第5話


 五歳になった俺は誕生日の翌日、とある人物を裏庭に呼び出していた。


「おいチビマルト、俺を呼び出すとは……覚悟はできてるんだろうなっ!!」


 そこにいるのは、不摂生な食生活のせいで二年前よりも更に横に膨れたブルスだった。

 顔はにきびだらけだ。なんだか全体的に脂でべたついていて、髪もテカテカしている。


「うるさいぞブルス」


「実の兄に向かって、なんだぁその口の利き方は? こりゃあ、お仕置きが必要みたいだなぁっ!」


 そう言うとブルスはにやつきながら、右手で握った木刀の感触を確かめ始めた。

 逆の手でパシパシと剣を掴みながら、こちらを見下ろしてくる。


 ――あれからも、ブルスの俺への暴力はエスカレートし続けていた。


 体力増大やタフネスなんかのスキルを取りまくったおかげで大したダメージを受けることはなくなったんだが、それが良くなかったらしい。


 俺に効いていないとわかったあの豚はとうとう得物を使うようになり、最近では躊躇なく木刀で殴打してくるようになっている。


 いくらこっちが無抵抗だからって限度がある。

 ダメージ的には問題なくても、普通に痛みは感じるんだぞ。


「げひひっ、お前をボコボコにしてフェリスを俺のメイドにしてやる。たあっぷりかわいがってやるから安心し――なっ!」


 ブルスがいつものように、木刀を構えてこちらに駆けてくる。

 騎士から稽古をつけてもらっているだけのことはあり、その剣速はそこそこ早い。

 ……十三歳にしては、だけど。


 俺はブルスの攻撃をひらりと避ける。


「……なにっ!?」


 初めて自分の攻撃を避けられ、ブルスが驚いている。

 なんだ、避けられるとは思ってなかったって顔してるじゃないか。


 打っていいのは、打たれる覚悟のあるやつだけだ。

 散々俺のことをいたぶってきたんだ。

 当然……やられる覚悟は、できてるんだろうな?


 俺はブルスの切り上げを避けながら距離を取り、魔法を発動させた。


「エアインパクトッ!」


「ぐわあああああああっっ!?」


 風の衝撃波を生み出す魔法を食らい、ブルスが吹っ飛んでいく。

 身体が丸いからか、ごろごろとボールのように転がっていった。


 ――そう、俺は五歳の誕生日でようやく、フェリスからスキルと魔法を使う許可が下りた。

 結構頑張ったんだが……二年もかかってしまった。


 二年分の鬱憤、晴らさせてもらうぞっ!


