第2話「旅一行1」
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~1週間後~
朝日が徐々に空を青くしていく頃、街の出入り口の巨大な石造りの門の前に子供二人の姿がある。
両者とも背丈以上の大きなリュックを背負っており、それぞれ右手の薬指に白色の宝石をはめ込んだ貴重な指輪をつけている。そして、自身の顔の半分ほどを占める大きな丸眼鏡をつけている少年は、小さな木の杖を持っていた。
二人は、コクリコクリとしながら門前に立っている。
「なぁ、ロイス……エリスはいつ来るんだ……」
重い瞼を半分開きながら、大事そうに杖を持っているロイスに話しかける。
「今にどうせ走ってきますよ。もう少し待ってましょう、オークス」
「……うん」
会話が終わると二人は大きなあくびをした。
目頭に涙を浮かべながら、門から続く大通りに目をやると一人の少女と女性がこちらに走ってくるのが見えた。
オークスは、いったいどれだけ待たせるんだという表情を一瞬だけ浮かべたが、眠気に負けて再び睡魔に襲われた表情になる。
「ロイス、エリスがきたよ。おきて」
授業中はいつも寝ているオークスだったが、今回は珍しく誰かを起こす側だ。
「うぅん」
ロイスは小さく返事をした。だが、再び眠りにつこうとしている。
オークスは彼が完全に寝てしまわないように「おきろー」と、肩を掴んで体を揺らす。起こしている側も眠気に襲われているため、ロイスのトレードマークと言える大きな眼鏡が、彼の顔の揺れと同時に吹っ飛ぶ。
「おっと……危ない危ない。これ、落としてたら割れてますよ」
「んぁ? ありがとうございます」
地面に落ちる寸前にエリスと一緒に走ってきていた女性がキャッチし、ロイスに眼鏡を渡す。
ロイスは、渡された眼鏡をかけなおし、彼女に深々とお礼とお辞儀をした。
「ごーめーんーなーさーい!! 寝坊しましたわ!!」
「いつもの事だからね。気にしてないよ」
「ありがとうオークス!! この借りはいつかきっと返すからね」
ぜぇぜぇと息を切らしながら到着したエリス。彼女も大きなリュックを背負い、右手の薬指には二人と同じ指輪が光っていた。
今日は茶っ気の髪の毛を結んでおらず、いつもと違ったショートヘアが新鮮さを醸し出していた。
「あっ、紹介するわね。こちら、ヒノビさん。先生のお知り合いらしいけれど、みんな初顔合わせよね」
彼女の隣に立っていたのは、軽装備で短刀を携えている女性。全体的に細身で、きれいなルビー色の髪を三つ編みにしている。対照的に、空色の瞳と色白な手足を持ち合わせ、服装は大胆に艶めかしい雰囲気を醸し出してもいる。
「こんにちは。あなたたちの言うところのいわゆる『先生』から護衛を頼まれた、ヒノビです。先生からはヒノって呼ばれていたからみんなにもそう呼んでもらいたいな」
ヒノビは明るい表情に、陽気な声音を合わせて自己紹介をする。
彼女の自己紹介を受け、眠気から覚めつつある二人が顔を上げて彼女を見ると、驚いた表情で顔を見合わせた。
「すごいですわよね。ヒノビさんはあの炎狐族の御息女なんですって!! そんなすごい方にダイネの街で出会えるなんて!! 私、今とても興奮していますの」
「確かに、4大国と交戦してすべて返り討ちにした種族ですからね。そんな方が護衛してくださるなんて、とても光栄なことですね」
およそ50年ほど前に起きた大規模な大戦。それは、この『ダイネ』の街の周辺に位置している4つの大国と炎狐族の間で起きた領土大戦の事。
元々炎狐族は人間が街を形成する前からこの大陸に住んでいた、いわば先住民族であり、人が街を形成するようになってからも、特に我々に興味を抱くことはなく、種族同士が共生している状態が続いていた。しかし、領土を広げようとした大国たちが暗黙のルールであった種族間の干渉を破り、攻め込んでいった。
その結果は、ロイスが言った通りで、すべての攻撃を跳ね返し人間側の敗北となった。しかも、炎狐族側は大戦後に反撃することなく、見返りを要求することもなく、あくまで種族同士が争い勝敗が決したという認識でいるらしい。
