第74話 導かれた理由

 隠し扉の先には花畑が広がっていた。


「きれい……」


 エリスさんが見惚れて声を漏らす。洋館の中にこんな場所があるなんてね。ここだけ家の中じゃないみたいだ。まさに隠し部屋って感じ。


「ここはお父さまとお母さまのお気に入りの地下庭園です。ここへ来ればお母さまも落ち着きを取り戻してくれるかと思いまして」


 ホネコの言葉は本当らしい。


 俺達を追いかけて来たホネコの母親の様子が変わった。


 持っていた剣をポトリと落とし、そのままゆっくりと歩み出す。


 俺達のことなんて最初から狙っていなかったかのように横切って行く。


 どこに向かおうというのか。


 ホネコの母親の動向を見守っていると、奥の方に大きななにかが見えた。そして、そこにもたれかかっている人影が見える。


「あれは──!」


 ホネコがそれに気が付いて、母親と共に駆け寄った。


「お父さま!」


 ホネコの叫びに俺とエリスさんもそこへ向かう。


 近づくと、オブジェクトのようなもの正体がわかる。


 それは禍々しい魔人だった。ヴィエルジュやフーラ、ルベリア王女が魔人化した時の姿に近しい形をしている。


 だが、まるで時間でも止まっているかのように、ピクリとも動かない。


 そいつにもたれかかっている人影は、冠を被ったガイコツであった。


「BORY……」


 ホネコの母親が冠を被ったガイコツを心配そうに見つめている。


「お父さま! お父さま!!」


 やはりというべきか、冠を被ったガイコツはホネコの父親らしい。母親はティアラを。父親は冠を被っていると言っていたもんな。


「……ホ、リー……?」


 冠を被ったガイコツが声を漏らす。


「お父さま。ああ、気が付いたのですね」


「BORYY……!」


 ホネコとホネコの母親がホネコの父親に抱き着く。


「おお、ホリー。それに我妻、リア。まさか現世で会えるとは、夢にも……」


 ホネコの父親はホネコ同様に人としての意識があるように思える。母親みたく襲ってくる気配はなさそうだ。


「勇者殿」


 ホネコの父親は、ホネコの母親とホネコに抱きかかえられて立ち上がる。


「あなたが来るのを長い間、待ち望んでおりました」


 その口振りと目の前にいる魔人のようなもの。そして日記のことを考えると──。


「あなたが魔法陣を施し、俺達を呼び出したのですね?」


「はい。勇者マリンと同じ魔力を持つ者を長らく待っておりました。いつかきっと、あの魔法陣に勇者殿がお見えになる。私達の娘を救ってくださることを願い、未来へ希望を託したのです」


