第5話 甘い約束
「わぁぁ、美味しそう!」
私は目の前で作られるクレープに、目をキラキラと輝かせた。
くるくると巻かれた薄い生地にぎっしりと詰め込まれた、生クリーム。甘い匂いが、私の食欲をくすぐる。
その雪の上にイチゴとバナナの花弁が大きく開いている事も、腹の虫を刺激する要因の一つね。それに、上から贅沢にかけられるビターチョコの雨も嬉しいものだわ。
「あぁ、美味しそう」
満足げに独りごちると「お待たせしました~」と、店員のお姉さんが笑顔で出してくる。
私は「ありがとうございます」と言いながら、渡されたクレープを受け取った。
ずっしりとした重さを感じるから、きっと中にもイチゴとバナナが沢山詰まっているのだわ。
「お会計、八百六十円となります」
「あ、請求書切ってもらって大丈夫ですか?」
笑顔で言うと、お姉さんは「畏まりました」と快く請求書を出してくれる。
「お名前は?」
「閻魔大王でお願いします」
私が奴の名を告げると、お姉さんの目が点になった。
お姉さんは「えーっと」と何度も目を瞬かせてから、改めてペンを握る。
「申し訳ありません。もう一度、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「閻魔大王です、あっ、それか閻魔でも大丈夫です。平仮名でも大丈夫ですよ!」
私の純度百パーセントのニコッとした笑顔に負け、お姉さんは困惑しながらもペンを走らせてくれた。
そうして渡された「えんま様」と書かれた請求書をスカートのポケットにぶちこんでから、私は「ありがとうございますぅ」と、るんるんで少し離れた所に居る結生とキオンの元に戻った。
「ただいまぁ! みてよぉ、美味しそうでしょ!」
結生も食べる? と、クレープをちょっと傾けるが。結生は弱々しい笑顔で「大丈夫」と首を振った。
私は「そぉ」と答えてから、がぷりと躊躇無くクレープの頂点にかぶりつく。
ぶわっと生クリームが、イチゴとバナナが溢れ出した。口の中に閉じ込めたクリーム達をもぐもぐと咀嚼しながら、乱れ崩れた天辺を整える。
「うみゅ、うみゅ……うん! やばい、旨すぎ!」
クレープの買い食いなんて初めてだけど、良いものね! と、大歓喜をあげた。
「多分、このビターチョコソースが良い味出してるんだわ。甘ったるいだけじゃないから、すぐ次に……もぐもぐ、行けちゃうって訳よ、もぐもぐ」
「食べながら喋るのは良くないぞ」
軽やかに肩に乗ってきたキオンが耳元で諫めてくる。多分、他の人に喋っているのがバレない様にって事だと思う。
私は「ふぁい」と答えてから、次にかぶりついた。
すると結生が「よくそんなの食べられるなぁ」と、感心した様に呟く。
「まだ回復しきっていないって言うのに。そんな胃にも心にも重たいクレープをパクパクと……」
結生は、チラとスカートのポケットから飛び出している紙の端に目を移した。
「それ、請求書だろう? あの閻魔大王様に請求するなんて、マズくない?」
おずおずと言葉を紡ぐ結生に、私はもぐもぐと咀嚼してから「何もマズくないわよ」と毅然と打ち返す。
「私達お金を持たされてないから、こうするしかないんだし。それにあれよ、これは死魂送りの必要経費ってやつよ」
だから遠慮する事なんて何もないって事。と、がぶりと大きな一口でクレープを食べ進めた。
結生は「経費って……普通の会社じゃあるまいし」と、弱々しく言う。
「聖、お前は本当に大した奴だな。無礼だけではなく、勝手に請求を突きつける非礼まで行うとは」
肩に居るキオンが、呆れ混じりの嫌みをストレートに放ってきた。
私は直ぐさま肩に居るキオンをギロッと睨んだ。刹那、ゆるりゆるりと険が抜けていってしまう。
色々とミスマッチの領域に居るとは言えど、やっぱり猫だからか……。
私はふんっと小さく鼻息を鳴らしてから「別にいいでしょ」と言う。
「これだけでも、まだまだ割に合わないってやつだし!」
八つ当たりするかの様に、クレープに荒々しくガブリと噛みついた。もぐもぐと咀嚼する度に広がる甘みに「うーん」と骨抜きにされていく。
だから「はぁ」と耳元で聞こえるため息にも、横から「まぁ……」と諦めた様に呟く声にも何一つ気が向かなかった。
そうしてバクバクと食べ進めていくと、あれだけ大きかったクレープの塔がすっかり私の胃の中へ消えてしまう。
「はぁ、美味しかったぁ」
指に付いたクリームをぺろりと舐めてから、クレープの紙をくしゃりと丸めた。
「さてと、次はあそこのイチゴソフトか、抹茶ソフトね。うーん、京都だからやっぱり抹茶にすべき? あ、それとも鯛焼きにしようかしら」
「えっ、まだ食べるの? ! 今、クレープ食べ終えたばかりじゃないか!」
愕然を越えて、もはや戦慄している結生に、私は「まだ全然余裕なの」とピシャリと打ち返してから「いい加減、結生も何か食べなよ」と言った。
「一ヶ月ぶり位の外、しかも初めて来る京都なのよ? だから少しは羽伸ばしなさいよ」
「うーん。僕は聖みたいな強心臓じゃないから、遠慮しておく」
それに、死魂送りって言う不安もある事だし。と、結生は小さく肩を竦ませる。
するとその言葉に乗っかる様に、キオンが「結生の言う通りだ」と、大きく頷いた。
「こちらに来たのは京都観光の為ではない、死魂送りをする為だぞ。もう休憩も充分だろうから、そろそろ行くぞ」
チクチクとした諫言に、私は「ううぅ」と低く唸る。
「まだ食べたいのにぃ、まだ満喫したいのにぃ」
呪怨の様に恨みがましく言葉を吐き出していると、「じゃあこうしようか、聖」と横から結生が言ってきた。
「死魂送りを終えてから、時間をちょっと貰って満喫しよう。それなら問題もないはずだし、今楽しむよりも良い話だと思うけど?」
私の肩で佇むキオン、そして私を窺う。
キオンは「まぁ、終えた後ならば」と渋々引き下がり、私も「うーん、まぁ、確かにそうかも」と牙を収めた。
結生は「じゃあ今はキオンに付いて行こう」と、柔らかく相好を崩す。
「終えた後なら、僕もちゃんと共犯になれるよ」
……共犯、かぁ。やっぱり私達は、何も変わらないわね。
私はフッと口角をあげてから、ベンチを押し出す様にして勢いよく「よしっ」と立ち上がる。
「じゃあさっさと死魂を閻魔の元に送り返して、さっさと京都観光と行くわよ!」
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