第6話 縛られないで行くわよ!

「ねぇ……場所って、京都じゃなかったの?」


 私は目の前に広がる、高層ビルが並び立つ東京独特の光景に言葉を失った。


 何かの間違いかと思うけれど、私達、絶対に京都いたわよ。こんなビルビルした所じゃなくて、趣ある古の町並を見ていたもの。


 あれは間違い無く、京都だった。


 キオンに「ここを通れ」って言われた裏路地も、そこから入って歩き続けた長屋も、京都ならではだったもの。


 でも、今は違う。これは完璧に東京の景色……。

 ちょっと長屋を歩いただけなのに、京都から東京の道のりを歩いていたなんて。そんな馬鹿げた話がある訳……いや、でも待って。


 こんな所で驚いて、常識人みたいに振る舞う方が間違っているんじゃないの? 


 だって、私達が、だもの。


 こう普通に喋って、京都やら東京の景色やらを普通に見ているから、つい忘れそうになるけれど。私達は、もうすでに死んでいる。(某有名キャラみたいな台詞で、結構恥ずかしいわ)


 それに加えて、喋る猫だっているし、地獄だって見て来たし、閻魔大王って言う眉唾物の存在にも会ったのだから。常識なんて、もうどこにもないわよね。


 私は「まぁ、良いわ」とかぶりを振って、生まれた驚きを打ち消した。


 結生も驚きはしていたけれど。私以上に早く驚きと困惑を飲み込んで、キオンに「この辺りに居るって事?」と尋ねていた。流石、いつでも冷静沈着な結生だわ。


「そうだ。この近くに、大灼熱地獄から抜け出した大河内源蔵おおこうちげんぞうが居る」


「大河内源蔵、ねぇ。なぁんか昔の人の名前っぽいわねぇ」

 私が横から突っ込むと、結生の肩に飛び乗ったキオンが「まぁ、お前達から見れば昔と言う事になるだろうな」と答えた。


「その男が死んだのは、一九〇四年の事だ」

 サラッと告げられた享年に、私は「うわ、めっちゃ昔じゃん!」と軽く仰け反って驚く。

「今が二〇二二年でしょ。だから一九〇四年から地獄に居るとなると、約……」

 暗算に詰まってしまうと、結生が横から「一二〇年」とサラリと言った。

「でも、その人は逃げた人だから、百年あまりもいたのかどうかは分からないけど」

「大河内が逃げたのは、一〇三年目の時だ。それからは人間界に落ち延びている」

 キオンが結生の言葉に補足を入れる。


 私は思わず「割と時間が経ってんじゃん」と、率直な感想を口にしてしまった。


 するとキオンは黄色い瞳をスッと細めて「だから早急に死魂送りをしてもらいたいのだ」と、冷ややかに言う。


「大灼熱地獄の大罪人だからと言う事もあるが。人間界に着いてから女を三人、男を二人の計五人を殺している奴だからな」

 生者を五人も殺している、その言葉を聞いた瞬間に私はピシッと強張ってしまった。


 生前にも沢山人を殺しているって言うのに。逃げた後も、つまり死んだ後も人を殺しているなんて……めちゃくちゃヤバい奴じゃん。


 ようやく、私は自分達に課せられた死魂送りの過酷さを痛感した。


 厳しいものだとか、危険なものだとか。そう言う脅しは何回も聞いていたから、まぁそれなりに大変なんだろうとは思っていたけれど。でも、こんなに厳しいとは思えていなかった。私の考えは、圧倒的に甘かったのだ。


 私はキュッと唇を軽く噛みしめる。


 私達だけの力で、そんな狂人を地獄に送り返すなんて本当に出来るのかな?


 ……あぁ! 駄目よ、私! こんな所で弱気になっちゃ駄目、卑屈になっちゃ駄目。それにまだ姿も見ていない相手に臆すなんて、私らしくないでしょ。


 私は生まれた不安を外に押し出す様に、トントンと拳で軽く胸元を叩いた。


 閻魔大王相手に啖呵を切ってきたって言うのもあるけど。今更やっぱり出来ませんなんてダサい事言えないし、言いたくないでしょ。


「聖」

 結生が私の名を呼んだ。

 見透かされたその声に、私はハッとする。


 嗚呼、そうよ。私が頑張る理由は、閻魔相手に見栄を張るからじゃないわ。。だから頑張るんでしょ。


 私はとんと一つ胸元に拳を打ちつけてから、パッと崩して笑顔を見せた。


「結生が居るから、平気」

「うん」

 結生はコクリと小さく頷いた。たった一つ頷いただけだけれど、それだけで分かる。

 私も言葉を返す様に、コクンと小さく首を縦に振った。


 するとキオンが「結生、聖」と、私達の名を物々しく呼ぶ。


「覚悟は、決まったか」

 私は結生の肩に居るキオンの方に視線を移して「えぇ」と、答えた。


「だから案内してちょうだい」

 私の答えを受け取ると。キオンは私達を見つめながら、満足げに「なーご」と鳴いた。

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