 ホネコの父親は事情を説明してくれた。


「私達の娘であるホリーは昔から体内の魔力量が人間の規模を超えて大きかったのです。

 多大なる魔力を制御できず、ホリーは自分の魔力に身体を蝕われてしまいました。私達が生きていた時代の魔術ではどうにもならなかった。

 勇者マリンであれば治せるという情報は得たのですが、勇者が生きていたのは私達より前の時代。途方に暮れ、私達は悪魔に魂を売ることにしたのです」


 彼の話は日記の内容と相違なし。ということはつまり──。


「目の前にいるのが、その悪魔ですか?」


「その通りです。私達夫婦は悪魔に魂を売り、この悪魔にホリーを治して欲しいと願いました。悪魔は私達の願いを望まぬ形で叶えたのです。人間ではなく、魔人として」


「魔人……」


 この悪魔ってのは、人を魔人化することができるのか。


 ウルティムが魔物から魔人の呪いを受けたと言っていたな。


 だったら、こいつがウルティムに呪いをかけた魔物ではないのだろうか。


 その魔物を倒したとは聞いていないから、可能性としてはあり得る。


「娘は魔人と化してしまい、悪魔は私と私の妻をも魔人化してしまいました」


 少し考えが逸れてしまったな。


 改めてホネコの父親の話を聞くこととしよう。


「私は魔人化している途中でアルブレヒトの秘術である、『時の魔術』で悪魔の時間を止めました。

 この悪魔を倒すことはできない。せめてこれ以上の被害が出ないように悪魔の時間を止める。それが悪魔に魂を売った私にできる唯一の罪滅ぼし」


 この悪魔は本当に時間が止まっているのか。それって物凄い魔術なのではないだろうか。


「時の魔術は強力な故、副作用も大きい。悪魔の時を止めた代わりに家の時間軸がおかしくなりました。時が進まなくなってしまったのです」


 目の前の悪魔は時間が止まっているため動かない。その副作用でこの家の時が進まなくなってしまった。だから外はずっと悪天候が続いているのか。


「時が進まないのは家だけ。妻とホリー自体の時間は進んでいたようです。

 だから、人並みの魔力しか持たない妻は依然として魔人化している状態なのでしょう。ホリーはその莫大な魔力量から、長い年月をかけて魔人化を制御できたのだと思います」


 だからホネコの母親は魔物みたいだけど、ホネコは人間っぽいってことなんだな。


 家の時間は進まないが身体の時間は進んでいる。


 いくら魔人だろうと飲まず食わずで過ごしていたらいずれ身体は腐っていく。ガイコツだけになっても動いているのは魔力のおかげか。


 時の魔術を使用した副作用は時の牢獄に閉じ込められる。なんとも残酷な魔術だ。


「時の魔術は莫大な魔力を使用します。私も人並みの魔力しか持たないため、死を覚悟して時の魔術を使用しました。今、かろうじて意識があるのは魔人化の途中だったためかと思います」


