第33話


 俺の顔色の変化と、魔力ところてんを見たミラの言葉に、ゆっくりと頷く。


「姫様、姫様はっ――!!」


 ミラが押さえていなければ、後ろにいるシェリルさんは今にも飛びかからんばかりの勢いでこっちにやってきそうだ。


「エレオノーラ様の腹の中に……何かが居るみたいだ」


「お腹の中に……?」


「寄生虫って知ってるか? あれを大きくしたようなのが、エレオノーラ様の大腸……つまり食べ物を消化して吸収するところにひっついてる」


「まさか、誰かがエリィを殺すために――」


「犯人捜しは後でもいいかな? 今は治療に専念させてもらえると助かるんだけど」


「なんとか……できるのですか?」


 懇願するようなシェリルさんに、ゆっくりと返す。


「手段を選ばなければなんとかできる……かもしれません」


 治療、といっても通常のやり方では腸の中にいる寄生虫を殺すことなどできない。

 エレオノーラ様も無事なままで生きた寄生虫を殺すのは、普通のやり方では無理だ。


「二人にこの部屋で起きたことに口を噤んでもらえるなら――そうでないなら治療はお引き受けできません」


「――もちろんです! たとえ国王陛下に問われようが、誰にも秘密は漏らしません!」


「私も同じよ。父様に何を言われても黙っているわ」


 これくらい脅しておけば十分だろう。

 どうせエレオノーラ姫を治した時点で色々と手遅れになるだろうしね。


 俺は気合いを入れて、治療に入ることにした。


 まず発動させるのは『スキル変換』の祝福だ。

 俺は事前に溜めていたスキルポットに魔力を入れ、一つのスキルを取る。


【呪い耐性を獲得しました】


 そして手に入れたスキルを、スキル魔法を使い合成する。


【呪い耐性+呪術を合成……呪術師を獲得しました】


 俺が取得したのは、呪術師スキル。

 呪術に対して強い補正をかける、魔術師系のスキルの呪術版と考えてくれればわかりやすい。



 俺の呪術の腕はさほど高いわけじゃない。


 使う機会があまりないんだよな。

 中世ヨーロッパのような文明において、呪術というのは非常にウケが悪い。

 呪術や呪術師のスキルは、地域によっては持っているだけで煙たがられることもあるという。


 使っているところを他人に見られるわけにもいかないし、自分にかけるくらいしかできないからあんまり習熟してないんだよな。

 スキルの補正込みでなんとか……って感じだろうか。


 まずは対象を選択。

 腹の寄生虫に狙いを定めるが、どうやら癒着でもしているのか、対象にエレオノーラ様も入っているような感覚があった。


 けど、問題ないだろう。何せエレオノーラ様には上位スキルである全耐性がある。

 呪術にもある程度の耐性はあるはずだ。


 呪術を発動させる。


「カースコラプス」


 もいっちょ発動。


「カースポイズン」


 無詠唱でできるほどイメージができているわけではないので、しっかり魔法名を口にしながら発動させていく。


 呪術をひとくくりにするのは難しい。

 簡単に言えばこいつは、他人を呪う魔法の寄せ集めだ。


 自分が受けたダメージの一部を相手に肩代わりさせる痛み返しという魔法や、魔法毒と呼ばれる光魔法での解毒が困難な毒の付与、各種デバフなどを可能とする魔法である。


 バフをする付与魔法の対局とも、言い切れないほどに多様なことのできる魔法なのだ。


 ただ色々とできる反面、一つ一つの効果が弱い。


 今俺がかけたのは、カースコラプスとカースポイズン。

 相手を衰弱させるデバフと、魔法毒を付与する状態異常魔法だ。


 二重でかけてやると、流石にある程度の効果があるようで、腹の中にいる寄生虫がくねくねと動き出した。


 万物知覚を使っても魔力反応が極めて微弱だったことを考えると、この生き物自体は生物の体内に隠れて擬態することは得意でも、こいつ本体の生命力は対して高くないはずだ。


「うっ……」


 体内にある虫に呪いをかけている関係上、当然ながらエレオノーラ様にも呪いはかかる。


 全耐性を持っているから何もないよりはるかにマシだとは思うのだが、彼女の顔が苦痛に歪むのを見ると忍びない気持ちになってくる。


 ただエレオノーラ様自体、長いこと寄生虫に体力を奪われてきているせいでかなり身体が弱っている。

 このままだと虫とチキンレースをすることになるかもしれない。

 なんとかできないだろうか……。


(……そうだ、それならきっちり留まる光魔術を使えばいい)


