第9話 テストの結果と夏の始まり

 テストが終わって数日後。


 胡春と愛結とのお泊り会も終わった、その次の日の夕方のこと。歩いていると汗が滴る夏の季節だ。


「亜希。テストの結果、どうだった?」


 今日、行われたのはテスト返還。そして個人成績表が渡された。

 私のテストの結果はいつも通り。テスト直前に風邪を引いてしまったため、一夜漬け同然のことをしたので、真の実力とは言えないかもしれないけど上出来だ。

 ただ胡春に勝てるかと言ったら微妙だ。風邪を引いたせいで、成績が下がっていればワンチャン私の勝利もあり得るだろう。まぁ胡春のことだから、多分成績はいつも通りだろうけど。

 澄ました顔で高得点をとってくるのが胡春なのだ。負けて悔しがるのはいつも私で、胡春のそういう姿は全く想像がつかない。


「私は総合で6番。前回と同じだったよ。胡春は?」

「あー、負けちゃったか。私は8番だったわ」


 え……。


 初めて胡春に勝ったの?


「どうしたの。そんな表情して?」


 嬉しくてついニヤけてしまいそうになる。それを抑えるために変な表情になっていたのだろう。それを胡春が心配してくれた。


「なんでもないよ!」


 私とは対照的に胡春はしょんぼりとしている。


「ねぇ、亜希はどう?」

「どうってなにが?」

「成績が下がった私は…いや、亜希は勉強が出来ない私をどう思う?」


 よく考えると、私の成績が上がったわけではない。現状維持の学年6番だ。胡春の成績がただ下がってしまっただけだし、私が喜ぶのは筋違いだ。

 それに総合で8番なのは全体的に見れば頭がいいほうだ。


 胡春の表情は私に負けて悔しがっているというより悲しそうだ。透き通った青紫色の瞳は潤んでいて、それを見るとなんだか申し訳ない気持ちになる。


「別に8番だって悪くないよ。たまたま下がっただけなんだから気にすることはないよ!」


 私のほうが成績良かったから、フォローになってない気がする…。


 なんでこんな時に限って私が勝ってしまうのだろうと自分を憎んだ。私は胡春に笑顔でいてほしいし、困っているときにはそばにいてあげたい。

 そのはずなのに、しおらしくなった胡春を見るとどうしていいか分からなくなる。胸の奥を針で刺されるような、チクッとした感覚になる。


「そう…。でも私はテストでいい結果を残したいの。だから勉強だってしてる」

「なんでそこまで、頑張るの?」


 私は胡春に勝ちたくて勉強をしていた。それ以上でも以下でもない。ただ幼馴染という近くの目標に向かっていただけだ。


 胡春の印象は勉強をほとんどしなくても、高得点を取れる天才だと思っていた。でも実際はそうではなかったみたいで、ちゃんと努力をして結果を勝ち取っていたのだ。

 

 そんなことにも気が付かないなんて…。


 私は思ったより胡春のことを知らないのかもしれないなと思った。


「だって亜希は可愛いから、私から離れてしまうんじゃないかって考えちゃうの」

「なんでよ…。私は胡春の唯一の幼馴染なんだから、離れたりなんてしないよ」

「でも不安なの。もし亜希に好きな人が出来たら、私なんかすぐに要らなくなっちゃうじゃない」


 好きな人を考えると思い浮かぶのは……。胡春だった。


 いやいや、胡春は幼馴染だから!


 私は頭に浮かんだ胡春を首を振って追い払う。


「そんなことないよ。私たちはずっと一緒にいたんだから、これからも一緒。それに恋なんてまだずっと先の話だよ」

「そう…」


 私は通学路の端で胡春の背中を撫でる。


 胡春は私と一緒に居たいと言ってくれた。私だって胡春の元を離れるつもりはない。だけど、胡春に不安を感じさせているのは不本意だ。私のために胡春が努力するのも違う。

 だから…。


「胡春はそういうけど、胡春といることは私にとって身に余る事なんだからね」


 せめてもの労いの言葉を伝えた。しおらしいのは胡春らしくない。いつもみたいに堂々としていてほしい。


「そう…。それならいいのだけど」


 今までずっと格好良くて可愛いと思っていた幼馴染の弱い一面に少しだけ、顔が火照った。


「そ・れ・よ・り!!そろそろ夏休みだね!胡春!」


 私はこの暗い空気を変えようと話を変えた。さっきよりも胡春の表情が柔らかくなってきているので、不安は晴れたのだろうか。

 このままに雰囲気で夏休みを迎えるのは嫌だったから、内心ホッとする。


「そうね…海に行くとか話したよね…」

「そうだね!胡春はどこ行きたい?」


 私たちが風邪から回復した日の朝、夏休みにどこへ行きたいか話し合ったのだ。山か海かというテーマは海という結果に落ち着いた。


「うーん。私たちが日帰りで行くなら実質一択じゃないかしら」

「そうだね…」


 私たちがまだ小さいころに連れて行ってもらった海だ。家から日帰りで行くには実質そこしかないのだ。

 それ以上遠出をすると日帰りじゃなくなるから、両親からの許可も下りないかもしれない。たぶん胡春と一緒って言えば大丈夫だけど。


「じゃあ水着買いに行かない?」

「いいけど…胡春は去年も買ってなかった?」

「そうだけど…収まりそうになくて」


 胡春は大きいからな…。

 ほぼ同じ環境で育ったのに、それぞれの成長具合がまちまちだ。それはきっと遺伝とかのせいだけど、ちょっと悔しい。

 自分の体に不便はしていないけど、大きいのを見るとおぉってなって羨ましくなるのだ。


「じゃっ、行こ!今度の土日とかでどう?」

「うん!」


 胡春はさっきまでとは程遠い無邪気な笑顔で微笑んだ。


 定期テストのせいで気が付かなかったが、夏はまだ始まったばかり。今年の夏も胡春と思い出作りができるはずだ。


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