12話 与えられた血の力……?

「良くやったぞ、お前達」

 キオンは満足げに告げると、刀の中からスルンッと飛び出す様にして猫の姿に戻った。


「閻魔大王様も、お前達をよくよく褒めて下さるだろう」

 良かったな。と、嬉しそうに尻尾を揺らされるけれど。


 私達は、キオンの言葉に何も返す事が出来なかった。自分の身体に走っているものに精一杯で、そう易々と平常には戻れないから。


「なんだ、どうした?」

 キオンがきょとんと曇りなき眼で尋ねてくる。

 それでようやく、私の口が動いた。


「……いや、あれが……あんな残酷な形が。死魂送りって言うものなんだって思って」

 未だに尾を引く衝撃を滲ませながら訥々と吐き出すと、キオンが「残酷?」と首をカクンと傾げる。


「どこが残酷だ? あんなの残酷でも何でもないだろう」

「……嗚呼、そっか。キオンは、地獄の猫だったわね」

 倫理観バグってる奴に言っても無駄よね。と、突っ込みそうになったが。その一言は、心の中だけに押し止めておいた。


 だから勿論キオンにそれが伝わる事はなくて「そんな事を気に掛けるより」と、話を前に進められていた。


「死魂送りが成功した。つまり、お前達の刑が変わるって事だぞ?」

 負傷してまで成し遂げたのだから、もっと喜んだらどうだ? と、投げかけられる。


 私はその言葉でハッとし、「そうじゃん!」と、声を張り上げて結生の方に振り返った。


「怪我は大丈夫なの、結生? ! 足を撃たれたって言うのに、あんなに動き回っちゃって! それに、どこからあんな大鎌を持ってきたのよ!」

 一気にまくし立てると、結生はいつもの温和な顔で「聖、落ち着いて」と押しかける私を弱々しく宥める。

「僕は何ともないから大丈夫。それに、怪我は僕よりも聖の方が酷かったでしょ? 聖の方が大丈夫?」

「私は平気よ。今はどういう訳か、全く痛みを感じないの」

 あれだけやられていたのに、可笑しいわよね。と、目を落として怪我を負った身体を見ると。私の手や腕はつるんとして綺麗だった。


「えっ? !」

 私は自分の肌に愕然とし、わたわたと泡を食いながら身体を確認する。


 軽く斬られた手の甲、銃弾が掠った頬、ナイフを刺された腕、銃弾が貫いた腹部。

 全ての箇所が傷どころか傷跡の一つもなく、綺麗につるんとした肌だった。


 何事もなかったかの様に身体が振る舞うから、ひどく混乱しかけるけれど。黒のセーラー服についた破れや汚れが、「傷を負わせられていた」と思い知らせてくれた。


 私が「どうなってんの?」と怪訝に呟くと、「分かるよ」と結生が笑いながら言う。

「僕もそうだったから」

 ほら。と、ズボンの裾をたくし上げて、私に肌を見せつけた。


 なんと、結生にもあるはずの弾痕がない! 私と同じで、綺麗さっぱりなくなっている。


「なんで?」

 キュッと眉根を寄せ、怪訝と困惑に歪んだ顔で尋ねると。結生は「閻魔大王様の血の力みたいだよ」と、微苦笑を浮かべて答えた。


 はぁ? と、私の顔に刻まれた怪訝が殊更色を強める。


 結生は「聞こえたんだ」と、苦笑交じりに言葉を紡ぎ始めた。


「早く聖の元に行かなくちゃと思いながらも、撃たれた痛みに負けていた時に。耳元で、閻魔大王様の声がハッキリと聞こえたんだ。与えた物の価値を見出さずに、其方は終わるつもりか? って」

 与えた物の価値を見出さずに、其方は終わるつもりか? まぁた、訳の分からない事を言われたわね。まぁ、あのオバサンは意地悪だから。ストレートに物を言えないのよね。

 なんて、私は心の中で思ってしまうけれど。その時の結生は違ったみたいだった。


「そこで僕は思ったんだ。与えた物の価値を見出す、つまり今自分に流れている血に意味があるんじゃないかって。あの人から与えられたのは、血だけだからね。そう分かると、コレがキオンに言われた最強の刃の話にも繋がるんじゃないかと思って」

