第7話 出会う、狂敵

 キオンの道案内で東京某所を歩く事、数十分。

 ようやくキオンが「ここに居る」と、鋭い声をあげて私達の歩を止めた。


「ここ?」

 私は止まった足の前に広がる光景に、キュッと眉根を寄せる。


「神社じゃん」

 そう。驚くべき事に私達は今、でんと厳かに構える大きな鳥居の前に居るのだ。


 広い敷地に寺っぽい建物が色々と建っている辺り、歴史ある立派な神社の一つなのかな? あんまりお寺とか、神社とか行った事ないから分からないけど。


 私はチラと神社名が刻まれた石を見てから「やっぱり歴史があるのかないのか、分からないけど」と独りごちてから、ストンと私達の足下に降り立ったキオンに怪訝をぶつけた。


「こんなザ・神聖って所に、地獄からの死者が逃げ込む? 普通逃げるなら、家とかマンションじゃない?」

「いや、ここだ。大河内は、このどこかに居る」

 キオンは私の怪訝をピシャリと無下にするかの如く、毅然とした口調で返した。

 そしてゆるりと尾を揺らしてから「こっちか……」と、スタスタと歩き出してしまう。


 私は「そーですか」と投げやりに答えてから、「行こう、結生」と声をかけた。


 すると結生が「待った」と、やや鋭い声をあげる。キオンと私の足が、ピタッと止まった。


 そして振り返った私達二人に、結生は「彼に会った先、どうするつもり?」と投げかける。

「地獄に戻って下さいって言って『はい、分かりました』って言う相手じゃないんだろう? 抵抗される事が考えられるならば、どうやって僕達は彼を地獄に送り返せば良いんだ?」

 私の頭では、考えつかなかった疑問をぽんと吐き出した。


 言われてみれば「確かに!」だし、言われなかったらノープランで乗り込もうとしていた私としては「流石、結生」って、知力の差を痛感しちゃう。


 双子だからそこも同じでありたいのに、性格と同じでそこが似る事はなかったのよね。幾度も抱いた願いだわ、「頭の出来も似たいです」って。終ぞ叶わずに終わっちゃったけれど、と言うか、終わった後でも叶えない願いだったみたいだわ。


