第83話 アルブレヒト王の過去

 地下庭園はあの日見た時と変わらずに綺麗な景色が広がっていた。


 ここだけ時間が止まったかのように感じるのは気のせいなのだろうか。


「マスター」


 ウルティムに呼ばれて彼女の方を見ると、自らを封印していた剣を強く握りしめていた。


「ここからでもわかる。あの悪魔は間違いなくわたしに呪いをかけた魔物」


「ウルティム……」


 こちらがどう声をかけたら良いか悩んでいると、ニコッと微笑みかけてくれる。


「大丈夫。自分でもビックリするくらい冷静」


 だけど。


「もし、あいつが動き出したらわたしが倒す」


「頼もしい限りだ」


 ウルティムは大丈夫そうだが、エリスさんは大丈夫だろうかと見てみると、俯いてしまっている。


「ホネコ。もし、エリスさんになにかあったら頼むな」


「はい」


「おふざけなしで頼むな」


「わかっていますよ。わたくし、空気の読めるホネですから」


 本当に大丈夫かいな。


「そうか。冠の他にもここに入る術があったか」


 時が止まっている悪魔。その前に立つアルブレヒト王が背中で語って来る。


「アルブレヒト王。あなたの目的は悪魔の復活なのですか?」


「そうだ。これで長年の私の計画が果たされる。長かった。ここまで本当に長い道のりであった」


 そこでアルブレヒト王が振り返って来る。その顔は、以前に会った時と同じように穏やかで優しい王という顔であった。


「エリス」


 王がエリスさんの名前を呼ぶと、ピクリと肩を震わせた。


「お前には情が湧いてしまった。私自らの手で殺そうと思ったが出来なかった。お前は私があれほどまでに憎んだアルブレヒト王の娘だというのに」


「私が、王、族……?」


 告げられた真実にエリスさんが声を漏らした。


「私は元々平民だ。いや、平民と呼べる立場でもない。ドブネズミ以下の存在だっ

た。それも当時のアルブレヒト王の政治がゴミだったからだ。これほどまでに貧富の差を出しながら改善をしようとしない。私は憎んだよ。そして王を絶対に殺してやると心に決めた」


 アルブレヒト王は自らの過酷の過去を語り始めた。


「そんな時、メインベルトを名乗る男が私の前に現れた。王を殺す手伝いをする代わりに、悪魔の復活を手伝え交換条件を出して来た。私は迷うことなく、メインベルトに入り、王を殺した」


 メインベルト。阿保な組織と思っていたが、王も魔物もいるバラエティに富んだ組織だな。


「私自らの手で王を殺したというのに、『王は暗殺された』、『その暗殺者を私が倒した』ことになり、私は英雄と称えられ、そのまま一気に王となった。これも全てメインベルトという組織のおかげだ。バカの民衆のおかげで、私は王族となったのだ」


 平民から一気に王族に成り上がった成り上がりの物語。その内容はあまりにも下衆で卑怯で目も当てられない。でも、現実の成り上がりってのはこんなものなのかもしれないな。


「赤子のエリス。お前も私の手で殺そうとしたが、メインベルトから見逃せという指示が出た。その理由は、成長したお前が悪魔の復活に必要だとわかったからだ。それまでは平民の家に預け、時が満ちるまで待っていた。そして、アルブレヒト回復学園に私の権力で入学させた。その時、お前に預けた両親が激しく反対していたからな。うざったくなって殺してやったよ」


「両親を殺した……? 陛下が、両親を……?」


 が、あ、ああああああ!


 残酷な真実を告げられて、エリスさんは膝から崩れ落ちる。ホネコが咄嗟に彼女を支えるが、状況は変わらない。


 ギッとアルブレヒト王を睨むが、いつまでも穏やかな顔をしてやがる。多分、こいつには心がないんだ。


「だが、悪魔の復活にエリスは不必要となった。これさえあれば良いみたいだからな」


 そう言って、自慢気に冠を見せて来る。


「不必要なゴミは排除しないとな」


「ゲスが……」


「リオン」


 穏やかな顔のまま名前を呼ばれる。


「お前は侯爵家の人間だな。お前のような貴族が残したゴミをご馳走と呼んで食べたことはあるか? 貴族に、平民に、人に人間扱いされなかったことはあるか? 恵まれた家系に生まれたお前に私のなにがわかる?」


 確かに、前世でもそんな過酷な過去は経験していない。


「お前には過酷な過去があるのかもしれない。でも、それがなにも生きちゃいない。結局、お前も自分だけが良ければ良いという考えの人間だ。前王を暗殺して王様気取りだろうが、お前は結局ゴミ以下の存在だ」


 少し熱くなって言葉使いが汚くなるが、相手はなにも気にしていない様子で冠を掲げた。


「お喋りが過ぎたな。刮目せよ、悪魔の復活を」


 アルブレヒト王は冠を粉々に砕いた。


 砕け散る冠の破片が粉塵となって舞う。


「アルブレヒト──!」


 それまで止まっていた悪魔の時間が再び再生された。


 そのセリフから、アルブレヒト公爵との対話の途中で時を止められたと思われる。


「悪魔ケレスよ。私はお前の封印を解いたアルブレヒトの王──げふっ」


 一番近くにいたアルブレヒト王が悪魔に首を掴まれながら持ち上げられる。


「今、アルブレヒトと言ったか?」


「げふっ。あ、ああ。だが、私はお前の時を動かしてやった」


「ほう。我の時を動かしたということは、我の力が必要というわけか」


「あ、ああ……。そ、うだ」


「ふむ。なら、褒美をやろう」


 そう言ってケレスと呼ばれた悪魔はアルブレヒト王の腸を引き裂いた。


「が、あ……」


「ケレス!!」


 いつの間にかウルティムが剣で相手に飛び掛かっていた。


 完全に隙をついていたが、物凄く速い反応でウルティムの剣を防いだ。


「お前は、アリエスではないか。どうしてここに。お前の時代から数百年は経っているはずだぞ」


「御託は良い。お前を殺す」


「ほう。よかろう。また呪いをかけて欲しいみたいだな」


 ウルティムと悪魔ケレスの因縁の対決が始まった。


 アルブレヒト王は悪魔にやられたから、全員でかかれば良い。ウルティムとの因縁はわかるが、数の暴力で押せばなんとかなる。


 ただ、今はエリスさんはショックを受けてホネコの胸で泣いてしまっている。落ち着くまで時間がかかるだろう。


 俺だけでもウルティムの加勢に出る。


 そう思ったところで。


「くっくっくっ……」


 腸を引き裂かれたはずのアルブレヒト王が立ち上がった。


 傷が瞬く間に塞がっていったかと思うと、穏やかな見た目はどこへやら。魔人と化してしまった。


 魔力は感じない。


「素晴らしい……。素晴らしいぞ、この力!」


 悪魔に魔人にされたか。さっきの褒美ってのはこのことかよ。


「ああ……。我慢して良かった。メインベルトが研究していた血を我慢し、悪魔自ら力を分け与えてもらえて良かった。これなら誰にも負けぬ。早く試したいぞ。この力を」


 薬物中毒みたいな言葉使いをしやがって。魔人と化した王が俺を見つめてくる。


「まずは貴族のお前からだ。リオン・ヘイヴン」


 魔人と化したアルブレヒト王が襲い掛かってきた。

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