02-3
事故が起きてから一時間近く経った現場で、死亡した運転手が最初に起こした衝突事故の詳細について、七瀬から電話を受けた。そのときには事故ののことは伝えなかった。思った以上に七瀬が混乱していることが電話越しでも分かり、落ち着いてから話すべきだと判断したからだった。
初めに応援に駆け付けた警察官とは別の警察官らが到着し、現場も落ち着きを見せ始めたタイミングで、松野が運ばれた病院へ出向いた。その間は全くと言っていいほど生きた心地がしなかった。心拍数は常に高く、胸の痛みが続く。
松野は事故現場から三キロ離れた総合病院に運ばれていた。受付で名前を告げ、四階へ案内された。エレベーターの扉が開く。長く続く廊下に沿うようにして綺麗に配列された椅子やソファが並んでいるエリア。その一角に、頭をがっくりと下げたスーツ姿の男性が一人ポツンと座っていた。
「おい、七瀬!」そう声をかけると、重そうに頭を上げ、こちらに視線を向ける。頬はやつれ、瞼は赤く腫れていた。
「お疲れ様です」
「松野は、どうだ」
「まだ、何とも言えない状態だそうです・・・」
「そうか。とりあえずお疲れ様。これでも飲め」
受付から声をかけられる前に、自動販売機で購入した熱々の缶コーヒーを手渡す。すると七瀬はか細い声で「ありがとうございます。いただきます」と言って、大事そうに受け取った。
「浜中さん、あの後はどうなりました?」
「事故を起こした。追跡中に一度もスピードを緩めることもなかったし、指示に従うこともなかった」
「そうですか」
七瀬の口調はやけに落ち着いていた。瞳からは一滴の雫が零れ落ちる。
「交差点で信号無視をして、勢いそのままに空き家へ突っ込んだ」
「あぁ、なるほど」
「事故発生から十数分後に運転手はレスキュー隊に助け出されたが、その場で死亡が確認された。同乗者二人は自力で出てきたが、完全に酔い潰れててな。まぁ、そのうちの一人から運転手の名前と二人の名前を聞き出せたから良かったが、まぁ、運転手が死亡したのは痛手だな」
「そうですね」
缶コーヒーのプルタブを引く。瞬間的に焙煎されたコーヒー豆の匂いが香った。
「同乗者はどうなりました?」
「その場では掠り傷を確認した。ただ念のため病院に運んで、検査を受けさせる。傷が治り次第、聞き取りが行われることになった」
「そうですか・・・」
飲み口に息を吹きかけ、そして缶を傾けてコーヒーを啜る。
「僕にできること、他にもありましたよね・・・」
「起きてしまったことは変えられない。いま七瀬にできることは、松野が回復するのを祈ることだ」
「・・・、そうですね」
自分用に買った無糖の缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲む。熱く、ほろ苦いコーヒーは冷えた身体に染み渡っていった。
翌日、別々の部屋で事故が起きるまでの流れについて説明させられた。常に頭の中にあるのは松野のことだけで、常に心の中にあるのは後悔の二文字。それ以上も以下もない。
仕事終わりは必ず松野の様子を見に行った。面会時間ギリギリに病院へ滑り込み、彼の穏やかな顔を見ながら回復することを祈り続けた。
しかし、その祈りは松野に届かぬまま、三日後、帰らぬ人となってしまった。
その一報を受けたのは、面会時間を終えて自宅に帰る道中だった。走らせていた車を駐車場に停め、ただ静かに上部からの話を訊いた。
電話越しで「浜中、大丈夫か」と訊かれ、「はい。大丈夫です。すみませんでした」と謝って、そして電話を切った。
「松野、再会したばかりじゃないか・・・・・・」
涙は溢れる。まるで、故障した蛇口みたいだった。
「何で松野が私より先に死ぬんだよ」
世の中の不条理を思い知った。私がもっと早くあの車の動きを止めていれば、松野が死ぬことはなかっただろうに。
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