第8話「旅一行2 ⑥」

「早速ですけれど、魔獣イブルノスをどうやって倒したのか聞かせてもらえませんか? 無駄足にはなりましたけど、今から夜も長いことですし、ぜひ聞かせてほしいんです」

 ミィチは軽く身を乗り出しながら口元だけに笑みを浮かべて嬉々とした印象を受ける声で誘ってきた。

 確かに日が沈んでからそれほど時間も経っておらず、眠っている子供たちも起きる様子はない。

 酷なほどの精神的な疲労を感じているであろうエリス達に一瞬だけ目線を配り、疑心を抱きながらもミィチへと目を向ける。

「いいですよ。でも、私は明らかに怪しい人を簡単に信用する性格をしていないので、私も質問しても?」

「えぇ、ぜひ。何だって話しますよ」

 どことなく道化らしい雰囲気を醸し出しているミィチにバツの悪い表情を浮かべながら、ヒノビはため息をつく。つかみどころのない―――目の前にいるのにもかかわらず触ることのできないような、感触の無い会話。

 気乗りしない重い口を開けて魔獣イブルノスと呼ばれている怪物との一幕を話し始めた。

「まずはそこに横たわっている大きな木を利用して怪物の視覚を奪った。次にヤツの口の中めがけて―――」

 淡々と事実だけを述べ、出来るだけ怪物との一幕であったこと以外の情報を伏せながら話した。また、『魔法』という特別な力を扱えることも伏せておく。

 ヒノビの身上がある程度知られてしまうのは仕方がないとしても、子供たちが参加していない会話で子供たちの事をぺらぺらとしゃべるわけにはいかない。

 旅をするにあたり、偶然会う人たちとの交流は醍醐味ではあるが、今回はそれと違って取引のような裏を探り合う交流だ。単なる時間つぶしとは違い、和気藹々とした陽気な空間とは明らかに違っている。

 そんな駆け引きじみた会話になりそうな場面で包み隠さず話せることの方が少ない、否、そんな場面はないだろう。

 情報は金で買うことができる。言い換えれば、自分の持っている記憶はすべてお金になるほど貴重なものである。この場で子供たちの情報を出すということは、子供たちの事を売ったも同義。

 また、ヒノビが『魔法』を扱えることが知られてしまえば、彼女の近くにいる子供たちも

 信用できる人物であるという保証がない限りは、表面上のモノで対応するべきだとヒノビは直感的に感じていた。これも野生の勘というやつの名残だろうか。

 半分ほど話が進み、ヒノビが一騎討の展開直前でミィチが待ったをかける。

「待った待った、一気に話さなくてもいいですよ。お怪我もひどそうですし、それにのターンがなかなか来ないじゃないですか」

「―――」

 一度だって自分の名前は話に出していないのになぜ私の名前を知っているの?というようなありきたりな質問が野暮なものに感じる。動揺はしていない。何となくわかっていたような、どこか納得している自分がいた。

 怪我に関してはこの身なりを見れば誰だって察しはつく。

「―――じゃあ次は私が聞いても?」

「ええ、結構話していただいたので、3つまで質問を受け付けましょう」

 気を取り直して、ヒノビは少し考えてから、

「あなたたちは何かの組織?」

「そうですね。主に魔獣イブルノスの討伐や調査などを目的として集まった人たちで構成されています。まぁ、研究者のようなものですね」

「そのフードを取るとどうなるの?」

「どうなるかはヒノビさん次第ですが、世間一般からすれば、この子供たちの背負っている『呪いの性』とでも形容しましょうか……それよりも幾分かマシな対応はされているものの、ほぼ同様の扱いや反応をされますね。団栗の背比べになってしまいますが、この子たちよりかはとして扱われていますから……」

 一体どういうことだろうか。ヒノビの頭の上にははてなが浮かんでいる。

 裕福な家の子供たちという第一印象から旅の道中で様々な発見をし、その印象に付随してエリス達を徐々に知り始めていた。

 元気で活発、探求心が強く、よくしゃべり、よく笑い、時に怒り合う。この年代ではごく一般とされているような場面を見てきている。

 道中で出会う商人との会話をはたから見ていても、一般的な子供と大人の会話。迫害や差別などの様子はなく、お互いとても楽しそうにしていた。

 ヒノビが見てきた彼彼女らの一面は、取り繕われた面であるとは到底思えない。というより、これだけの幼い子がそれほど過酷な環境で生きていたのなら、取り繕えるほどの余裕はないはずだ。