ほぼこの大陸で最強と言える種族の御息女が3人の警護につくのだから、これ以上の護衛はいないだろう。
「先生に頼まれちゃったからね、しっかり道中はみんなの事守るよ」
ニカッとはじけるような笑顔でそう言って魅せた。
「自己紹介がまだだった。俺はオークスと言います」
「私はエリスですわ」
「僕はロイスと申します」
各々が元気よく自身の名前を口にする。その間、ヒノビは名前を復唱しながら三人の顔をじっくりと観察していた。
「うん! みんなかわいい!!」
3人の特徴を掴んだのか、再度二カッと弾けた表情を見せる。
ヒノビにとっては共通の人物を通して、初めてできた友達だった。もしくは弟子のような感じなのかもしれないが、彼女にとってはどちらも、顔がくしゃりとするほどうれしいことだった。
4人での簡単な自己紹介が終わり、一呼吸置いたところでオークスが提案をした。
「移動ルートを確認しておいていい? ヒノさん」
「そうだね」
オークスが提案したのは移動手段と宿泊場所、もしくは道中の危険地帯などをある程度最初に共有しておこうというもの。
隣町『アンブルグ』までは徒歩でおよそ3日。山や渓谷などの明らかに危険な場所は基本的に無く、平原が続いている。しかし、3カ所だけ危険を孕んでいる場所があった。
元々は3人での移動を想定していたため、出来るだけ危険を避けつつ行動しようとすべての危険地域と想定されるものを避けつつ、遠回りしての移動を予定に入れていた。だが、優秀な護衛がついたことで、それも必要なくなったのだ。
「私たちが居るこの『ダイネ』の街から、南に向かって平原を進む。この辺りに猛獣とかはめったに出ないからおそらく1日程度で平原を抜けられると思うから、一旦そこらでキャンプをする」
「キャンプ!? 私、初めて街の外に出るのでも楽しみでしたのに、キャンプまでするなんて……」
鼻息を荒くしながら目を輝かせているエリス。彼女はこの街で育ってから、家柄の事があり容易に外に出歩くことができていなかった。そのため、今回の事は人生初の事であり、今まで夢見ていたことだったのだろう。
「エリス、一旦落ち着こう」
「わかってますわよ。ごめんなさい。ヒノ先輩続けてくださいまし」
「1日目はこんな感じ。2日目は、この森に入って進むことになるけど、私がいるから大丈夫。森で一泊することになるとは思うけど……」
「最短で行くにはそのルートが一番だよな。森の中でもヒノさんがいるからさほど問題にならないと思うしね」
「じゃあ2日目もこれで行こうか。3日目は1日目と同じような平原が続いてる場所を通ることになるだろうから、危険は少ないだろうね」
大まかだが、道中のルートは頭に入った一向。どうにも興奮気味であるエリスが心配ではあるが、基本的にはヒノビについていけば隣町『アンブルグ』までは安全なはずだ。
「それじゃあ、そろそろ出発しよう」
オークスが一声かけ、一同は街の出入り口である門の外に目をやる。
先頭をオークスが進むと、皆もそれに続いて歩き始める。
門の外、街の外は、少年少女たちにとって未知の土地であるとともに憧れの土地でもある。
先生から、本から、幾度となく街の外の話が出てくる。その度に、その情景や風土、大地の感触、風の匂いなど今いる街とどれほど違うのかに期待を膨らませきた。今、目の前に広がりつつある緑の草原も、門の内側からは飽きるほどに見てきている。
この日、『ダイネ』の街から若芽が大地に力強く根を張る、大きな一歩を踏み出した。
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~1日目~
『ダイネ』の街から出発した一行は、ヒノビに質問攻めをしていた。
先生から約3年間魔法について教わっていたことを彼彼女らに話すと、魔法の基礎から応用までで自分たちが疑問に思ったことなどを質問する会話形式になってしまった。