「勿論、始めは戻れという呼びかけだが。抵抗されたら、その時は実力行使に移る」

「実力行使って言われてもさ……僕達、武器なんて何も持っていないのに」

 結生がおずおずと反論すると、キオンがはぁと小さくため息を吐き出した。


「何の為に、俺が居ると思っているんだ? 俺の勤めは案内役だけではない。閻魔大王様からもそう申しあげられただろう」

 俺はお前達の刃として、ここに居るのだ。と、首を伸ばし、ふふんと構えた気高い姿勢で言い放つ。


 私と結生は、互いにきょとんとした顔を見合わせてから、高慢ちきになっているキオンを見つめた。


「……キオンが代わりに戦ってくれるって事か?」

「違う!」

 キオンは結生の弱々しい言葉を瞬時にバシッと打ち落とし、「戦うのはお前達だと言っているだろう!」と憤懣とした声をあげる。


「俺は地獄に送り返す為の、ただの刃にすぎんぞ!」

「だから、ただの刃って言う意味が分からないんだけど」

 私が淡々と突っ込むと、キオンは「言葉通りの意味だ」とぷんぷんと可愛らしく怒りながら答えた。


「実戦の場になれば分かる」

 だからもう行くぞ。と、キオンは止めていた足をさっさと進め始める。


 ……なんか、腑に落ちないんだけど。本当に大丈夫なのかしら、私達。


 歩き出すキオンの背を憮然と見つめていると、キオンが突然止まり、顔だけをこちらに向けた。

「うだうだと考える必要も、大丈夫かと心配する必要もない。お前達には、のだからな」

「「最強の刃?」」

 二人の怪訝な声がハモる。


 だが、キオンは何も言い返さずに、止めていた歩みを颯爽と進めただけだった。


「……まさかとは思うけど、最強の武器は愛とか勇気って言う寒いオチじゃないわよね?」

 うやむやにしている事が多すぎるわよ。と、ボソッと不満を零すと、結生は「うーん、僕としては」と小さく唸りながら言葉を紡ぐ。


「キオンが自分を牙、じゃなくて、刃って言っている所に一番引っかかるかな。猫の武器は牙のはずだし、猫である自分をどうして刃って言うのかなって」

「それはまぁ、確かにだけど。閻魔のオバサンも、キオンも言い間違えているだけじゃないの?」

 牙も刃もあんまり変わらないし。と、付け足すと。「いや、変わるよ」と力強い否定が飛んできた。


「牙は自分だけの力で矛になれる。けど、刃は誰か自分を使う人がいなくちゃ、矛にはなれない」

 結生は「だから僕はおかしいって引っかかるんだ」と、私の目をまっすぐ見据える。


「どこからどう見ても、猫であるキオンは刃ではないから」

 その一言で、私は「あぁ、そういう事!」と結生の言いたい事を理解した。

「キオンが刃になれるとはとても思えない、って事よね?」

 結生は「そう」と首肯する。どうやら私は、結生の主張を上手く咀嚼出来たみたいだ。


 私は「不審に思うのも分かるわ」と言ってから、「でも」と言葉を継ぐ。


「アレは地獄の猫なのよ、結生。だから普通の猫と一緒にしちゃ駄目って思うわ」


「うーん。まぁ、それは確かに、そうなんだけどさ……」


「今あれこれと考え込んでも仕方ないわよ。実戦の場で分かるって言っていたから、その時まで待ちましょ。今はキオンの後を追わなくちゃ、このままだと見失うわ」

 あの猫、こっちを振り返りもしないから。と、苦言を吐き出してから、私は結生の背を押して歩き出した。


 結生は「うぅん」と半ば納得がいかぬ声で呻きながら、無理やり足を進める。


 そうしてスタスタと歩くキオンの後を追い、広い境内を歩いていた時だった。

 前を歩いていたキオンが、突然ピタッと止まる。そうかと思えば、くるっと振り返り、猛ダッシュでこちらに戻ってきた。


「え。何、何、何?」

 突飛な行動に困惑しながら、戻って来たキオンに声をかけると。キオンはぴょんと飛びはね、私の肩に飛び乗った。


「居たぞ」

 静かに、そしてピリッと鋭い警戒が纏った言葉に、私達二人は息を呑む。


「奴が、大河内源蔵だ」

 キオンの瞳孔がスッと縦長になった。


 私達はその鋭い視線に促される様に、そちらを向く。


 するとそこには、二十代後半ほどの若々しい男性がいた。通り過ぎてきた生者と何ら変わらない、普通の男性。


 身体が不気味に透けている事もなくて、着ている服も一九〇〇年代の人にはとても見えない。普通のシャツで普通のズボン(まあ、ハンカチが入っているせいかポケットは膨らんでいたけれど)、普通の運動靴って言うカジュアルなスタイル。

 更に驚くべきは、顔だ。人殺しを重ねた極悪人とはとても見えない、普通の人の顔。纏っている雰囲気もどこか弱々しくて、大灼熱地獄に居続けた様な罪人だとも思えなかった。


「あの人が大河内源蔵?」

 結生が動揺にも似た驚きを小さく吐き出す。その驚きに重ねる様に、私も「信じられない」と呟く。

「でも、あの人なら、地獄に戻ってって言えば素直に聞いてくれそうじゃない?」

「うん。そんな感じがする」

 なんて、双子間で「意外といける」感を醸し出した時だった。


「人相だけで絆されるな」

 キオンが鋭い声で口を挟み、私達の甘さを粉々に打ち砕く。


「奴はお前達よりも多くを殺した殺人鬼だぞ。そしてその雰囲気さえも殺している不気味な奴だ。それが分からないのか? まともに見える服も、地獄に居た奴が持っている服だと思うか? 恐らくあれは殺した生者から奪い、着ているのだぞ。自身の為に殺し、奪い、ここに居続ける奴が、口頭だけで受け入れるまともな奴だと思うか?」

 甘い事を考えすぎだ。と、厳しい諫言をぶつけられてしまった。


 だけど、それのおかげで私達の緩んでいた意識がキリッと引き締まる。


 そうだった。あの人は閻魔直々の指定罪人であり、大灼熱地獄から逃げ出したとんでもない極悪人じゃないか。


 現実を痛感した私達は、ふううと長々とした息を吐き出した。


 そうして甘さを振り払ってから、顔をまっすぐ付き合わせる。

「じゃあ……行くわよ」

「うん」

 結生が堅く頷いてから、私達は彼の方へと近づき、声をかけた。


「大河内源蔵さん、ですよね?」

・・・・

 ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます!次回からいよいよ、双子達のバトルが始まります!

 ここまでが、なげぇよ!って感じですよね。請求書とかの下りとか、ぶっちゃけいらない所なんですけど。面白いやりとりが書きたくて、書いていたら、結構膨らんじゃいました😅今書いている二人目の死魂の所では、なるべくそういうのはカットしているはず……ですw

 次回の更新は日曜、または月曜かもしれません。時間は21時頃だと思いますが、日が曖昧で大変申し訳ありません。どうか、よろしくお願いします。

 


 

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