第36話 闘いのあと

 俺はね、なんとか耐えたよ。ロイヤル双子姉妹の誘惑に耐えた。


 いや、自分でもあの状況をよく耐えたと思うよ。


 それというのも、俺がヘタレ童貞というのと、王族を簡単に抱いたら父上に殺されるだろうからだ。


 いくらヘイヴン家を追放されている身だとしても、正式に付き合ってもいない女の子を抱こうものなら、紳士たる行動を家訓にしているヘイヴン家は俺を抹殺するだろう。


 一時のテンションに身を任すと身を滅ぼす。俺が童貞じゃなければ、誘惑に負けて死んでいただろう。


 今、この瞬間だけ言えばヘタレ童貞だったことに感謝だ。


 悲しい感謝だな……。


 さて、そんなことは置いておき、アルバート魔法王国が謎の化け物に襲われてから数日が経過していた。


 街は住民達がそれぞれ協力し、復興を目指しながらも日常を過ごしている。


 俺達学生も復興支援をしながら、いつもの学園生活を送っていた。


「んで、なんで先生は体に風穴が空いたってのに、普通に学園で授業なんかしてんすか」


 カンセル先生の授業が終わった休み時間。


 一年一組の教室内。


 出席簿みたいなものをトントンと机で整えている先生へ呆れた声を出してしまった。


「俺を誰だと思ってんの。アルバート魔法団第二部隊隊長のカンセル・カーライルだぞ。風穴くらい余裕っしょ」


「不死身なの?」


「不死鳥って呼んでもいいよん」


 どこのホストだよ……。


 この間、致死量の血を流していた人物とは思えないほどチャラいな、こいつ。


 しかし、心配していたことには変わりない。彼が無事で良かった。


「リオン。今回の発端である王女誘拐事件なんだが、ジュノーとエウロパがフーラを連れ去るところを目撃した情報が入った。目撃者は城の関係者だから、まさか連れ去られているとは思っていなかったみたいだな」


「顔見知りの犯行だから目撃者も通報するかどうか悩んだってとこですかね」


「そんなところだろう。とりま、お前の容疑は完全に晴れたな」


「や、ほんとに、晴れてもらわないと困ります。こちとらほんとに巻き込まれただけなんで」


「そりゃそうだ」


 カンセル先生は苦笑いを浮かべた後に、真剣な顔をしてサングラスをクイっとしてみせる。


「今回の事件。首謀者であるジュノーとエウロパが死んで解決となった。魔法団はジュノーの裏切りを重く受け入れ、体制を整える意向をみしている」


「第一部隊隊長の裏切りがあって、なにもなしじゃ示しがつきませんもんね。でも体制を整えるって、第二部隊隊長の先生も大変になるんじゃないですか?」


「あっはっはっ! 残業確定案件よいしょー!」


 あ、逆に吹っ切れてる。その気持ちわかるわー。


 先生は切り替えるようにサングラスをクイっとした。


「あいつらがどれだけの被害者を出したのか洗い出さないといけない」


「魔人化だの、なんだのと物騒ですもんね。首謀者はいなくなっても、調査はしておいた方が良いってのはわかります」


 カンセル先生のサングラスの奥の瞳が少しばかり悲しそうに見える。


「ジュノーの奴。どうしてあんなこと……」


 先生からすると、ジュノーは同僚で、しかも同じ隊長という役職。そんな仲間の犯行。


 悔しい思い。


 納得できない思い。


 もっと相談して欲しかったという思い。


 こちらから声をかけてやれば良かったという思い。


 様々な思いが彼を渦巻いていることだろう。


「目的のために手段を選ばずに魔人化までしたのですから、相当な覚悟はあったのでしょう。狂った犯罪者の心なんて知りたくもありませんけどね」


「相当な覚悟か……その覚悟を違う方向に向けることができていればな」


「選択肢が見えなかったのでしょうね。本来あるはずの無数の選択肢を、固定概念が邪魔をして一つにしか見えなかった。心が未熟だったんでしょう」


「なんかリオンって俺よりも年上みたいなこと言うな」


「少なくとも、精神年齢は上ですよ」


 笑いながら言ってやると、カンセル先生は頭を下げた。


「リオン、ありがとう。担任のカンセルじゃなく、魔法団第二部隊隊長カンセル・カーライルとしてお礼を言わせてくれ」


「よしてください。その見た目で硬派なお辞儀は違和感しかないでしかないですよ」


「ありあとあしたああああああ!」


「なんでいきなり体育会系なんだよ!」


 頭を上げた時、先生がチャラく笑っているのを見て、やっぱりこの人はチャラくないとダメだなと思った。


「ま、俺みたいなショボいのじゃなくて、ちゃんと礼が入るだろうし、俺はこんくらいってことで」


「ん? それってどういう意味?」


 キーンコーンカーンコーン。


 鐘の音が鳴り響いた。


「やっべ、次の教室行かねーと。リオンも次の授業遅れんなよ」


「はーい」


 先生はまるで友達みたいに言ってのけると、いそいそと教室を出て行った。

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