第79話 話の筋は通っているけどね
アルブレヒト回復学園での授業はチンプンカンだ。
こりゃあれだわ。
魔法が文系で、魔術が理系みたいな感じ。
あ、うん。それがどうしたって話なんですけどね。どっちみちわからんのですよ、はい。
「へぇ、だからこうなって──。ふむふむ、なるほどなー」
隣のヴィエルジュは早速理解を深めたみたい。この秀才様は凄いや。天才(笑)の姉に見せてやりたいくらいだ。
いや、別に授業を受けに来たわけじゃないから。(言い訳)
俺はアルブレヒト王やエリスさんを探りに来たから。(言い訳)
さて、授業中に怪しい行動をしていないかチェックだ。(現実逃避)
チラッとエリスさんの方を見ると、真面目に授業を受けている。
優等生って感じだね。
それにしても、ホネコに髪を切ってもらってから更に可愛くなったな。
もさもさエリスさんも良かったけど、さっぱり清楚なエリスさんの方が好ましいや。
こちらの視線に気が付いたみたいでまた目が合っちまった。
見つめていて気持ち悪いと思われたかな。でも無視するのもなんだし、手を軽くフリフリしておこう。
「てい」
「いっ、ふぇ……!」
いきなり頬を引っ張られる。
「ご主人様、エリスさんにデレデレしすぎ」
「ひふぁふぁへぇはろ、ひほほは。(仕方ねぇだろ、仕事だ)」
「そうですけど、そうですけど……!」
むむぅと拗ねた声を出されてしまう。
「主人様のばぁか」
パチンと手を離される。
いってー。このメイド様ったら思いっきり引っ張りやがって。
すりすりと頬をさするとヴィエルジュが仕方ないって感じで俺の頬に手を置く。
『ヒーリング』
ヴィエルジュが回復魔術を唱えると、俺の頬の痛みが消えた。
「え、うそ。もう回復魔術使えるの?」
「実戦じゃ使い物にならないでしょうが、頬の痛みを和らげるくらいならできそうですね」
「あれ、もしかして俺をモルモット扱いした?」
「てへ⭐︎」
「ご主人様で試すなや」
「それはご主人様がエリスさんにデレデレしているから悪いんです」
「だから仕事だっての」
「そうですけど、乙女心は複雑なんです」
「乙女心ねぇ」
「しかしですよご主人様。これでSMゴッコが捗ります。多少お痛が過ぎても回復して差し上げます」
「とんだ乙女心なこって」
♢
「どうぞ召し上がってください」
「おおー、相変わらずヴィエルジュの料理は美味しそうだなぁ」
昼になり、天気が良いので俺達は中庭で食事をすることにした。
お弁当の中身は俺の好物ばかり。ほんと、良き女よの、ヴィエルジュは。
「あーん、しましょうか?」
「おいおい。悪目立ちするだろ。潜入中だぞ」
「確かに」
少し残念そうにヴィエルジュは俺が先にお弁当に手をつけるのを待っている。
そこら辺の主従関係はしっかりしてんだよな、この子。このままじゃいつまで経ってもヴィエルジュは食べないから遠慮なく先に食べるとするか。
「悪目立ちといえば、エリスさんに目立った行動は見られませんでしたね」
「だなぁ」
今のところ、なんの変哲もないアルブレヒトの生徒って感じだ。
この学園は学内のカースト制度が目立つ。
貴族は貴族のグループが出来ており、平民は平民のグループで仲良くしている。
アルバートにもそういうのがある。実際、俺もくらったし。
人が集まると多かれ少なかれそういうのがあるよね。
何人かの貴族のグループが平民のグループをバカにしているのは見えたが、平民のグループもそれなりの数が多いので、のらりくらりとかわしている様子だ。
だからエリスさんは貴族が怖いし、関わり合いたくないって感じなのかな。
「あ、あの、リオン様」
ヴィエルジュとエリスさんの様子について話し合っているところでご本人登場のサプライズ。
「ご機嫌よう、エリス様」
「ご、ご機嫌よう、です。ヴィエルジュ様」
「エリスさん。どうかしましたか?」
「あ、あの。少し気になるお話がございまして」
「話、ですか」
チラリとヴィエルジュを見る。
「あ、あの、ヴィエルジュ様もご一緒でもよろしいでしょうか?」
「エリス様がよろしければ」
「ありがとうございます」
一礼すると気になることってのを話してくれる。
「この間のホネコ様のご両親との別れの際の言葉なのですが」
「アルブレヒト公爵家の子孫に違いないって話ですか?」
彼女はコクリと頷いた。
「実は、私の亡き両親は本当の両親ではなかったみたい、です」
なんだか最近知ったかのような口振りだな。
「ホネコ様のご両親があまりにも確信的な言い方をしましたから、気になって両親のことを調べてみたら、どうやら私は赤子の頃に拾われた身だったみたいで」
最近まで調べなかったのになぜ今頃になって両親のことを調べたか。ホネコの両親があまりにも確信的な言い方をしたから。
なるほど。理由としてはおかしくない。
