第18話


「十五、十六、十七……おう、中身の確認も終わったぜ。いつもありがとよ、坊主!」


「はい、よければまたよろしくお願いします!」


「これ、余り物だけど良ければ持っていけや」


「ありがとうございます!」


 俺は依頼達成のために必要な割り符をもらい、倉庫を後にする。


 別れ際に渡されたのは葉っぱに巻かれた何かだった。

 開いてみると中身は麦と雑穀を混ぜ合わせて、片栗粉のようなもので固めて揚げた揚げ物だった。

 えっと、名前はなんて言ったっけ……


「うん、揚げパンみたいで美味しいな」


 もらった食事を頬張りながら、ギルドへスキップしながら歩いていく。

 俺はジェンの街での生活に、自分でも意外に思うほどに順応していた――。







 冒険者が語る駆け出しの頃のエピソードというのは、なかなか辛いものが多い。


 冒険者というのはランクが上がる度に、倍々ゲームで収入と危険度が上がっていく職業だ。


 そのため命の危険がないFランクやあっても少ないEランクの報酬は、基本的には雀の涙。


 おまけに低ランクの冒険者の数は多いため、基本的には割の良い依頼を皆で奪い合う。


 良い依頼を取れなければ、切り詰めてギリギリ食っていけるかどうか……というきわどい極貧生活を送らなければいけないらしい。


 ミラやエイラなんかも、最初のうちは歯を食いしばって耐えていたらしい。

 男女関係なく雑魚寝をする安宿でネズミやゴキブリと格闘しながら寝ていたらしいからな……。


 ただ俺の場合、そういった事情はあまり関係がなかった。


 ――早々に時空魔法が使えることがバレてしまったため、ひっきりなしに荷物運びの依頼が来るようになったからな!


 オークの素材を出す時に使わざるを得なかったからね……広まったのはあっという間でしたよ、ええ。


 ちなみにマジックバッグの方は、完全に死蔵状態だ。

 何せこれは今の技術じゃ再現不可能で、時空魔法使いよりマジックバッグの方が稀少度も高いらしいから。

 試しに値段を聞いて、目玉が飛び出たよ。


 話を時空魔法に戻そう。

 俺が想像しているよりも時空魔法の使い手の数は少なかった。

 正確に言うと一応いるにはいるらしいのだが……時空魔法の使い手というのは大抵の場合好待遇で貴族や商家などに雇われてしまっている。


 なので俺のような野良の時空魔法使い(しかもFランク冒険者)なんて人材はどこにもいなかったというわけだ。


 更に言うと時空魔法のレベルも練度も上がっているため、容量も順調に大きくなっている(現在は五十坪くらいの屋敷がまるっと一軒入ってしまう)。


 これだけの積載量を自在に動かせるとなれば、資材の運搬や倉庫間の行き来、街同士での物資の行き来など、できることも非常に多岐に渡ってくる。


 おかげで俺は毎日大忙し。

 ただそのおかげで、兄さんからもらったお金には手をつけることなく日々生活をすることができている。


 額としてもそう悪くないし、ぶっちゃけFランクじゃあり得ないほどの稼ぎをもらえている。


 達成した依頼の数も増えてきているし、順風満帆だ。


 この調子でいけばEランクもそう遠くない。

 そんな風にるんるん気分だった俺を待っていたのは――冒険者ギルドのギルドマスター直々の呼び出しだった。









 あまり入ったことのない、受付の奥にある職員用のスペースへ入っていくと、目の前に前科千犯くらいしてそうな強面のおじさんが現れた。

 どうやら彼がギルドマスターらしい。


「お前がマルトか?」


「は、はい……」


「俺はアーチだ、よろしく頼む」


 アーチさんは片目が眼帯で塞がれており、頭はスキンヘッド。

 一線を引いているとは思えないような物凄い筋肉量があり、よく見ると耳がひしゃげて潰れていた。


 手を出されたので応じて握手をすると、万力のような力で握りしめられる。

 う、腕がもげちゃうっ!


「ヒール」


 握手を終えてから急いでヒールを使って痛みを消すと、感心したように頷かれる。


「その年で時空魔法だけじゃなく光魔法まで使いこなすか……本当に多彩だな」


「ありがとうございます。それで……本題に移っていただけるとありがたいのですが」


「話が早くて助かるよ。お前のその時空魔法の腕を見込んで、指名依頼を受けてほしくてな」


「指名依頼……ですか? でもまだ自分はFランクですけど……」


 指名依頼というのは、ある程度実力が高い冒険者に名指しで受けてもらう依頼のことだ。


 本人の専門的な技術や知識を必要とすることが多いため、報酬やギルド側の貢献度も上がることが多い……だったっけ。


「別にFランクだから受けられないわけじゃないんだ。流れの騎士なんかは、低ランクで護衛の指名依頼を受けることもよくあることだ」


「なるほど……指名依頼の内容は、荷物の運搬ですか?」


「荷物といえば荷物だな。マルトに頼みたいのは兵糧の運搬だ、可能な限り大量に食料を運んでほしいんだ」


 兵糧、という言い方をするのは穏やかではない。

 王国では隣国と小競り合いをしているという話は聞くけど……近々戦争でも起きるのだろうか?


「実は西の森の奥にオークの上位種がいるという情報が入ってな。その討伐のための冒険者選抜チームの飯を運んでほしいんだよ」


 なるほど、戦争は戦争でも魔物相手の戦いなのか。


 詳しく話を聞いてみると、どうやら発端は『左傾の天秤』によるオークの目撃情報から始まったらしい。


 本来なら森から出てこないはずのオークが、近場の平原や街道に出没するようになった。


 異常を感知したギルドが偵察の得意な斥候や盗賊のスキル持ちに確認させたところ、どうやら森の奥にかなり大量のオークがいるらしいということがわかったのだとか。


「それだけのオークを統率できるとなるとオークソルジャーの線は薄い。恐らくオークソルジャーだけじゃなく、オークジェネラルもいるはずだ」


 オークはDランクの魔物であり、その上位種であるオークソルジャーはCランク。更にオークジェネラルとなるとBランク相当の実力があるという。


 それらが大量のオークを率いているとなると……その脅威度はAランクにも匹敵する。


 なので今のジェンの冒険者達が総力を挙げて討伐に向かうらしい。


 冒険者達にも持ち寄ってもらうが、場合によっては長丁場になる。

 そう考えた上でプジョル辺境伯から倉庫から解放したジェンの麦の運搬をお願いしたいということだった。


 なかなかに責任重大な任務だ。

 ぽっとでのFランクに任せていい依頼じゃないと思う。


 けどこれはチャンスでもある。

 まともな魔物の討伐依頼が受けられない俺が、強力な魔物達と遭遇できる機会はほとんどない。

 運搬役とはいえ、戦うチャンスは訪れるはずだ。

 そう思えば俺の答えは決まっていた。


「やらせてください」


「よし来た、頼んだぜ。時空魔法持ちの冒険者が少なくてよ……正直めっちゃ助かるわ」


 こうして俺はオークジェネラル討伐隊の運搬役として、冒険者達に同行させてもらうことになるのだった――。

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