第80話 どの業界も人手不足で中年が若手と呼ばれる現実

 エリスさんが襲われた現場は宿から近かった。


 派手に砂煙なんか上がってやがる。


 その中からエリスさんの魔力を感じた。


 良かった。


 今の一撃を間一髪で避けたみたいだな。


 しかし、安心している場合ではない。


 砂煙の中の影が、斧のような物を振り下ろそうとしているのが見える。


「エリスさん!」


 俺はドラゴンの杖を持ち、砂煙の中に乱入する。


「リ、オン、様……?」


 エリスさんの、どうしてここに? みたいな声が聞こえるがそれに構っている暇はない。


 なんたって俺の前には斧を持った大男がいるからな。


「ぬ? いつの間に……。だが、もう遅い。エリス諸共死ねい!」


 そいつが容赦なく斧を振り下ろしてくる。


 ドオオオオオオン!


 力任せの斧をなんとかドラゴンの杖で防いだが、反動で地面が割れる。


「おっも……」


「ぬっ。我が一撃を受け止めるとは……」


「ヴィ、エルジュ!」


「はい」


 こちらの呼びかけにヴィエルジュが風魔法を加速させてエリスさんを掻っ攫うように助ける。


「よい、しょー!」


 助けたのを確認すると、受けている斧を思いっきり弾き返す。


「ぬ!?」


 まさかこのヒョロイ体の奴に返されるとは思っていなかったか、よろよろと後に仰け反った。


「ぬふぅ。やるのぉ」


「お前らは何者だ? どうしてエリスさんを殺そうとした?」


「よかろう。我が一撃を耐えた褒美として教えてしんぜよう。我等はアルブレヒト暗殺部隊。王の命により──」


「なにをべちゃくちゃ喋ってやがる、ビーグ」


 いつの間にか現れた小柄な男がわざわざジャンプして大男の頭にツッコミを入れていた。


「すまぬスール。だが、この者へ我が一撃を受け止めた褒美として質問に答える義務がある」


「バカ。その謎の騎士道精神みたいなの早く捨てろ。俺らは暗殺部隊なんだから」


「うーむ、しかし」


「そんなことより、王より頼まれた冠は?」


「ここに」


 ビーグと呼ばれた大男の手には冠があった。


「よしよし。予定外の邪魔が入ったが、冠はこっちにある。俺はこれを王に届ける」


「なら、我はこの者と戦っても良いか?」


「勝手にしろ。あんまり派手に暴れんなよ」


「御意」


 言い残してスールと呼ばれていた小柄な男はほうきに乗って駆け出した。


「あ! 逃げんな!」


 俺が小柄な男を追いかけようとすると、ズンっとビーグと呼ばれた大男が俺の前に立ち塞がる。


「我との勝負から逃げるつもりか」


 くそ。戦闘狂タイプの大男か。うぜぇ。しかも、なんか実力を認められた感じっぽい。だりぃ。


 こんな奴の相手をしている間にも冠がどこかに行っちまう。


「うらあ! 出番だぞ、ゴーレムちゃん!」


『OOOOOOHHHHHH!!』


 あれはカンセル先生の造形魔法、ゴーレムちゃん。久しぶりに見た。


「リオン。お前はヴィエルジュとさっきの奴を追え。エリスとこいつは俺とゴーレムちゃん(改)でなんとかしくからよ」


 どこらへんがゴーレムちゃん(改)なのだろうか。まさかあのデカリボンとか言わないよね。


 でも、まぁ、ここはカンセル先生とゴーレムちゃんに任せるか。


「ヴィエルジュ」


「はい」


 ヴィエルジュが風魔法でこちらまで飛んで来てくれるので、キャッチしてお姫様抱っこでさっきのほうきに乗った男を追いかける。




 ♢




「待てええ!」


 流石はヴィエルジュ。全力で風魔法を飛ばしてくれたおかげでほうきに乗った男に追いつく。


「げっ。もう来やがった」


「ほうきに乗るのは魔女っ子って決まってんだよ! 中年がほうきに乗ってんじゃねぇよ!」


「誰が中年だ! 俺はまだ50歳だぞ!」


「ど中年じゃねぇか!」


「俺の業界じゃ若手じゃ!」


 そんなことを言ってスピードを上げる。


 異世界でも人材不足が深刻化してんだね。


「ご主人様。こちらもスピードを上げます」


「よろ」


「えいっ」


「ぶっ!」


 やっべ。これまでにないくらいのスピードで相手を追いかける。


 向こうはアルブレヒトの街中を蛇行運転しやがる。それを追いかけるからこちらも蛇行運転になって酔いそう。三半規管弱いんや。


 街中から路地裏を抜けて、そのまま夜空に向かって飛んで行ったと思ったら、そのまま急降下して、また狭い道へと入る。


 あかん。ゲロ出そう。でも、今吐いたらヴィエルジュにぶっかかる。美少女にゲロぶっかけるなんてちょっと興奮するけどあかん。絶対に。


「良い加減に、しつこいぞ!」


 ほうきに乗った中年から煙幕のようなものが放たれる。


「けほっけほっ」


「ヴィエルジュ、大丈夫か?」


「けほっ。大丈夫じゃないです。キスしてご主人様の新鮮な空気をください」


「よし。大丈夫だな」


「むぅ」


「あの中年、せこい真似しやがって」


「見失いましたか?」


「ああ。魔力も感じない。逃しちまったな。ヴィエルジュ、風魔法解いてくれ」


 吐きそうだし、ヴィエルジュに魔法を解いてもらいその場に立ち尽くす。


「ま、冠にはカンセル先生の遠隔魔法があるし、相手の出方を伺うとするか」


「かしこまりました」




 ♢




 カンセル先生のところに戻ると、ゴーレムちゃんがエリスを抱っこしている光景が見られた。


「わりぃ。いきなりあの大男が煙幕みたいなの巻いて逃しちまったわ」


「こっちも同じやり方で逃げられました」


「そうか。ま、あの冠には俺の魔法をかけたままだからいけるっしょ」


「そうですね」


 ところで……。


「エリスさん」


 彼女の名前を呼ぶと、ぴくりと反応する。


「お話、聞かせて頂いても良いですよね?」


「は、はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る