01-8

「それでは、改めて説明をさせていただきます。まず、こちらの扉の前にお立ちになっていただきます。お荷物はすべてこちらの段ボールへお入れになってください」

「スマホや財布もですか?」

「はい。過去に戻れば、携帯も、お金もちゃんとありますので、ご安心を」

「はぁ、なるほど」


確かに、戻ればそのまま残ってるか。


「説明に戻らせていただきます。わたくしに『何年前/何月何日/何時に戻らせてください』と一言一句間違えないようにお伝えください。そして、こちらの紙に後悔していることを書いていただき、直筆のサインと専用の朱肉を使用して指紋を押していただきます。最後に、紙に書いていただいた内容を読み上げ、『私は何年前の何月何日、何時から七十二時間だけ戻ります。決められたことを守り、規則に従って動きます』と宣誓していただき、扉を開けて中へお入りください」


「はい」


「では次に戻り方について、ご説明させていただきます。向こうに着きましても、こちらの扉は場所を変えず、そのまま残っています。タイムリミットまでに扉の前にお立ちになって、『支配人さん。何年後の何月何日、何時に戻らせていただきます』と言ってください。わたくしが許可しましたら扉が自動的に開きます。そのまま中へ入っていただけたら戻って来られますので」


「許可が下りない場合もあるんですか?」


「はい。規則に従わなかった場合に許可が下りることはありませんので、くれぐれもご注意ください。まぁ、戻って来られなくなるだけですが」


「戻って来れないと、どうなるんですか?」


「すみません。そのことに関しては何もお伝えすることができないのです」


「戻らない幸せも、あるのかもしれないですね」と、何気なく言ったことが、加能さんの表情を暗くさせた。


「これで説明は以上となります。何かご不明な点はございますか」表情を変えないまま、淡々とした口調で話す。


「あの、過去の七十二時間は、こっちでも同じように七十二時間進むんですか?」


「いえ。現代の五分が、過去では一時間となっております。そのため、過去で七十二時間は、こちらでは六時間だけ進んでいるということになります」


「分かりました」


「では、最後にもう一度意思のご確認をさせていただきます。宮部誠人様、貴方は本当に過去へお戻りになられますか?」


「はい。戻ります」


「ありがとうございます。それでは、扉の前にお立ちください」聞こえてきた猫の鳴き声とともに、目を光らせていた黒猫が加能さんに飛びついた。

「あっ、さっきの黒猫」

「あぁ、この子はわたくしに仕えてくれている商光しょうこうという者です」

「あ・・・、そうなんですね、失礼しました」


もう一度鳴き声を上げた。どことなくミミに似た声をしていた。


「話を戻しますよ。では、何年前の何月何日、何時にお戻りになりますか?」

「七年前の五月三日、十八時に戻らせてください」

「かしこまりました。では、こちらの紙に後悔していることをお書きください」


渡された紙。僕はそこに、こう書いた。


 ―僕、宮部誠人は、彼女になる予定だった田仲真里那さんに想いを伝えられない まま、彼女を失ったことを後悔しています。過去に戻り想いを伝えたいです。そして彼女の思いも確かめてきたいです―


「書きました」

「では、こちらに直筆のサインと、この朱肉を使って親指の指紋を押してください」

「はい」


指定されたところにフルネームを書き、左の親指を朱肉に付け、押した。


「ありがとうございます。それでは、こちらをお読みになり、宣誓してください」


僕は紙に書いた内容を読み上げ、七年前の五月三日、十八時から七十二時間だけ戻ること、規則に従って行動することを誓い、ノブに手をかける。


「行ってきます」


そう呟いて、僕は扉の中の世界へと吸い込まれた。

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