平和に『アンブルグ』まで着けることに越したことはないが、思っていた道中の会話ではなかった。
「ヒノ先輩は、先生とどういう関係なんですか?」
突然、エリスが魔法関係ではない質問を投げかける。
「私にとって先生は、神様みたいな人です」
「神様?」
「はい、私は小さくして親元を離れて『ダイネ』の街に来たんだけど、何分知らない土地だしお金も持ってなくて、死にそうになりながら毎日生きていたんだけど、その時に拾ってくれたのが先生だった」
ヒノビは炎狐族である。それが意味することは、人とは違うということ。もちろん生活形態も違うため、お金と言いう概念すら知らない状態だったのだろう。
そんな時に先生が現れて、彼女を広い、ここまで育てたという。知らない土地で知らない人、知らない文化、すべてが自身の生活していたものとかけ離れており、慣れるのも相当苦労したはずだ。
「そんな私をこんな裕福に育ててもらえたから、先生は神様なんだ」
尊ぶように表情を赤らめながらヒノビはもう一度、先生を神様といった。それにどれだけ深いストーリーがあるのかは本人にしかわからないが、どれだけ慕っているのかは子供ながらに伝わった。
「君たちはどうなんだい? 先生とはどういう関係?」
「俺たちにとっても同じように神様ですかね。こんな身分でも子供らしく接してくれましたので」
「そうそう! 私たちみんな4番mg―――」
「エリス、その言葉は口にしない」
「?」
エリスが何かを口にしようとしたとき、オークスが言葉を話すことを無理やり止めた。
彼の行動に動揺していたが、その意図をくみ取とったのか、エリスが表情に影を落としながら小さくうなずいた。
「ぷはっ 気にしないでください。機会がありましたらお話します……」
「ごめん。何か聞いちゃいけないことだったみたいだね」
「いえ、こちらこそ申し訳ない」
暗い雰囲気にするつもりはなかったエリスが、がっくりと肩を落としている。そんな彼女を横目に見ながら頭を優しくなでるオークス。
授業では大抵居眠りしているオークスだが、案外お兄ちゃんらしい一面があるのかもしれない。
意図せず沈黙が場を支配してしまったが、それを破るべく口を開いたのはロイスだった。
「ヒノビさんは、魔法を使うことができますか?」
「うん。あまり使いたいものではないけどね」
「良ければ見せていただくことはできますか?」
「そうだね。みんなは、魔法を使ったり見たりしたことはある?」
「「「ありません(わ)」」」
「じゃあ特別に見せてあげよう」
魔法は散々先生に習ってきた。しかし、先生が魔法を実演してくれたことは今までに一度もない。すべて言葉、もしくはジェスチャーで教わり、凄さだけは伝わっている。
幸いここは平和な草原で何もない。何の魔法を披露するかにもよるが、あまり周りを気にしなくても大丈夫そうだった
「すぅ~~~はぁーーー」
大きく深呼吸をして、手のひらを進行方向にある少し大きめの岩に狙いをつける。
三人はヒノビから少し離れたところに小走りで移動し、手をつないで魔法の発動を待ちわびる
彼女が眼光を鋭くし、伸ばした腕の先に意識を集中すると、徐々に炎の渦が表れ始めた。そして、次第に渦が大きくなり、竜巻のようにとぐろを巻き始める。
「みんなしっかり離れてるね。よし、いけー!」
ヒノビがそう言い放つと、眼前に見える岩に向かって一直線に火球が飛んでいく。
次の瞬間、火球が当たった岩が四方八方にはじけ飛んだ。そして、爆発の直後に岩のあった場所を中心として、巨大な炎の竜巻が巻き上がり、飛散する岩の破片が竜巻に吸い込まれていく。
その数秒後、炎の竜巻は治まり、焼け焦げた草と山のように積みあがった石が現れた。
三人はその絶大な威力と初めて見る魔法に、興奮と恐怖の両方を植え付けられた。それと同時に、先生の言葉の真意を理解する。
「魔法を覚えれば普通の生活に戻れないかもしれないが、それは使い手の心意気によって変化するもの」これは、魔法で国を傾けることが容易であり、使い方次第で千変万化する強大な力がほぼ無条件で手に入るということだったのだ。
