第6話


 五歳になったからといって、別に何が変わるわけでもない。

 俺の毎日は日々鍛錬の繰り返しだ。


「ん……もう二時間経ったか」


 夜になってから目を覚ますと、まだまだめっちゃ夜。

 こんな光景にももうずいぶんと慣れてきた。


 鑑定の練習がてら、もう一度俺のスキルを確認してみよう。




「鑑定」




マルト・フォン・リッカー


火魔法 レベル4

水魔法 レベル3

風魔法 レベル7

土魔法 レベル2

光魔法 レベル6

付与魔法 レベル5

時空魔法 レベル6

物質魔法 レベル4

魔力回復 レベル5

魔力量増大 レベル2

鑑定 レベル6

タフネス レベル6

体力増大 レベル4

肉体強化 レベル3

精神力増大 レベル4

気絶耐性 レベル4

睡眠耐性 レベル4



 うーん、我ながら五歳児とは思えないステータスをしている。


 これほどまでに大量のスキルを手に入れることができているのは、当然女神様からもらった祝福である『スキルポット』のおかげだ。


 現在の俺はタフネス、体力増大、気絶耐性、睡眠耐性という体力と睡眠に関するスキルを四つ持っている。


 これによって本来であれば八時間前後の間死んだように眠ってしまう魔力切れからなる魔力の高速回復の時間を、現在はおよそ二時間ほどにまで短縮することができるようになっていた。


 気絶して魔力を使い切り、また気絶して魔力を使い切り……ということを睡眠時間を短縮して行うことで何度も何度も眠り、その度に魔力を回復させる。


 そのおかげで俺は、普通の人の何倍もの速度で魔力を使うことができるようになっていた。

 それによる恩恵が、この各種スキルのレベルの高さだ。


 光魔法と付与魔法と時空魔法はマジでめちゃくちゃレベルが上がりにくいが、なんとかここまで上げることができた。

 直近の一年間は、この三つの魔法のレベル上げに費やしたといっても過言ではない。


 ……え?

 それなら魔法のスキルレベルを上げるより、別の強力なスキルを手に入れた方がいいだろって?


 たしかにそこは悩んだんだが……俺は新たなスキルの取得よりも、今あるスキルをきちんと伸ばすことを優先した方がいいかなって思ったんだよね。


 魔法を使いこなせるようになるのは最低限。

 ゆくゆくは邪神の使徒を倒せるくらいに強くならなくちゃいけないんだ。

 ……しっかし、邪神かぁ。


 そんなことを思いながら魔力を使い切ったからだろうか。

 俺は気絶している間に、死語の世界で女神様と対話したあの真っ白な空間での出来事を夢に見るのだった……。







 女神様は、本当に女神様だった。

 彼女は誇張抜きに美の化身で、俺のちんけな語彙力では上手く表現することができないくらいに美しさの権化だったのだ。


 美の神アフロディーテを彷彿とさせるような恐ろしいほどに整った目鼻立ち、吸い込まれそうな唇……そしてその恐ろしいほどに完璧で、左右対称な顔のパーツの配置。


 ただ不思議なことに、これほどの美人を前にしても獣欲が一切湧いてこない。

 トーガの下からちらちらと見えている肢体を見ても、まったく欲情しなかったのだ。


 差している後光とかその神聖なオーラのなせる技なのだろう。

 つまり女神様は、本当に女神様なのである(二回目)。


「――と、まぁうちの世界に関してはこんな感じね。何か質問はあるかしら?」


 転生に関する説明を一通りされた後は、質疑応答タイムに移った。


「ええっと……」


「遠慮する必要はないわ。日本人が信仰心に篤くないことは、しっかり理解しているつもりだから」


 妙にものわかりのいい女神様に甘えさせてもらい、気になっていくことをいくつか尋ねていくことにする。


「邪神というのは、女神様と対を成して、魔物や悪人なんかに力を与える邪悪な神様という認識で間違いないでしょうか?」


「おおむねその認識で合ってるわ。追加しておくと私が自分の信徒に対して祝福を与えることができるように、邪神は自分の信徒に対して対価と引き換えに契約を結ぶことができたりもするわね」


