第10話
「お。おはようございます」
「おはようございます、殿下」
次の日。朝食を両家そろって取ると言われていた広間へ行く途中、俺はばったりノクロ達と出くわした。昨日の今日で死ぬほど気まずかったが、どうあがいたって行先は一緒で、今更踵を返すのも変だろうと思って流れのまま連れだって広間へ向かった。俺は知らない間に広間へ移動していた兄貴とハロムを恨んだ。
会話のないまま足を進める。背筋がぞっとするほど、彼女の従者からにらまれながら。……いやマジで怖い。
「……あ、そうでした」
「?」
「紹介してませんでしたね。従者のジェミャです」
「え、あ、ああ……」
ふいに彼女が口を開き、従者の――ジェミャの紹介をした。彼に視線をやると、相変らずにらまれている。遥かな高みから見下ろされると、まるで猛禽に狙われた小動物のようになる。彼女と同じ色素の薄い髪の間からのぞく鋭い目は何を考えているのかわからない。俺は一応自己紹介をしてみたが、彼はそれにも答えなかった。
「口下手なんです」
「そうでしょうね」
彼女は作り物のような完璧な微笑みを見せていった。どこか壁はあるものの、避けることなく普通に接そうとしてくれているようで、俺は少しだけ安心した。
……………………
「次は市街地に行くといい」
「なんで???」
そんなことをのたまい始めた親父に、俺はカトラリーをぶん投げる勢いで抗議した。また兄貴にたしなめられたが、そんなことはかまっていられない。先ほどで会ったときは平常を装ってはいたもののまだまだ気まずい状況に変わりはないのだ。
「行きませんので。やることがありますし」
「まあ、珍しい。市街地に行くの、好きではなかった?」
「好きだけど!」
「ならいいじゃない」
「……」
行かないと主張すれば、次は母親の口出しが待っていた。やることがあるというのも嘘ではない。嘘ではないが、実際そんなにせっぱつまっているかと言われるとそうでもない。俺は言葉に詰まって、兄貴の方を見た。が、彼はどこ吹く風といった風にのんびり朝食をとっている。
「あの、別に私一人でもお許しくださるなら構いませんが」
ノクロが言うと、その背後に控えている従者が進み出た。言葉こそないものの、護衛は自分一人で十分だと言っている、ように見えた。それを裏付けるように、ノクロ自身も彼もそう言ってますし、みたいな顔をしている。
しかし、よその王族を1人でふらふら歩かせて、何かあれば外交問題になる。一人娘に何かあったとなれば、親父たちの親交とやらもたちどころに消えるだろう。し、個人的にももやもやする結末しかない。
俺の頭の中がぐにゃぐにゃになっているのを感じ取ったのか、兄貴は静かに俺の名を呼んだ。いつものように、まっすぐ俺の目を見ながら。
「クラエ」
「……。……わかったよ」
しばしの逡巡ののち、俺はついに折れてそう言った。
「殿下」
「ただし! ただし馬車ですからね、街は歩きますけど」
「ありがとうございます」
彼女は口角をあげて俺に頭を下げた。そうされることは何もしていないといっても、彼女は至極嬉しそうに長い間そのままだった。
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