第75話 ホネコミラクルメイクダウン

「ちょ、あたしは!?」


 ふと気が付くと、ルベリア王女の声が聞こえてくる。


『なんだよ、一瞬光っただけかよ』


『どっかに転移したと思ったわ』


 そして、遠隔魔法によるコメントも聞こえて来る。


 どうやら無事に戻って来られたみたいだね。


 彼等の言葉から察するに、こちらでは時間が経過していないみたいだ。信じていないわけではなかったが、アルブレヒト公爵の言っていた、『時の魔術』ってのは本物らしいね。


『いや、誰だ、その美女』


『なんかいきなり美女が現れたんだが』


『つうかエリスが急激に可愛くなってない?』


『うそ、あの魔法陣って美容系? 私も魔法陣に巻き込まれたーい』


 事情を知らない学生共が好き勝手言ってやがる。


 そして、いきなり声が聞こえるもんだからホネコが、キョロキョロと辺りを見渡した。


「リオンさんやばいですよ、ここ。霊的ななにかがいますよ」


「や、まぁ事情知らなかったらそんな反応になるわな」


「ちょ、待って。それなら勝負しましょうよ、勝負。どっちがホラー要素あるか勝負。だから正々堂々出て来てくださいよ。まじでわたくし怖いですからね、本気でいきますから」