 そんな情報は先生からも聞いていない。しかし、嘘だと断定できるほどの材料をこちらは持ち合わせていない。かといって子供たちに直接聞くということは憚られる。

 疑問を疑問のまま残しておくことは気持ち悪い感覚だが、この場では一旦飲み込み、ミィチの正体を鮮明にすることに注力しよう。

「一人でどうやって怪物を倒そうとしていたの?」

 この森へ派遣されて来たと話していたミィチはあれほど強力な怪物を一体どのようにして倒す算段だったのか、炎狐族の血が流れているヒノビでさえあれだけ苦戦した相手にどうやって勝つというのだろうか。単純な疑問であった。

 その質問に「私一人では倒せませんよ」とミィチは笑いながら答えた。

「私たちの組織には”人”だけならかなりの数がいます。ですので、大抵は魔獣イブルノス一体の討伐について一旅団で挑みます。私はその『斥候』のリーダーです。他の班員たちと旅団全体は恐らく帰路についていることでしょう」

 ミィチの所属している旅団は、依頼を受けて現地に赴いてから情報を収集し始める。そのため斥候班の編成が旅団での重要な役割を担っており、その班からの情報をもとにして作戦が組まれる。

 あらかじめ魔獣の情報を調べないのは、主に目撃情報や噂といった信憑性に欠けるものばかりであり、相手の特徴を誤ったまま作戦を続行することになると簡単に旅団が壊滅する。特にミィチの旅団は情報収集に特化しているため、あまり戦闘向きの旅団ではない。

 今回の魔獣もいったいいつから斥候部隊が調査していたのかは定かになっていないが、少なくとも今日一日だけというわけがない。少なからず二週間、多くて一か月だろうか。

 ミィチの肩書に納得の表情を浮かべるヒノビ。彼女の名前をなぜ知っていたのかが判明したからである。

「斥候ならば、事の顛末をご存じでは?」

「おっと、4つ目の質問は受け付けませんよ。次はヒノビさんが話を進める番ですので」

 口元に笑みを浮かべながら、ヒノビの質問を軽く流した。

 はっとした表情でついつい口に出してしまったことに対して軽く謝罪をし、魔獣戦の続きを話し始める。

 ミィチは最期の一騎打ちの話をとても興味深そうに聞いていた。

 いくら情報収集とはいえ、戦ったデータはとても貴重。それに旅団レベルで討伐できるほどの相手を一人で打ち負かし、重傷を負いながらも静観しているのだ。今回の相手にどれだけの調査期間を割いたのかはわからないにしろ、視ているだけではわからない情報をヒノビは提供していた。

 また、一騎討で打ち勝つという異例の功績には流石のミィチも興奮を隠せないようで、鼻までかかっているフードが何度かヒラヒラと舞っている。

 興奮気味なミィチに若干引き気味なヒノビ。その様子を見ていると、ただ研究熱心な研究員という印象を受ける。最初の道化らしさはどこへ行ったのか。

 怪しげなフード付きの外套はこの辺り一帯の闇に溶け込むにはもってこいのモノ、斥候の役割を十二分に発揮できる装備である。そう考えれば、そこまで怪しい人ではないのかもしれない。

 わざわざなぜあの怪物を研究対象にしているのかはわからないが……

「―――ということがあって、現在に至るね」

「素晴らしいです!! 感動しました!! 魔獣に関わるようになってからは生存者ということ自体が珍しかったですし、戦って勝つなんてのはもってのほかです!! ぜひうちの組織に入りませんか??」

「いや、やめておきます」

 熱烈な勧誘を冷静に断り、小さくなった焚火に拾ってきた枝を投入れた。

「あっ、すみません。話に夢中で焚火のこと気すっかり忘れていました」

 ミィチは自身の座っている丸太の後ろから、薪を取り出すと火にくべた。

 メラメラと燃える炎は辺りを淡くやわらかな暖色でベールのように包み込み、冷ややかな月光と拮抗している。夜風は温まりすぎた前身を静かに撫でている。

 暖かな光に照らされている両者は共有している焚火に目を向け、口を開かない。足や手はもちろん髪の毛の一本たりとも動かさずにじっと見つめている。

 双方とも一切動かないまま少しの時が過ぎ、薪が起こす特徴的な水蒸気爆発の音でハッとしたように我に返る。

「まさかこんなにあっさり断られるとは思いませんでしたね。もう少し情状酌量の余地ってモノがあっても……」

「ない。私の今後は決めているから」

「そ、そうですかぁ」

「それで? あなたはいつ帰るんです?」

 ヒノビが体験した全ての事は話した(一部を除く)。次質問する番なのは彼女だった。

「そうですね。明け方にでも帰りましょうか。といっても、すぐに次の依頼の場所に行くんですけどね」

 残念と言わんばかりに肩を落とし、やれやれと言った風にジェスチャーをする。その割に口調は一切変わっておらず、自分のやるべきことを怠慢で終わらせないというミィチの性格が垣間見える。

