長い眠りについていたらしいのだが、僕が1年前からこの神社で拝み始めたことにより、眠りから覚めたようだ。


 僕は神様に恐る恐る尋ねた。


「えっと…神様は僕に怒ってないの?」


「(怒っとらんよ。それよりも何もする事がないので暇なのじゃ。どうかわらわの話し相手になってはくれぬか?)」


 神様は僕にそう言った。当時の僕は純粋だったので自分のバチ当たりな行いが許されたと同時に「神」という存在と対話できるのが純粋に嬉しかった。


 僕はそれを快く受け入れた。



○○〇



 それから僕は学校が終わると時々神社に行き、神様と話すようになった。神様にとっては現代日本の話が珍しいらしく、僕の話を興味深そうに聞いてくれる。


 そしてそれが十年近く続き、今に至る。今日も僕は神様と話しにやってきたのだ。


 僕はその日あった出来事を神様に話していく。


「今日は重い荷物をもっていたおじいさんを助けたよ」


「(ほう、感心じゃのう。わらわの教えを守っているようじゃな。人と人とのは大事にせねばならぬぞ)」


 なんでもこの神様は縁結びの神様らしい。


 「縁」というと一般的には男女が関係を結ぶ事を想像する。しかし神様のいう「縁」とは人と人との関わり合い、巡りあわせやきっかけ全般を指して言うのだそうだ。


「(人と人はお互いに助け合って生きて行かねばならぬ。だからこそ縁は大事にせねばならぬぞ)」


 …というのが神様の教えである。僕が積極的に人を助けようと思うようになったのも神様のこの教えがあるからだ。


「でね、なんとそのおじいさんは神社の神主で『お主から神聖な気配を感じる』って言われちゃったよ。多分それって神様の事だよね?」


「(ほぅ…この町に正則以外にもわらわの気配を感じ取れる者がおるのか。神職に就く者とはいえ、わらわの気配を感じ取れる存在はまれなのじゃが)」


 僕はその日あった出来事を次々神様に話した。でも猫田さんの件だけは恥ずかしくて神様には言えなかった。


「(フンフン。それよりも…ここ最近正則は少し浮かない顔をしておるな。なんぞ悩み事か? わらわに話してみよ)」


 神様に僕の悩みはバレバレのようだった。神様とは小学生の頃から頻繁に会っているので…こういうと彼女に失礼かもしれないが、家族にも等しい存在だ。なので僕の変化はすぐに分かってしまうのだろう。

 

 僕は「神様には敵わないなぁ」と思いながら猫田さんの件を話した。縁結びの神様なら僕に適切な助言をくれるのではないかと考えたのだ。


「(あの小さかった正則ももう色を知る年になったか…。人の子の成長は早いのぉ…)」


 神様はまるでおばあちゃんの様な事を言ってくる。


 彼女は太古の時代から存在しているらしいので、おばあちゃんどころかもっと上の…。


「(…正則、何か失礼な事を考えておらぬか? おなごに年齢の話題はえぬじーじゃぞ! むしろわらわは神の中ではかなり若い方じゃ!)」


 …怒られた。失礼な事はあまり考えないようにしよう。


 と、その時僕のスマホが「ピロリン♪」と鳴った。スマホを確認すると、どうやらお母さんからメッセージが届いたようだ。内容は「夕御飯が出来たから早く帰ってらっしゃい」との事だった。


 時計を見ると20時を回っていた。


 もうこんな時間になっていたのか、神様と話しているとついつい時間を忘れてしまう。


「神様ごめん、お母さんに呼ばれちゃった。また明日ね」


「(おうおう、それはしょうがないの。今日も楽しかったぞ。またの!)」


 神様から猫田さんの件に対する意見を聞きたかったが、それは次の機会でもいいだろうと思った。どうせ明日もまた来るのだ。



○○〇



~side 神~


 正則が帰った後の廃神社。


 神はその日正則が相談してきた内容をしみじみと思い浮かべていた。


「(そうか、あの正則が恋をのぉ…。どれ、わらわも縁結びの神の端くれとしてちょいと力を貸してやろうとするかの)」


 神は力を使い、正則と想い人…猫田という女が結ばれる可能性を確かめる。


 だが神は結果を見て顔をしかめた。


「(これはどうした事じゃ…? 猫田という女はすでに別の男と縁が結ばれておるぞ。正則…その猫田とかいう女には気を付けろ!)」


 神は忠告の言葉を放つが、その言葉はすでに神社を出ていた正則には届かなかった。



○○〇


すでに何度か出てきていますが「縁」というのがこの物語のテーマの1つです。

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