 結生は「その二つから考えて、辿り着いた僕の答えはこうだった」と、一呼吸置いてから言う。


「今の自分の血には特別な力がある、つまり自分の血が武器になれるんじゃないかって。まぁ、馬鹿馬鹿しい。あり得る訳ないって思ったよ。でも、聖が普通と思うなって言っているのを思い出してさ。まずは試してみる事にしたんだ」

 結果は見事に成功! と、パチンと結生は朗らかに手を打った。


「足から流れている血が、ドロドロと想像していた刀を生成したんだ。もう、本当にビックリしたよ」

 本当にビックリしたよ、って言う割には淡々としている。きっとそれに気がついた時も綽々としていて、大して驚かなかったに違いない。


 私は、その時の冷めた結生を想像しながら「それで?」と、紡がれる話に耳を傾け続けた。


「急いで聖の所に向かったよ。でもその時、聖が足蹴にされて、血塗れになっているのを見て……もう腸が煮えくり返ってさ、まずはアイツの足を断ってやるって思って」

「足を斬るじゃなくて断つって思うあたり、結生だなって思うわ」

 最後の一言のせいで、つい突っ込みを入れてしまう。遮る場面じゃないって思っていたから、頑張って堪えようとしていたけれど……無理だったわ。


 結生はニコッと柔らかく相好を崩し「それほどでも」と言った。

 いや、褒めてないわ。

 そんな端的な突っ込みが喉元まで出かけるけれど、今度はグッと飲み込めた。その代わりとして「……だから大鎌って訳?」と、尋ねかける。


「うーん、実を言うと鮮明に大鎌を想像した訳じゃなかったんだよね。その時の僕は怒りでいっぱいで、そんな事思う暇もなかったからさ」


「じゃあ、血が結生の思想を汲んで大鎌を生成したって事?」


「多分、そうかな?」

 私は微笑を称える結生の前で「成程」と相づちを打ってから、「それにしてもあんな大鎌、よく扱えたわね」と感嘆した。


 すると結生は「いやいや」と、間髪入れずに首を振る。


「全く扱えなかったよ。すごく難しくて、これだと武器がただの重荷になるかもって思ったから、すぐ離したんだ」

 苦笑交じりに答える結生に、私は「えっ」と目を見開いた。


「あの飛び蹴りは、武器が使えないって思ったからって事だったの?」


「そうだよ。生前読んだ漫画とかのシーンをイメージして戦ってみたんだけど、やっぱりそんなレベルじゃ駄目だったね」

 あと、僕は聖と違って、運動がそこそこって言うのも要因の一つだと思う。と、結生は私を優しく見つめて、ニコリと笑った。


「あれ以上長引いていたら戦えなかったと思うから、聖が居てくれて本当に良かったよ。助かった、ありがとう聖」

 朗らかに紡がれる礼に、私は「何言ってんのよ」と小さく呆れた笑みで言う。


「そんなの、こっちの台詞だわ。私一人じゃ勝てなかったし、何も出来なかったわよ。でも結生が居てくれた。だから私は助かったし、死魂送りも出来たのよ」


「俺から言わせてもらえば、此度の件はどちらかのおかげと言うのはない」

 ずっと黙っていたキオンが厳かに口を挟んだ。


 キオンは私達をまっすぐ見据えると、「お前達二人の力で成し遂げた事だ」と力強く告げる。


「どちらかが欠けていたら、成し遂げられなかっただろう。だからお前達二人の功績だ。本当に良くやった」

 紡がれるまっすぐな称賛に、私達は顔を見合わせて微笑んだ。


 何度も思う事だけれど。やっぱり私達は、死ぬ前も死んだ後も、何も変わらないわね。


 私は「よし!」と満足げな声を張り上げて、結生とキオンを交互に見据えた。


「これで私達の天国行きは確定! その祝勝として、京都観光に行くわよ!」

 グッと拳を天高く掲げて言うと、その後に「おー!」と結生の賛成が上がる。


 けれど、もう一つの声から賛成が聞こえない。


 私はキオンの方を噛みつく様にバッと見て「ほら、キオンも!」と、力強く促した。


 キオンは「はぁ」と諦めを吐き出してから、「分かった、分かった」と投げやりに答える。


「だがな……お前達、ほどほどにしておくのだぞ。フリじゃないからな、本当に分を弁えて」

 くどくどと流れそうな諫言を、私は「はいはい」と流してから「それじゃあ!」と朗らかな声をあげた。


「京都へー、レッツー!」

 ゴーッ! と、力強く大地を蹴り上げて駆け出した。

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