「今のお前はもう骨じゃねぇんだからボロ負けだろ」


「あ、そうでしたね。てへ⭐︎」


 ホネコはどんな容姿をしていてもホネコみたいだな。


「リオン。エリス。お前ら無事なのか?」


 ルベリア王女が心配そうに尋ねてくる。


「特に問題はありません」


「は、はい。大丈夫です」


「リオンはさておき、エリスは髪型が変わっているのだが……」


「はわっ。あわわ、これは……」


 エリスさんがきょどりながら髪の毛をいじる。


「うむ。まぁ可愛いから良いか」


「か、可愛いですか?」


「ああ、似合っているぞ」


「え、えへへ……。可愛い、えへへ……」


 王女に褒められて嬉しそうなエリスさん。その姿を見てドヤ顔してのけるホネコ。まぁ、こいつが髪切ったわけだし、ドヤ顔しても良いんだけど、ちょっとむかつくな。


「それで、そちらの女性は?」


 ルベリア王女が本題に入るかのようにホネコへ視線を向ける。


 そりゃいきなりくり色の髪の美女が現れたらそんな反応にもなるわな。


「あ、わたくしです?」


 おチャラけた感じで自分を指差すホネコ。


「ああ」


「わたくしは……」


 自己紹介をしようとしたところで、ホネコは俺を見るとなにか思いついたように手を合わせた。


「ていっ」


 そのまま俺の腕にしがみついてくる。


「リオンさんのお嫁さんです」


「は?」


「は……?」


『はああああああ!?』


 見事な『は』の三段活用に脱帽しかない。


「おい、ホネコ。なんちゅうこと言っちゃってんの?」


「本当のことでしょ? わたくし達は互いにお風呂に入り、添い寝をし、食事をしました。これが夫婦でないならなんと呼ぶのでしょう」


 本当のことだからなんとも否定しにくい。


『ご主人様』


「ひっ……」


 おそろしく綺麗な声がこちらの耳に届いた。


『後でお話がございます。すぐに戻って来なさい』


「お、おい。ヴィエルジュ……」


『返事は?』


「はいっ!」


 おっかねぇ。こりゃ下手に言い訳なんてしようもんなら処される。


 ホネコも声だけで怯えているのがわかり、そのまま俺から離れた。


「り、リオンさん。今の声の人、めちゃくちゃ怖いです」


 元ガイコツを怖がらせるウチのNo. 1メイド半端ねぇ。




 ♢




 こうして、『学園合同ダンジョン攻略、夏の陣』は無事に終わった。


 アルブレヒト領のダンジョンは特になにもなし、という形で攻略済みダンジョンとして登録された。


 ダンジョンの真実を知っているのは俺とエリスさん。そしてホネコだけだが、それで良いだろう。


 それに今はダンジョンのことを考えている余裕なんてない。


「それで? お風呂に入ったというのは本当なのですか?」


 はい。ただいまヴィエルジュよりお話という名目の尋問を受けているであります。


 ダンジョンからアルブレヒトの宿の俺の部屋に戻った瞬間始まったよね。


「い、いや、あれはホネコが勝手に──」


「イエスかノーか」


「い、イエスです」


「ふーん? 私とは入ってくれないのに?」


「いやいや、一緒に入ったと言ってもだな、ホネコだぞ?」


「それはそれは美人と一緒に入れて楽しかったのでしょうねぇ」


「い、いや、だからそれは違くて……」


「なにが違うのですか?」


「なんて言うか……」


 おい、助けろホネコ。そう思ってホネコに視線をやると、ニヤッとしていた。


「いやー。美人だなんて、照れますなー」


 あの元骨めっ。なにを照れとるんだ。


「どこ見てるの?」


 優しくも冷たい声。それと共に俺の頬に氷でも当たっているかのような感触があった。


「あひょ、ヴィエルジュ、さん? ほっぺたが凍っているのですが」


「気のせいでしょ」


「冷た過ぎて痛いのですが」


「添い寝は?」


「え、あの」


「添い寝はしたのですか?」


 強制的に質問を続けてくる。


「ややや。そ、それもホネコが──」


「イエスかノーか」


「イエス……」


「ふーん。さぞ、あのような美人と共に添い寝ができて楽しかったでしょうねぇ」


 やばいやばい。このままじゃ全部凍っちまう。


 おい、助けてくれよ、フーラ。ウルティム。


 視線を彼女達に向けると、苦笑いを浮かべているだけだった。


 その場を支配しているヴィエルジュに誰も反抗できないといった感じ。まさに女帝。No. 1メイド。


「──はぁ」


 大きなため息と共に俺の頬から冷たい感触がなくなる。


「ホリー・パロ・ディエゴ・ホセ・フラン・ネ・パラ・ホア・リーア・レメオス・スピン・クリスアーノ・サンディ・トリニダ・イ・コメット様も私達と同じ立場ということはわかりました」


 なんでヴィエルジュはホネコの本名をスラスラ言えんだよ。どんなIQしてんだ。


「それをご主人様が助けたというのもわかります。ご主人様は素晴らしいことをしました。けど……。美人ばっかり……むぅ……」


 納得いっていないと言ったような目で俺を睨んで来る。


「ヴィエルジュさん。わたくしのことはホネコとお呼びください。長いですし」


 ここでようやくとホネコがフォローに入ってくれた。やっと話題が変わる。


「しかし、その呼び方はなんだか失礼な気がします」


 同じ境遇とわかっているからか、ヴィエルジュは気を使うセリフを吐く。それにフーラとウルティムも頷いた。


「確かに、こんな綺麗な人をホネコって呼ぶのは抵抗あるよね」


「骨っぽくない」


「あ、なるほど」


 フーラとウルティムの言葉を受け取り、ホネコは声をあげると次の瞬間、ピースサインを目元に持っていく。


「ホネコミラクルメイクダウン♪」


 なんか変な呪文唱えている。


「これならどうですかね?」


 ガイコツの姿となった。


「「「「ぎゃああああああ!!!!」」」」


 俺とヴィエルジュ、フーラとウルティムの悲鳴が上がると同時に。


「ぎゃああああああ!」


 ホネコも悲鳴を上げた。


 ヴィエルジュとフーラとウルティムが俺に抱きついてくるのはわかる。俺だって怖かったもん。


「いや、待てホネコ。なんでお前まで抱きついて来てんだよ」


「だっていきなり大きな声を出すんですもの。ビビりまくりですよ」


「なんで脅かした側がビビってんだよ。つうか、なんで骨になってんだよ」


「ふっ。わたくし程になりますと、ガイコツ姿と美女姿の両方に変身可能なのですよ」


 魔人の呪いを長い時間をかけて制御できた結果の賜物なのだろうか。いや、ガイコツになる意味ってあんのかね。


「しかし、これでみなさまも心置きなくホネコと呼べますね♪」


 コクコクコク。


 メイド三銃士が恐怖のあまり頷くことだけしかできなかった。

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