「平民であった両親と血の繋がりはない。だから、もしかするとホネコの両親が言っていたことは本当かも知れないということですか?」
「はい」
「でも、どうしてそれを俺達に教えてくれたのですか?」
エリスさんは少し迷ったような顔をしたが意を決して教えてくれる。
「リオン様が授かった冠を少しの間だけ私に預けてはくれませんか?」
なるほど、冠が欲しいか。
自分はアルブレヒト公爵家の子孫の可能性がある。だからその冠は自分が持っているのが筋だ。
そう言われればそうだが……。
「そう、ですね」
考えた結果、冠はエリスさんに渡すことにしよう。
「ホネコの両親もエリスさんが自分達の子孫だと確信していた。それだったらあなたが持つのが良いと思います」
「あ、あ、ありがとうございます」
「でも、すみません。今は待っていません。後で宿に来て頂いてもよろしいですか?」
「は、はい。もちろんです」
ありがとうございます。ありがとうございます。
何度もお礼を言ってエリスさんは去って行った。
「ヴィエルジュ」
「わかっております」
この後、色々面倒なことになりそうだと伝えようとしたけど、余裕の顔で返されちゃった。
♢
アルブレヒトの宿。ここは夏のイベントの時にも世話になった宿だ。
「ありがとうございますカンセル先生」
「これくらい朝飯前ってことよ」
カンセル先生にお願いして、冠に遠隔魔法をかけてもらった。この先生、こういう雑用系の魔法が得意だからね。
「上手くいけばアルブレヒト王とエリス様の正体を暴けるって戦法ですね」
ヴィエルジュの言葉に頷く。
「そゆこと」
「しかし、そんなに上手くいくかねぇ」
カンセル先生の言葉に俺も苦笑いが出ちまう。
「都合良くはいかないかもですね。でも、なにかしらの手掛かりは得られるかも。アルブレヒトの人達は魔法を使えないから遠隔魔法には気が付かないと思いますし」
「ええ。本当に彼等がアルブレヒトの人ならば」
「おい、ヴィエルジュ。物騒なこと言うなよ」
「これは失敬」
舌を出して可愛らしく反省してみせるヴィエルジュ。でも、反省の色は見えない。
「あ、そう言えばカンセル先生。みんなを呼んでくれました?」
「ああ。でもよリオン。思念魔法ってのは疲れるんだ。あんまり先生をコキ使ってくれるな」
「そんな先生かっこ良すぎ」
適当に褒めておこう。
「カンセル先生は凄いカッコいいです」
ヴィエルジュも空気を読んで褒めてくれる。
「あ、そう? イェーイ」
流石はチャラ男。ちょっと褒めたら適当なノリで返してくれる。
コンコンコン。
いつも通りな会話を繰り広げていると部屋のドアがノックされた。
「来たな」
「ええ」
魔力を感知してみると、エリスさんひとりで来たのがわかる。
「はいはーい」
返事をしながら冠を持って部屋のドアを開ける。
そこには魔力感知通りにエリスさんだけが立っていた。
「こんばんはエリスさん」
「こ、こんばんは。リオン様」
「早速ですが、これ、どうぞ」
さっさと冠を渡してしまおうと彼女へ差し出したのだが、彼女は戸惑っているみたいで受け取らない。
「ほ、本当によろしいのでしょうか?」
「ええ。これはエリスさんが持っておくべきものですよ。ですが、ホネコの両親も言っていましたが、取り扱いには気を付けてくださいね」
「は、はい」
ようやくとエリスさんが冠を受け取ってくれる。
「あ、ありがとうございます。ありがとう、ございます」
さっきみたく何度も礼を言うと、ゆっくりと立ち去って行った。
「さて……」
エリスさんの姿が見えなくなったところで部屋に戻る。
「おかえりなさいませご主人様」
「おかえりー」
部屋の中でのやり取りで、その挨拶はどうなのかと思うが、まぁ良いか。
「彼女、早速となにか言ってるぞ」
カンセル先生に言われて耳を澄ますと、声が聞こえてくる。
『これで良かったのかな。これはリオン様がもらったものだったのに。でも陛下は私が持っていた方が良いって……。でもでも、やっぱりリオン様が預かったものだし。でも、陛下が……』
エリスさん独り言激しいタイプなんだね。
「うーん。なんか冠もらったことを後悔してるっぽいぞ」
「自分の意思ではないような感じですね」
ぶつぶつとずーっとなにかを呟きの声が聞こえてくる。
『エリス』
ふと、太い男の声が聞こえてきた。聞き覚えはないな。
『ひゃい』
あー、エリスさんのビクッが脳内再生余裕だわ。
『冠は預かったのか』
『は、はい』
『そうか。夜道は危ない。ここで死ね』
『え……?』
「「「!?」」」
スドオオオンと大きな音が聞こえてくる。
「エリスさんっ!」
俺達は反射的に部屋を出て彼女の後を追った。
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