第12話
「ふぅ……」
剣を正眼に構えて相対するは、俺の魔法の師であり、同時にメイドでもあるフェリス。
彼女はスカートの内側に仕込んでいる黒い短剣を抜き取り、両手に構えた。
「シッ!」
全速前進すると同時、フェリスの右手が揺れる。
手首のスナップによって投擲されたナイフは、通常ではあり得ない速度と軌道で俺の右脇腹を狙って襲いかかってくる。
(投擲術による速度補正と、風魔法による投擲武器の加速……大丈夫、これならまだ捌ける)
俺は正眼に剣を構えたまま、わずかに速度を緩める。
そして足は止めずに、迫ってくるナイフの方へ目を向けた。
そのまま無詠唱で水の壁を作り出し、俺とナイフの間に即席の壁を作り上げる。
水の中にダイブしたナイフは、その勢いを殺されながらも直進し貫通する。
けれど逆側から出てきた時には、既にその場所に俺はいない。
各種付与魔法をつけている俺の速度もまた、常人から逸脱している領域にある。
迫ってくる俺を見ても、フェリスは顔色を変えずそのままパチリと指を鳴らした。
「ウィンドガトリング、もいっちょウィンドガトリング」
彼女が発動させたのは、多数の風の弾丸を放ち続ける面の攻撃。
おまけにそれを二つ、十字砲火(クロスファイア)の要領で放ってくる。
軽く息を吸い、止める。
気合いを入れ、魔法を発動させた。
土の壁を生み出しながら前に進む。
当然ながら弾丸の前ではすぐに壁は壊れ、穴が空いてしまう。
けれど穴が空けばまたすぐに新たな壁を生み出していく。
進むスピードは遅くなったものの、激しい攻撃に晒されても傷一つ負うことはない。
無詠唱魔法の強みは、この展開力と発動までの圧倒的な速さにある。
詠唱をする必要もなければ、魔法名を唱える必要もない。
即時発動を狙うなら魔法は己の魔力量に飽かせたシンプルなもの限られてしまうが、それでも相手より手数を増やせる強みは大きい。
俺はフェリスの邪魔をするためにファイアボールを無詠唱で発動させ、彼女へ向ける。
少し多めに魔力を込めたおかげで、一撃の威力は高い。
フェリスは右手側の魔法の攻撃方向を変え、火球を迎撃。
その分攻撃密度が薄くなった。
これなら――力押しで通れるッ!
「隙ありッ!」
「まだまだですね!」
十分に近付いてから一撃を叩き込んだが、見事にフェリスに受けきられてしまう。
彼女の短剣はその刀身をゆらめかせながら、奇妙な光を放っている。
一撃、二撃、三撃。勢いをつけて攻撃を叩きつけるが、見事に受けられる。
フェリスが使っているのは短剣だが、彼女は風魔法を使うことでその刀身を延長させている。
なので得物による有利不利の差はない。
しかし俺と彼女では、振ってきた剣の数が違う。
俺の一撃は彼女のメイド服をわずかに裂くだけに留まっているが、フェリスの風の刀身は着実に俺に失血を強いていた。
ただ、元が短剣である分、相手の一撃は軽くなる。
致命傷だけは食らわないよう弱点への攻撃は避けながら、剣と並行して魔法を練り上げていく。
無詠唱で発動させるは水の槍。
「甘いですッ! こっちも工夫がお粗末!」
俺の本命は水の槍と少し離れた位置から放った風の槍だったのだが、工夫は見透かされどちらもさらりと避けられてしまう。
二連続の回避で体勢を崩したところを狙ってみたが、それすらブラフでこちらを誘い込むための罠だった。
気付けば防戦一方になり、傷が増えていく。
「ウィンドブースト」
フェリスが風を纏い、更に速度が上がっていく。
付与魔法の方が強化効率は高いはずなんだが、熟練度の差が俺とフェリスの速度の差を更に大きくしてしまう。
気付けばフェリスの斬撃は目にも止まらぬ早さに加速しており、無詠唱で発動させる回復魔法をフェリスがつける傷の数が上回るようになった。
こうなったらジリ貧だ。
俺は無詠唱で風を思い切り叩きつけ、距離を置いてから精神を集中させる。
少しの余裕があれば、無詠唱でも全ての魔法は行使できる。
俺は今放つことができる最大火力の魔法である上級風魔法、グリムテンペストを発動させた。
暴風が渦を巻き、フェリスへ襲いかかる。
渦に巻かれてフェリスの姿が消える。
「ウィンドテンペスト」
フェリスの声が聞こえると同時、竜巻が消え、首筋にピタリと剣が当てられる。
「降参しますか?」