子供ながらに三人は、なぜ魔法が普及しなかったのか、どうして魔法を人前で見せることをかたくなに拒んだのか、ひそかに魔法を使おうとした私たちを悪魔のような顔で叱ったのか、様々な疑問を持ちつつ先生の元を離されたが、それら意味を一瞬で理解できる一幕だったのだ。
魔法は危険。とても子供が手にしていいものではない。
三人は握っていた手を、より強く握り、ある一つの決意をした。
「「「(魔法は、絶対に、普及させてはいけない)」」」
エリスは、三人の中で最初に握っていた手をほどいた。そして、
「すごーーーーい!! これが魔法なんですね!!」
と、いつものエリスのようにふるまった。ロイスやオークスも後に続いて、
「本当に驚きました。先生から幾度となく教わってきた魔法がこんな素晴らしいものだったなんて」
「魔法ってかっこいいな」
「そうかな? みんなも練習すればできるようになるよ」
二カッと屈託なく笑って見せたヒノビの表情は、少し、恐ろしく視えた。
~1日目(夜)~
1日目の昼は特に危険もなく、時折会う『ダイネ』の街へ向かう行商人の人たちと駄弁る程度のイベントしか起きず、安全なものだった。
行商の人もいくつか品物を分けてくれたり、目指している『アンブルグ』の名産品などを教えてもらったり、行商のノウハウを語ってもらったりと非常に平和な道中だった。
ヒノビにはあの一件以降も魔法についての質問はやむことはなく、魔法についての英知をいち早く習得しようと必死だった。特にロイスは自身の持ちうる知識とヒノビの知識で補完しつつ、ヒノビが放ったあの魔法について研究していた。
プラスして、ヒノビは彼彼女らのどんな質問にも的確に答えられ、わざわざ学校に通いつつ学ぶ必要はないのではないかとオークスがエリスと会話していた。エリスも同感できる部分があったらしいが、やはり学校という場所に期待を寄せていたこともあり、オークスの提案を却下した。それについてオークスも深く言及することはなかった。
現在は遠くに森の見える小高い丘の上で焚火を囲んで、昼間のうちに狩った野ウサギとイノシシをヒノビがさばきながら、夕飯の準備を進めている。
子供たちは、焚火の近くで丸くなり、一日の疲れを癒していた。
ヒノビは、すやすやと眠る幼い背中を見て愛想におぼれつつ、テキパキと調理をこなしていく。
行商人からもらったいくつかの野菜と新鮮なウサギとイノシシの肉を鍋でいため、近くにある川の水を注いで、スープを作る。味付けは、これも行商人から少しだけもらった胡椒と塩で、質素なスープの完成だ。
子供たちにとって初めての街の外、初めて見る魔法、行商人との交流は、とても新鮮で楽しい出来事だったに違いない。それだけの経験をすれば、体力を使い果たしてもおかしくはない。
「おいしそうなスープですね。この薬草を入れると臭みが取れますよ」
鍋をかき混ぜながら焚火の番をしていると、ふいに背中に声がかかった。
振り向くと重そうな瞼を開けたオークスがいた。
「ありがと。薬草は刻んで入れてくれる?」
「はい」
返事をしたオークスは、彼女の後ろにある小さなまな板と短刀をを借りて薬草をざく切りにする。
「私たちの種族は基本的に料理はしないんだけど、先生から料理の楽しさとすばらしさを学んでからは、毎日するようになったんだ」
「すごく、人間らしい一面ですね」
「えへへ。でも、いまは、調味料が不足してて質素な料理しかできないけどね」
「大丈夫。俺たちの飯はいつもこんな感じだから」
そう言いながら、ヒノビが混ぜている鍋に切った薬草を入れる。そして、彼女の隣に座り、オークスは近くに積まれていた枯れ木を焚火にくべる。
パチパチと音を立てながら燃える薪を見つつ、ヒノビにある質問をした。
「ひのさんは故郷に帰ろうとか、考えたりしない?」
「んーどうだろう。今の生活に不満はないし、一度群れから離れて人に育てられた私を一族が認めてくれるかどうか不安だからね。あまり帰ろうとは思わないかな」