「身体強化(フィジカルブースト)」


 既に俺はいくつもの四属性外の魔法――系統外魔法を習得している。

 そのうちの一つ、付与魔法の身体強化をかけ、己の身体を強化しながら倒れるブルスの下へ駆けていく。


 いくつもの強化系スキルを取得している俺の身体能力は、既にブルスなんぞよりはるかに高い。

 そこに更にバフを乗せれば――


「あがっ!?」


 血の混じった唾を吐き出しながらブルスが吹っ飛んでいく。


 ……おっとっと、いけないいけない。

 この二年間の思い出が脳裏をよぎったせいで、つい手加減を忘れてしまった。


「ハイヒール」


 光魔法を使い、ブルスの怪我を治していく。


 そのまま胸ぐらを掴み、思い切り殴ってやる。

 強い衝撃を受けたからか、奥歯がぽろりと落ちる。


 安心しな、どれだけやっても最後は光魔法で治してやるとも。


「ゆ、ゆるひて……ゆるひてください……」


「俺がそう言っても許さなかったくせに」


 ブルスを思い切りぶん投げ、ファイアボールを発動。

 的が大きいから狙いやすいや。

 ジュッと嫌な音と匂いを発しながら、火球はブルスに命中した。


「あ、あばばばば……」


 とうとう言葉を発することができなくなったブルスは、そのまま気絶してしまった。


 ……なんだ、まだまだこれからのつもりだったのに。

 俺のことは何十分も殴ってきたくせに、痛めつけがいのないやつだ。


 ……とりあえず、これで今までのことは水に流してやることにしよう。

 これだけ痛めつけてやれば、もう二度と俺に逆らおうという気持ちも起きないだろうし。


 しっかりと光魔法で怪我を治してから、時空魔法を使って焦げて穴あきになってしまっている服を元の状態に戻してやる。


 最後に白目を剥いて気絶しているブルスの姿を脳内メモリに焼き付けて、くるりと後ろを振り返る。


 するとそこには、一部始終を見ていたらしいフェリスの姿があった。


「お見事です、マルト様」


「戦いのあとは……いつも虚しい……」


 俺はハードボイルドを気取りながら、この二年間の成果を改めて確認することにした。


「鑑定」




マルト・フォン・リッカー


火魔法 レベル4

水魔法 レベル3

風魔法 レベル7

土魔法 レベル2

光魔法 レベル8

付与魔法 レベル5

時空魔法 レベル6

物質魔法 レベル4

魔力回復 レベル5

魔力量増大 レベル2

鑑定 レベル6

タフネス レベル6

体力増大 レベル4

肉体強化 レベル3

精神力増大 レベル4

気絶耐性 レベル4

睡眠耐性 レベル4



「うむ」


 頑張ってきたんだから、これくらいになってなくちゃ困る。

 自分で言うのもなんだが、この二年間、夜は魔力切れになって気絶してはすぐに目を覚まして、気絶しては目を覚ましてという廃人プレイを続けてたからな……。


 あれ以降、ぐっすり八時間眠ったことは一度としてない。

 体力と精神力をスキルで強化しておかなければ、メンタルがブレイクして途中で挫折してしまっていたことだろう。


 ただ頑張った甲斐あって、今の俺の魔力量は着実に伸び続けている。

 今はもう、魔力ところてんを50本以上出すこともできるしな(ちなみにあの魔力ところてんは物質魔法という謎魔法としてカウントされている)。


 魔力量に余裕ができたおかげで、付与魔法や時空魔法なんかもゲットすることができた。


 あ、そういえばスキルを取っていくうちにわかったんだけど、スキルポットに入れなくちゃいけない魔力量はスキルごとに違っていた。


 この二つの系統外魔法は、タフネスの十倍以上の魔力を使わなくちゃ取れなかったのだ。

 多分だけど、スキルとしてのレア度とかによって変わってくるんだろうな。



「しかし、これでもフェリスにはまだまだ届かないというね……」


「そりゃあ、積み上げてきた年月が違いますからね」


「あれ、フェリスの年齢って……」


「あれぇ、何か不穏な単語が聞こえた気がするなぁ?」


 一瞬にしてフェリスの姿が消える。

 肉体強化のスキルを使い五感を研ぎ澄ませると、ふわりと風がやってきた。

 けれど、時既に遅し。


 気付いた時には既にアイアンクローで顔を掴まれ、持ち上げられてしまっていた。


 足をバタバタさせてなんとか拘束から逃れようとするが、万力のような力強さのせいで顔へのダメージが増えるだけという悲しい現実が俺を襲う。


「痛たたたたっ!? じょ、冗談だって!」


「冗談で済ませていいことと悪いことがあるのでは?」


「ご、ごめんなさい、俺が悪かった!」


 この二年間、俺は魔力増大やスキル獲得と並行して魔法の特訓も続けてきた(魔法のスキルレベルが上がってるのがその証拠だ)。


 けれど今の俺の実力は、正直フェリスの足下にも及んでいない。


 ちなみに隠蔽系のスキルを持っているからか、彼女には鑑定を使っても弾かれてしまう。

 更に言えば素の身体能力もめちゃくちゃ高いし、魔法の腕に関しては言わずもがなだ。


 フェリスはなんでこんな男爵家でくすぶっているんだろうと不思議に思えるような逸材だ。 こんな人を師に持てた俺は、めちゃくちゃ運がいいんだと思う。


「さて、それなら魔法の修行をしますよマルト様」


「――うん、そうだね」


 今の俺に、立ち止まってる暇はない。

 だって俺には……女神様から授かった使命があるから。




『だからあなたには――邪神の使徒と戦ってほしいの』


 この世界で女神様と権力を二分しているという邪神。

 その悪しき神は使徒を使い、女神の信徒である人間達を滅ぼそうとしているのだという。


 そんな悪い奴ら相手に俺の力がどこまで通用するかはわからない。

 けどせっかく第二の人生と、これだけ強い祝福をもらったんだ。

 やれるところまでやってみようと思う。





「ほらマルト様、置いていきますよ」


「――わっ!? ちょっと待って、今行くから!」


 先に歩き出していたフェリスに追いつくため、走り出す。

 俺の異世界転生は、まだ始まったばかり――。

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