第7話「旅一行2 ⑤」
~2日目(夜)~
ヒノビが血生臭さの漂う劣悪な環境下で小休憩をしたのち、腕や足が動くことを確認してからエリス達の下に出発したのが日の入り前。疲れ切った体にこれ以上の無理をしないように彼彼女らと合流する。
折れた大木のある小高い丘の上に到着すると、三人がそれぞれの態勢をとって眠っていた。
その様子は、少し前まで命を脅かす死闘を行っているような険しい表情ではなく、外で友達たちと沢山遊んだ後に眠るような子供らしい寝顔だった。食べたいときに食べ、眠りたいときに眠り、遊びたいときに遊ぶ。子供とは実に純粋な生き物だ。
ヒノビは愛おしさを胸の奥へしまいこみ、夜に備えて薪を集めに登った丘をゆっくりと降りていく。
大激戦だった怪物との勝負を終え、すっかり元気をなくしていたかと思えば、エリス達の可愛らしい寝顔で枯れた元気を補給した。
薪を集めるにしても森の中を歩き回らなければならず、それなりに気力のいる作業。無気力の状態では、どうも重りが足にまとわりついているようだった。
子供たちを後ろ手に丘を下り、怪物がヒノビを追っている最中に形成された折れ株だらけの開けた森。うっそうとした森の中、湿気った空気と陰湿な気が直線的に切り開かれた道から抜け出している。
その空気を縫うようにして移動し、火おこしに使えそうな枝とよく燃えそうな木材を探す。
幸いと言っていいのかわからないが、脅威的な存在が通った道だからか、動物の姿が一切見当たらない。極力戦闘は避けたかった彼女にとっては体力を回復できるいい機会になった。
そして何より、月明かりが地面を照らせるようになってくれたおかげで夜でもかなり夜目が効く。昼間の光のほとんど入らない森の中を獲物探ししているときよりも今の方が圧倒的に探しやすい。
いくつかの枝を抱え、来た道を小走りで戻る。
辺りはすっかり暗くなり、だんだんと気温も下がり始めた。それにこの辺りの森にはオオカミやクマと言った獣が跋扈しているため、子供たちあまり目を離さないようにしなければ―――
とは思いつつ、怪物との戦いのときはどうしようもなかった。ほかに彼彼女らの安全を確保する方法が思いつかなかったから。だが今は違う。あの戦いも終わり、しっかり子供たちに目を向けることができる。
ここまでの道中でも様々な話をしてきたが、彼らは本当に無垢な子供と表現するにふさわしい。とても純粋で、夢に溢れ、将来に希望を抱いている。
その真っ白な存在を無事に隣町へと届けなければ……
それがヒノビの使命であり目的でもある。
丘の上に戻る途中、エリス達のいた場所で仄かな明かりをヒノビは見た。
それは不可解なことだった。寝ていた彼らが起きたのちに薪を集めに行き戻って火おこしをして暖をとっているということになる。ヒノビよりも幼い子供が、月明かりがあるとはいえ視界の悪い周辺や危険の多い森の中を散策するとは思えなかったからだ。
疑問を胸に抱きつつその丘を登りきると、そこには見知らぬ人が一人焚火の近くにどこからか持ってきた木の幹をイス代わりに腰かけていた。
「どちら様ですか?」
フードをかぶり、火の柔らかな光でできた影で顔を隠している。
不審な人物にヒノビは問いかけた。
すると、その言葉にヒノビの存在に気づいたようで、不審な人物は口元に笑みをうかべ「こんばんは。立ち話もなんですからこちらへどうぞ」と返答した。
その返答に増すばかりの懐疑心を隠すことなく、奇異な目でその人物を睨みながら案内された場所へ腰を下ろす。
子供たちはその人物の足元で焚かれている火の近くで横たわり、すやすやと寝息をたてている。
「まずは、『
ヒノビが腰を下ろすや否やその人物は軽快な口調で話し始めた。
「『
「えぇ、とはいっても、私たちが勝手に名付けた奴らの総称ですけどね」
謎の人物は小さく頬を掻きながら答えた。
「それはともかく、まずは自己紹介をさせてください」
パンと手をたたいて話題を打ち切り、先ほどと同様に軽快な口調で続ける。
「私は、ミィチと申します。あの
ミィチと名乗ったその人物は、頭に手を乗せて軽く笑った。
実に怪しい者この上ない人物のため、ヒノビはその軽快な態度に逆に緊張を解かずに常に身構えていた。
訝しんだ様子のヒノビの表情に、はっとしたように口を開けて、
「やっぱり怪しい者にしか見えませんよね。でもこのフードをとると厄介なことになるので、取ることは極力避けたいんですけど―――」
「じゃあ取らなくて大丈夫。もう面倒事は勘弁してほしいからね」
「そうですよね」
そう言ってまたミィチは軽快に笑った。
表情は口元のみで、中性的な声音をしており性別を判断することが難しい。加えて身長も控えめで160前半だろう。年齢で表すとするならばおそらく15.6だろうか。
両耳にドーナツ型の金のイヤリングをしており、爪はきれいに整えられている。外装はフードと何の装飾もない黒のズボンと革のブーツ。旅人や流浪人と言われれば納得できるような服装である。
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