ちりばめられた星屑の空を見ながら、遠い目をしてそう語った。彼女にとって、先生は神様だが、自分とは根本的に違う。そのギャップを今まで一切感じてこなかったわけではないことは、その表情を見て推測できた。
「俺は今まで、炎狐族を見たことはなかったです。それに、本や色々な人からの話を聞くと恐ろしい種族だと思っていました。例えば、出合頭に戦いを挑まれて雌雄を決するまで終わらない戦いをするとか」
「ぷっ、あはは。そんな野蛮な印象だったのか、あははは」
「だから、最初会った時、俺はこの小さな旅で死ぬんだって思ってました。でも、1日を終えて、そうじゃないんだなって」
「どういう印象に変わったのかな?」
いたずらっぽくその先を聞こうとするヒノビ。彼女は大きな空色の瞳をのぞかせてくる。
「俺たちを本気で想ってくれる優しい『人』なんだなって」
「そうかそうかー。うんうん。オークス君だよね。君やっぱかわいい!!」
鍋をかき混ぜる手を止め、オークスの頭をグイっと自身の胸に引き寄せた。そして、くしゃくしゃになるほど頭をなでる。
なすすべなく、頭をなでられた後、肩を押し返して距離を保つ。
少し赤らめた頬を袖で隠しながら、また焚火へと視線を落とす。
「俺は、ロイスのように勉強熱心ではないし、エリスのように魔法に執着があるわけじゃない。だけど、あいつらを支えていきたいんだ。俺が先生と出会うまで一所懸命に支えてくれたように、その恩を返したい」
「オークス君はすごいよ。まだ9歳なんだっけ? それでこの旅のルートを考えたり、先生から料理を教わったりしてたんでしょ?」
「料理教わってるの知ってたんですか!?」
「まぁ、私は先生の最初の生徒だからね~。君が持ってきてくれた薬草は先生の入れ知恵でしょ」
ヒノビは、そういっていたずらっぽく笑って見せた。彼女に小さな秘密を見抜かれ、完全に赤くなった顔を手で覆う。
「あいつらには秘密にしといてください」
「はいはい」
ヒノビは、出来たスープを小さなお椀に注ぎながら、軽く返事をした。
赤い顔を手で隠したまま、焚火に、また枯れ木を入れた。
そして、スープがお椀に人数分注ぎ終わったころ、オークスがまた、ある問いを投げかけた。
「……先生は、今何をしているんですか?」
「さぁね、何してるんだろうね」
「やっぱり質問を変えます。先生は何をしようとしているんですか?」
「……」
突然のオークスからの質問に動揺が隠せていないヒノビ。彼は彼女の方を向くことなく、いまだに手で顔を覆ってその質問を口にした。
どこまで知っているのだろう。困惑する表情でオークスのほうを見るヒノビ。しかし、彼の表情彼は見えない。彼女は戸惑いと驚きを隠せずにいた。
彼の表情からではなく、雰囲気、オーラのようなものに推し量ることのできない怒りを滲ませていたからだ。
「先生は、大事なことを、しようとしてる」
「それは、俺たちを世界の敵にしてまでもするべきことですか?」
「わからない……」
オークスは、隠した表情のまま糾弾するように、
「今日のシノさんの魔法を見て思いました。あれは、この世に存在するべきではない。もしくは、ずっと隠しておくものだと」
「魔法はエリフィム様が授けてくださったとても大切なものだよ。オークス君」
魔法そのものを否定されたヒノビは、少し怒りのこもった声音で反論した。
「それが人間のためになる? 岩を一瞬で粉砕できるような力が、今の人間に必要なものなのか?」
表情を隠すことをやめ、明らかに敵意むき出しのままオークスはヒノビに向き合った。
「それは、まだ活用法が見出されていないだけ。それを見つけるのは君たちの役目でもある」
「あんなのが広まったら、世界中で戦争が起こる!! そんなの、幼い俺にだってわかることだ。俺たちをその中に放り込みたいってことだろ!!」
徐々に声量が大きくなり、滲ませていた怒りはいつの間にか刃のように鋭いものになっていた。
「先生は、俺たちに何を望んで魔法を学ばせたいんだ?」
