11話 楔を打つまで

 私は瞠目する。


 撃たれて動けなかったはずの結生が、平然と立っている事に。キオンはここに居るのに、大鎌と言う格好いい武器を持っている事に。


「ど、どうして……?」

 戸惑いをボソリと吐き出してしまうが。目の前の状況は、一つ一つ説明してくれる事なく、淡々と進んだ。


「まずは足から、だ」

 結生が蹲る大河内を睥睨しながら、冷たく言い放つ。


「次は両手、その次が口だ。聖を傷つけた場所は全て、消していく」

 カチャと構えられる大鎌、ドンと重々しく放たれる冷たい殺気。


 あの目と言い、あの口調と言い、この物々しさと言い、結生は大河内を「やる」つもりだ。


 結生が、本気だわ。でも、結生、大鎌なんて言うゲームと漫画の世界でしか出ない様な武器を扱えるのかしら? って言うか、どこからあんな物を持ってきたのよ。


 私が怪訝に思った刹那、蹲っていた大河内が反撃に出る。

「小僧、貴様も図に乗るな!」

 足の激痛を堪え、バッと結生にナイフを向けて襲いかかった。


 けれど、その手が結生に届く事はなかった。

 その前に、結生が素早く鎌を振って両腕をざっくりと刺し貫いたから。


 長物のリーチをフルに生かして、グサリと刃を両腕に通すと同時に、結生は「まだまだ」と言わんばかりに、武器から手をパッと離して距離を詰めた。そして間合いを見計らってトンッと軽やかに飛び上がり、相手の顔面に跳び蹴りをお見舞いする。


 少し離れたここからでも、大河内の「ぐあっ」と言う痛々しい呻きが聞こえた。


 ちゃんと予告通り。全てキッチリと狙ってヒットさせたのが、凄いを通り越してもはや恐ろしいわ。

 まぁ、私の片割れだからあれくらいは当然か。と思う事で、そのヒヤリとする恐ろしさを鎮めるしかないわね。


 私がゴクリと唾を飲み込むと、刀の中のキオンから「聖!」と鋭い声を上げられた。

「ボサッとしているな、お前も畳みかけろ! 結生がボコボコにしている今が、これ以上ない好機だ!」

 お前が奴の魂を刺さぬ事には終わらんぞ! と、飛んできた厳しい諫言に、私はハッとする。


 嗚呼、そうよね。今は結生だけの戦いじゃない。


 これは私達の戦い、私達の死魂送りなのだから。私も戦わなくちゃ!


「えぇ! 行くわよ、キオン!」

 私は柄を握りしめ、ダッと戦線に駆け出した。

 不思議な事に、身体の痛みはまるで感じなかった。だから強く前へ駆けられた、強く刃を振るえた。


「結生、離れて!」

 端的に叫び、二人の戦闘に割って入る。


 結生は、すぐにサッと飛び退いた。刹那、大河内がぐるんとこちらを振り返る。

 一方的にやられていたとは言え、大河内は後ろから来る私に気がついていたのだ。


 大河内は荒々しく両腕を刃から引き抜くと、そのまま私に向かって思いきりぶん投げる。

 くるんくるんっとよく回りながら、私を抉ろうと襲いかかってきた大鎌。


「お前なんかに、お前達なんかに、俺が負けるものか!」

 大河内は、血反吐を吐きながら怒声を張り上げる。


「聖!」

 結生の口から、不安と焦りが混ざった悲鳴が発せられた。


 大丈夫よ、結生。私はもう

「絶対、やられないから」

 毅然と言い放つと同時にサッと身を屈めて鎌を避ける。そしてそのまま足を前へ踏みだし、ダダダッと駆けた。


 どんどんと間合いが縮まっていくと。切羽詰められた大河内がナイフを出鱈目に振り回し、応戦の構えを見せた。


 私は出鱈目に振り回されるナイフを見切って避け、そして……。

 ドスッと重たい音が弾け、暴れていた大河内がピタリと止まる。


 ビュンと空気を引き裂きながら放たれたキオンの刃が、大河内の心臓部を見事に穿ったのだ。


 私の目の前で「う、あ」と短い呻きが発せられ、口の端から血がツウと流れる。


 けれど、大河内は頑丈だった。心臓を貫かれても尚、私に向かってナイフを振り下ろしてくる。


 私はパッと飛び退くと同時に、キオンを素早く引き抜いた。


 すると「大河内源蔵」と、刀の中からキオンの厳かな声が響く。

「貴様を地獄に葬還そうかんする」

 キオンが力強く宣誓すると、大河内は「戻らぬ!」と叫び、逃げ出した。


 私達にやられて、かなり負傷しているはずなのに。火事場の馬鹿力と言う奴なのか、負傷しているとは思えない程の速力だ。


「刺しが甘かったのかしら……いやいや、今はそれどこじゃないわ! 兎に角、追いかけないと!」

 結生、追うわよ! と、結生を促して追いかけようとするが。「よせ」と、淡々と発せられた声が私達の足を止めた。


「どうしてよ、キオン! このままじゃ、死魂送りが失敗って事になっちゃうわよ!」

 私が刀の中のキオンに力強く反論すると、キオンは「いや」と静かな否定を重ねる。


「すでに楔は打たれた」

「……え?」


「お前達の

 キオンが静かに告げた瞬間。逃げていた大河内の足下からぶわっと禍々しい形をした、黒い手が伸びてきた。


 逃げる大河内に絡みつき、いや、纏いつき、逃げる彼を強く止める。


「何、アレ……」

 両目が映す光景に呆然として呟くが、その呟きはかき消されてしまった。「辞めろおおお!」と言う、悲鳴じみた絶叫によって。

「離せ、離せぇぇぇ! 嫌だぁぁぁ、嫌だぁぁぁぁっ! 俺は、地獄に戻りたくないのだぁぁぁっ!」

 大河内は必死にもがき、何とか魔の手から逃れようとするが。暴れる度に下からの手は増え、彼を強く縛りつけた。


 そして一際禍々しく大きい手が二つ、大河内の背後からうねうねと伸びる。彼の全身を覆う様に伸びきると、突然手の平を勢いよく重ね合わせた。

 べしゃりと重ねられる手の隙間から「ひぎゃっ」と言う短い呻きと、赤黒い血が飛び出す。


「……!」

 言葉にならない衝撃が生まれ、私は目の前の光景に慄然とした。


 けれど、その衝撃を長く引きずらせないかの様に、魔の手は両手を合わせたままスルスルと戻って行く。


 そうして何食わぬ様子でストンと指先まで完璧に帰ると、シンッと恐ろしい程の静寂が訪れた。


 目の前には、何も居ない。


 大河内源蔵の姿も、無数に伸びて現れた魔の手も……綺麗さっぱり消えていた。

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