「邪神の使徒が契約によって得られる力は、祝福と同程度のものと考えていいでしょうか?」


「純粋な力としては、祝福よりも強くなることが多いわね。邪神が行うのは力の授与ではなく契約なの。邪神の信徒は己の寿命や精神、スキルなどを供物として捧げることで邪神の力をそのまま使うことができるようになるの」


 祝福は基本的には即座に強くなるようなものではなく、あくまで成長を促進するものに過ぎない。

 対して邪神の契約は代償と引き換えに即座に強力な力の行使を可能とする。


 その説明を聞き、俺は頭を抱えてしまった。


「えっと……それって結構な無理ゲーなのでは……?」


 女神側陣営の圧倒的に不利さに思わず呟いてしまう。

 だってそうだろ?


 女神陣営は力を得てもすぐには強くなれないのに、代償込みとは言え邪神陣営は即座に強力な力を行使できるようになる。

 邪神に使徒を大量に作られるとどう考えても詰みだと思うんだけど……。


「その辺りは神々の権能というか得意分野の問題でね……簡単に言うと私は成長を促進させるのが得意で、邪神エルボスは即物的な力を与えるのが得意なのよ」


「なるほど……」


 女神様の祝福は大器晩成型で、邪神の契約は早熟型という話らしい。

 いきなり力を与えられてもつまらないので、俺としては女神陣営に拾われてラッキーだったな。

 寿命や精神性を捧げるなんてまっぴらごめんだし。


 その後も質問を続けていくと、大体この世界の仕組みが見えてきた。


 この世界においては、神は決して万能の存在ではない。

 そのため女神様と邪神という二柱の神達は、自分達の陣営を有利にすることができるよう、人に干渉できるリソースを奪い合うために争っている。


 イメージとしては、女神の使徒が白、邪神の使徒が黒でリバーシをしているような感覚に近いかもしれない。


 女神の使徒が邪神の使徒を倒すことができた場合、くるりと石をひっくり返し今まで邪神が使っていたリソースを女神様が使えるようになる。


 そんな風にお互い駒を配置して、相手に負けないように戦っているわけだ。


 ちなみにうちの女神様は現在、かなりの劣勢に立たされているらしい。

 俺が頑張らないと、女神様陣営は窮地に陥ってしまうかもしれない。


「ちなみにリソースがどちらか片方に完全に固まった場合はどうなるんですか?」


「その神が世界を征服できるようになるわ。私の使徒が全滅したら、この世界は邪神のものになるわね」


「めちゃくちゃ責任重大じゃないですか!?」


 邪神が世界を征服すると、この世界は悪人と魔物が我が物顔で闊歩するリアル世紀末ワールドになってしまうらしい。


「ただ、そこまで思い悩む必要はないわ。貴方以外にも使徒も信徒もいるし、せっかくだからこの世界を楽しみながら、無理のない範囲で邪神の使徒を倒してほしいかな」











「無理のない範囲で邪神の使徒を倒す、とは……?」


 二時間の気絶タイムを終えながら、ぐりんぐりんと腕を回す。


 どうやら女神様自身俺に異世界を楽しんでもらいたいという話だったから、まあ無理のない範囲で強くなっていけたらと思う。

 戦闘経験を積むのは今は難しいから、とりあえず魔法の訓練を頑張らなくっちゃな。


 それに俺がこの世界で戦わなくちゃいけないのは、何も邪神の使徒に限らない。


 何せこの異世界には魔物と呼ばれる魔力を使う化け物達がいたりするらしいし(まだ見たことはないけど)。


「とりあえず、今は光魔法を使うか……ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール、ハイヒール……」


 俺は魔力が切れるまでハイヒールを使い続け、目が覚めたらまた気絶するまで光魔法を使うというワンセットを朝が来るまで続けるのだった。


 二年もやってればもう慣れたもんだけど……よくよく考えると、修行僧みたいなストイックな生活してない、俺?


 これって異世界を楽しんでるって言えるのだろうか……少し悲しい気分になりながらも、俺は無事気絶して朝を迎えるのだった。





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