「私にもわからない。先生が何を考えているのかなんて」
「じゃあどうして、先生が大事なことをしようとしてるって断言できるんだよ!!」
「それは、私が、先生を信頼しているから」
「俺らも信頼していた、尊敬していた、だけど、それが今は揺らいでる。それ相応の理由がないと俺は納得しない」
先生に救われ、様々なことを教わり、ロイスやエリスを支えられるよう様々な努力をしてきた。彼らがやりたいことをを支え、困難があれば一緒に立ち向かい、悲しいことがあれば慰め立ち上がらせる、それが使命だと。しかし、いま、まさに戦争になりうるような事態の前段階にいることは明確だった。
『アンブルグ』の街の学校に新たに設立された魔法科は、全世界から出願者を募っていた。それは『ダイネ』の街でも噂になっていたため、知っていた。が、それは同時に魔法を全世界に広めることになる。新たな力、未知の力を手に入れ、優位に立とうと思う人間がどれだけいることか。
「約50年前の戦争だってそうだ。炎狐族の土地を手に入れようとした大国がこぞって大戦に赴いた。それは、炎狐族自体を手に入れる目的があったからだ」
「……」
「人間がどれだけ強欲なのか、あんたならわかってるだろ。それだけ大きなことが起きかねないのに、俺達にはただ学校に行け? 火の中に飛び込めって命令されたも同じだ」
人は、自身が優位に立てると支配するようになる。国があるのはそれが成り立っているから。圧倒的な力、財力、権力に屈するしかない人にも、等しく力が手に入る可能性がある。そうなれば、謀反を起こす人がいないはずがない。それも世界中で。
「先生は、何をしようとしているんですか??」
二度目。今度は最初投げかけたような口調ではなく、怒りをまとわせた声音で問いかける。
「それは―――」
ヒノビは、苦悶の表情で、絞り出した小さな声で答えようとした。しかし、
「どうしたんですの? いい匂いがしますわね。料理を作ったの?」
横になっていたエリスが、眠い目をこすりながら上体を起こした。
「オークス、そんな怖い顔してどうしたんですの? 悪夢でも見ましたの?」
怒り心頭の表情をエリスに見られ、瞬時に顔をそむける。
「……エリス、スープができてるけど、食べる?」
「もちろんですわ! とても美味しそうな匂いがしますもの!」
「じゃあ、ロイスも起こして、みんなで食べようか」
エリスに顔をそむけたまま、出来るだけ優しい口調でそう言った。
ヒノビは、心苦しい表情を隠しながら、とりわけたお椀をエリスの元へ運んだ。
「ローイース―!! 起きろ――!! ご飯だぞーー!!」
「うぅぅん……今日は何?」
「スープよ!」
「なんの?」
「知らないわ!」
「寝る……」
「だめですわ、起きて!」
ロイスの肩を思いっきり揺らすエリスにイラつきを覚えながらも、上体を起こして眼鏡をかける
ヒノビは、その間に全員分のお椀を配り終え、先ほどの席に戻っていた。オークスも同様に、エリスとロイスのほほえましいやり取りを眺めながら、先ほどまで抱いていた感情にふたをする。
「じゃあ、オークス、いつものお願い」
お椀を両手で持ちながら、オークスの方に笑顔を向けた。
「わかった。じゃあロイスもいつものやつやるよ」
「ねむい……」
そう言いながらもお椀を両手で持ち、
「「「天の恵みと大地の恵みに感謝して!! いただきます!!」」」
肌寒い夜に、スープの温かさに体を温めながら、その後は今日あったことを談笑して終わった。明日は、ついに危険な森に入る。おそらくヒノビは護衛を継続してくれるが、やはり、魔法の習得には賛成できない。ロイスやエリスについてはいくが、俺が二人をしっかり導かなければ……
「何に書いてるんですの?」
「日記だよ。せっかく街の外に出られたからね。一日おきにどんなことがあったのか忘れないように記録しておくのさ」
「いいですわね」
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