こんな状況で降参しないはずもないので、素直に白旗を上げる。
ため息を吐きながら回復魔法で傷を癒やし、フェリスにできている傷も治す。
最後に時空魔法を使って破れた衣類を修復してから、どかっと地面に座り込んだ。
「はぁ……結局最後まで一度も勝てなかったか……」
「でもどんどん強くなっていますよ。このままではそう遠くないうちに抜かれてしまうかもしれません」
そう言って笑うフェリスには、まだまだ余裕がありそうだった。
背中くらいは見えると思ってたんだけど、どうやら戦いの道はまだまだ先が長いらしい。
レベル差の問題はあるだろうけど、この七年間でスキル構成に関しては恐らくこの王国でも一、二を争うくらいに充実できたという自負がある。
それでも結局、一度もフェリスに本気を出させることはできなかった。
「冒険者としてやっていけるか、なんだか不安になってきたよ」
「何も不安になる必要はないと思いますが……マルト様は十分、人外の領域に片足を突っ込んでますので」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん褒めてますよ、なぜなら私もそちら側なので」
「――本当に褒めてたんだ!? それならもうちょっと褒め言葉選んでよ!」
今日は俺の十二歳の誕生日――つまりは独り立ちするために家を出る、旅立ちの日だ。
最後くらい一矢報いてやろうと思ったんだけどなぁ……。
俺が悔しがっていると、フェリスは笑いながらごそごそと何かを取り出した。
「これは……?」
そこにあるのは、一本の剣だった。
長さは短すぎず長すぎず、俺が今使っている直剣くらい。
刀身は薄く虹色に光っており、魔力感知を使ってみるととんでもない魔力量があることがわかった。
「冒険者だった頃に、あなたの母――レヴィが使っていた剣です」
「母さんが……」
受け取ってみると、ずしりと重い。
今の俺の腕力だと、付与魔法を使わなければ十全に振り回すことはできないかもしれない。
「それと……これを」
「これは……マジックバッグ?」
アイテムボックスを付与した、本来より大量の物を入れることのできる魔道具だ。
現代の技術では再現が難しいらしいが……聞いていると中の要領はかなり多いらしい。
となると十中八九、古代文明のアーティファクトだろう。
とんでもなく高価な代物だ。
「中にはレヴィが冒険者の頃に使っていたアイテムが入っています。大事に使ってくださいね?」
「それはもちろん! でも……本当にいいの? こんな貴重な物……」
「この子達も、埃を被っているより使われた方が嬉しいでしょうから」
「そっか……それならありがたくもらっておくよ」
こうして餞別ももらい、俺は身支度を調えてから屋敷のドアを開く。
外へ出ると、俺を待ち受けていたらしい父さんとエドワード兄さんの姿があった。
「これ、最初は何かと入り用だと思うから」
エドワード兄さんが渡してくれたのは、金貨の詰まった袋だった。
手の感触からすると、かなりの額が入っているようだ。
「僕からはこれだ。何か困ったことが起きたらこれを使って解決するといい。ただ大切なものだから、決してなくしたりしないようにね」
父さんが渡してくれたのは、うちのリッカー家の家紋であるペンと剣の交差する紋章の彫り込まれたプレートだった。
これはリッカー家縁の者であることを示すものらしい。
こんな大切なものを……たしかにこれを出せば、面倒なゴタゴタも解決できるに違いない。
「マルト様……ご武運を。マルト様であれば超えられない困難はないと、このフェリス信じております」
「うん、フェリスもありがとう。――それじゃあ、行ってきます!」
今日のために父さんがチャーターしてくれた馬車に乗って、出発する。
こうして俺は、リッカー家を後にすることになった。
向かうは強力な魔物が跋扈するという王国辺境の地――ジェン。
俺はまだまだ強くなる。
そしていつか……こうやって笑顔で送り出してくれる皆に、恩返しをしてみせる。
「……ぐすっ」
気付けば瞳からは涙が溢れていた。
けれども気にせず、馬車から身を乗り出しながら、屋敷が見えなくなるまで手を振り続けるのだった――。
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