 通常光魔術は、体内に働きかけることで怪我や病気の治りを促進させる。 

 その際全身に魔法が回るのが問題だったが、それをしなくて済むようなイメージで使えばいい。


 イメージするのは……そうだな、筋肉と骨にしっかりと光魔術が滞留し、部位ごとに魔力のシャッターを閉めていくような感じで……。


 本来であれば循環し始める魔力を一箇所に押しとどめながら、魔術を身体に染みこませていく。

 腕、足、胸に喉。

 全体ではなく各所にアプローチをしていくことで、じんわりと身体全体を活性化させていく。


 流石に一発でできるほど上手くはいかず、何度か失敗もしてしまう。

 けれどこのやり方であれば、腹に住んでいる寄生虫よりもエレオノーラ様の方が回復量を多くさせることができそうだった。


「なんですか、この魔法は……」


 後ろからシェリルさんの声が聞こえてくるが、その内容に答えている暇はない。

 というのも先ほどまでまったく動く様子のなかった寄生虫が、突如苦しみながらあちこちに攻撃をし始めたのだ。


「んんんーーっ!」


 苦悶の声を上げるエレオノーラ様。

 体内からの攻撃を受ければ、たとえどれだけレベルが高かろうと辛いのは間違いない。


 だが相手は既に虫の息だ。

 ここを耐えることができれば問題はないはず。

 どうすればいい、どうすれば……。


 必要になってくるのは、体内に直接アプローチする方法……となると、時空魔術か?

 でもいきなり体内にメスを入れるのは無理だ。

 見えない臓器を弄ることなんて……


(いや、そうか。見えてさえいればいいんだ)


 この世界では魔法があるために、薬学を除いてほとんど医学が発展していない。

 当然ながら外科手術など存在していない。


 だがこの世界には光属性がある。

 これを使い傷口を繋げれば縫合の可能性もない。

 手術中の失血もかなり押さえられるはずだ。


 後ろにいる二人に許可を取る余裕はない。

 俺はアイテムボックスから取り出した愛剣を使い、エレオノーラ様の腹を裂く。


 後ろから悲鳴が聞こえてくる。頼む、邪魔はしないでくれよ……。


 光魔術を使い失血を防ぎながら腹を開き、中の大腸に切っ先を入れる。

 剣豪と精神系のスキルのおかげで、この状況でも切っ先に震えが走らないのはありがたい。

 腸を開いていくと……


「いたっ!」


 俺は即座にその虫を上に放り投げると同時に真っ二つに裂いた。


「ギイゥゥッ!!」


 断末魔の叫び声を上げた寄生虫の魔力反応が消える。

 しっかり死んだことを確認してから、腹部の傷を光魔術を使って塞いでいく。

 完全に塞ぎきったら、先ほど使えるようになった患部に魔力を集中させる光魔術を使う。


 するとエレオノーラ様の顔色が明らかに明るくなる。

 今度は全体に効果を行き渡らせるように光魔術を使うと、先ほどまで寝苦しそうにしていたはずのエレオノーラ様の呼吸が穏やかなものに変わった。


 そして……


「んん……」


 ふるふると震えているまつげの下にある瞼が、ゆっくりと開いていった。

 ぱっちりとした二重が、こちらを向く。

 焦点の合っていない瞳が徐々に明るくなり、視線が完全に俺に固定された。


 痩せ細っていても、その美貌にはいささかの衰えもない。

 思わず胸がドキリと高鳴った。


「あ、あの……どちら様でしょうか?」


「……マルトと申します、エレオノーラ様」


「あ、ありがとう、ございます……」


 長年寄生され弱っていた身体に手術をするのはかなり無理があったのだろう。

 彼女はお礼だけ言うと、そのままぐったりとした様子でベッドに倒れてしまった。


 後ろに居たシェリルさんとミラが慌てて様子を確認するが、倒れ込んでしまっただけだとわかりホッと胸をなで下ろす。


「マルト様……本当にありがとうございます」


「私からも礼を言わせてもらうわ……本当にありがとう」


「いえ、自分にできることをしただけですので……でも二人とも、まだ終わりじゃないです」


 俺はこちらに物凄い勢いでやってくる存在を感知していた。

 しかもその存在はなんていうか……物凄く邪悪さを感じる。


 生理的に受け付けない。

 存在として根本的に相容れないのだと本能で理解できてしまう。


 俺は静止の声を振り切りアイテムボックスから鉄球を取り出した。

 そして手加減せずに、思い切りぶん投げる。


 投擲術による補正のかかった鉄球を更に風魔法で加速させることで、その球体は高速でジャイロ回転をさせながら飛んでいった。


「な、何を――」


 バゴオオオオオンッ!!


 蹴破られる鉄製の扉。

 吹っ飛ぶ木片と衛兵達。

 そして俺が放った鉄球は――謎のローブの男に受け止められていた。


「女神の使徒かっ! この唾棄すべき邪悪がっ!」


「その言葉、そっくり返すよ――邪神の使徒」

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