 しかし明け方に帰るというのには少し疑問だ。なぜなら、ミィチの着ている服の色はこの夜こそ真価を発揮できるはず。昼間の隠密行動よりよっぽど雑に動いたって目立つことはない。

 だが、この疑問は聞くことなく頭の片隅へと追いやった。

「あなたたちは、敵? 味方?」

 突拍子もない質問だった。そして、その真意はヒノビにしかわからない。

 端的で今後の関係に大きく影響する質問に、少なからずミィチもうろたえてる。

 敵だと答えられれば今後の関係は望めないし、組織自体と対立することになる。かといって味方と答えればよいという問題でもなかった。

「答えにくい質問ですね。ですが、敵でないことは私が保証しましょう。今後はどうなるかわからないですけどね」

 やけにあっさりした回答にヒノビも少し困惑した。

 ミィチ本人が答えにくい質問だと明言しているのにもかかわらず、あっさりと敵ではないと言ったのだ。

 その言葉を鵜呑みにしていいのかはヒノビの判断に任せられてはいるものの、一概にはいそうですかと認めるのも危ない気がする。

 だが、ミィチが保証しているという点を加味して、少し信用できるのではないか。

「私たちはただただ魔獣の真相を知りたいだけ。それだけのために行動している身ですので、他人に害を与えるような行動はできるだけ慎んでいますよ。とはいっても、魔獣と戦闘になればそこら一帯はすこーしだけ荒れますがね」

 けらけらと笑うようにお腹を押さえ、出会った当初の軽快な口調で補足した。

「それで敵ではないと……まぁ、信用しましょう」

「おお、ようやくヒノビさんが私を信用してくれるようになったんですね」

 よっぽど信用されたことがうれしかったのか、立ち上がったミィチが無警戒にヒノビの手を握りに来た。

 されるがままに握られた手を乱暴に振られ、負っていた傷がその度合いを主張してくる。

「あ、すみません。ついうれしくて……これよかったら使ってください」

 そう言って渡されたのは、ガーゼと包帯。あくまで応急処置にしかならないが、今はそれがありがたかった。

「どうも」と一言お礼を言って受け取り、さっそく重症な腕と腹に巻き始める。

 巻き終わるころにはミィチも落ち着いたようで、焚火をいじっていた。

 奇妙なものだなと改めてヒノビは街から出発した道中を振り返る。

 まだ二日目だというのに、とんでもない体験を子供たちにさせてしまった。普通の子供たちなら泣きながら街に帰りたいと弱音を吐くような恐ろしい体験をしているのにもかかわらず、一度だってそういう言葉は聞いていない。

 先生の教え子ということ以前に子供たちの精神面がとても屈強だ。大人でさえ、命が脅かされるようなことがあれば逃げ出してしまうというのに。

 三日という短い期間かと思っていたにもかかわらず、今まで請け負った仕事の中でも屈指の濃度を誇っている。それに二日目の目標は森を抜けきることだったが、思わぬ伏兵に遭遇したことで大きく予定を変更せざるを得なくなった。

 子供たちの状態もわからないため、三人が目を覚ましてから予定を立て直すことにしよう。

 ヒノビは三人の子供たちを順番に見やり、柔らかな寝顔に安心感を覚える。

「どうですか? さっきよりかは楽になったのでは?」

「そうだね。多少と言ったところかと」

 外傷に関してはとても簡易的な応急処置ができたが、内傷に関してはどうにもならない。できれば冷やすための水や氷があればいいのだが、そんなものがあるわけない。自然治癒力に頼るほかなかった。

 一日でも早く『アンブルグ』に到着しなければ―――

「ヒノビさん。私が火の番をしておきますから一緒に寝たらどうですか? お疲れでしょう」

 とても魅力的なお誘いだった。だが―――

「大丈夫。それよりもミィチはなぜ魔獣を追うようになったのか聞かせて?」

 寝ている間ほど無抵抗な時間はない。その間に何をされたのか何を盗られたのか、知るすべがない今は安易に他人を信用するべきではない。いくらミィチでもついさっき知り合ったばかりだ。無防備な姿を見せられるほど信頼はできない。

 誘いを速攻で断り、その代替案を提示する。ヒノビの質問はまだ二つしか行っていなかった。最後の質問権を利用してその場を濁す。

「わかりました。できるだけ詳しくお話ししましょうか―――」

 辺りはすっかり夜も更け、空にはチカチカと煌めく星々が一行を照らし、月はゆっくりと星食を進めていた。

 ゆったりと語られ始めたミィチの過去。その話はまたいずれ、語る時が来たときにお話ししよう。

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