 ホネコの父親の状況。母親の状況。そしてホネコの状況説明を聞き終えて、ホネコの父親は頭を下げる。


「勇者殿。どうかお願いです。ホリーを。私達の最愛の娘を救ってはくれませぬか?」


 そんなもの、答えるまでもない。


 俺はホネコへと自分の魔力を送った。ヴィエルジュの時と。フーラの時と。ルベリア王女の時と。全く同じように。


「あ……」


 光が彼女を包み込むと、フサァっと長く綺麗なくり色の髪が靡く。


 美しい顔立ちは令嬢と呼ぶに相応しい。可愛いというよりは美しいという表現が合う。


 先程までのガイコツがこうも美しく蘇るとは。


「きれい……」


 エリスさんは地下庭園を見た時と同じような声を漏らした。


 それほどにホネコの真の姿は美しかった。


「優しい光。胸の中からリオンさんを感じます……」


 ホネコは自分の胸に手を置いて、自らの復活を噛み締めていた。


「ね? わたくし絶世の美女でしょ?」


「あ、ああ」


 否定できないために、生返事をしてしまう。


「なんです? まさか、今更惚れ直したとかですか?」


「いや、ウチのメイド達の方がレベル高いわ」


「うそー。わたくしより綺麗な人が存在するなんて驚きです」


 口に手を当ててわざとらしいリアクションを見せるホネコはなんだか無理をしているような気がした。しかし、それもすぐに真剣な顔に変わる。


「リオンさん。お父さまとお母さまも元の姿に戻すことはできますか?」


「できると思う。だけどそれは……」


「お願いします。お父さまとお母さまも元の姿に戻してくれませんか?」


 彼女の口振りから、父親と母親を元に戻すとどうなるのかわかっている様子だ。


 俺はホネコの父親に視線を向けると、察したように頷いてくれる。


「勇者殿。お願いしてもよろしいですか?」


「良い、のですか?」


「はい」


 本人が言うのなら望むままに。


 俺はホネコの両親にも自分の魔力を送った。


 すると、冠を被ったガイコツは威厳ある男性の顔に。ティアラを被ったガイコツは慈愛に満ちた女性の顔が現れる。


「またこの姿に元に戻れるとは……」


「……わたくし……。これは──?」


「お父さま! お母さま!」


 ホネコが両親に抱きつく。


 両親はすぐに彼女を抱き返した。


「ホリー……」


「ああ、ホリー。奇跡かしら。また元気な姿のあなたに会えるなんて」


「お父さま……お母さま……」


 本当の意味でホネコは両親と再会できた。


「うう、ホネコ様。良かったです。良かったですぅ」


 エリスさんも親子の感動の再会に涙を流していた。


 ただ俺は、この後のことを思うと素直に涙を流すことはできない。




 ♢




 感動の親子の対面も束の間。ホネコの両親の身体が段々と透けていく。


「リオン様。おふたりの様子がおかしいです」


「エリスさん」


 俺が彼女へと説明する。


「魔人の呪いは魔力量が高くないと克服できない。人並みの魔力しか持たない者は耐えられずに死んでしまう。ホネコは体内の魔力量が高いから克服できましたが、人並みの魔力しか持たないふたりは──」


 そうだ。ヴィエルジュもフーラも、ウルティムやルべリア王女だって、魔力量が非常に高かったから克服できた。普通だったら克服はできなくて死んでしまうんだ。


 ホネコの両親も、本来なら魔人の呪いに耐えられずに死んでいただろう。


 しかし、ガイコツになってまで現世に残れたのは、娘を思う親の愛の気持ちが勝ったとしか思えない。根拠はない。でも、そんな気がする。


「そんな……。せっかく親子で再会できたのに……!」


 うう……とエリスさんは手で顔を覆い、誰よりも大きく泣き出してしまった。


「悪魔に魂を売ったにも関わらず、元の姿で家族と再会できた。これほどまでに幸せなことはございません」


 ホネコの父親が幸せそうな顔をすると、ホネコの母親がエリスさんを、ギュッと抱きしめた。


「ありがとうございます。わたくし達のために泣いてくださり」


「おかあ、さん……?」


「あら。ふふ……。そうですね。わたくしもなんだか娘を抱きしめているかのようです」


 ホネコの母親はガイコツの時とはうって変わり、かなり慈愛に満ちている。


「ホリー。あなたも来てくれないかしら」


「お母さま」


 エリスさんとホネコを同時に抱きしめている様子は、まるで姉妹をあやす母親だ。


「エリスさん。あなたからはなんだか私達に近いなにかを感じます、もしかすると私達の子孫なのかもしれませぬね」


 ホネコの父親がそんなことを言ってのける。


「い、いえ、私はただの平み──」


「ええ。きっとそうだわ」


 エリスさんが自分は平民だという前に、ホネコのお母さんが言葉を続ける。


「こんな素敵な子孫が今後誕生なさるのね。嬉しい限りです」


 なにかシンパシーみたいなものでも感じるのか。ホネコの両親はエリスさんを自分達の子孫だと確信しているかのような物言いだった。


「勇者殿」


 女性陣が抱き合っている間、ホネコの父親がこちらを呼んでくる。


「私の家にある財産を持って行ってください。あなたに使われるならば本望です」


「そんな……」


 公爵家の財産だなんてどんだけあるのか気になるが、今のシリアスな状況で素直に喜んでもらうだなんて言えない空気。


「それで……代わりと言っては申し訳ございませんが、こちらを管理してくれませんでしょうか」


 ホネコの父親は持っていた冠を渡してくる。


「この冠にはアルブレヒトの秘術である時の魔術が流れております。この冠が壊れてしまうと、悪魔の時が動き出してしまいます。どうか、この冠を壊さず持っていてはくれませぬか?」


 あ、なるほど。この冠を管理する代わりに財産をくれるってわけね。悪魔管理ってか。


「わかりました」


 それならばと素直に彼から冠を受け取る。


「ホリー。なにもしてやれない母親でごめんなさい。最後にこれを受け取って」


「お母さま……」


 ホネコは母親からティアラを受け取り、大事そうに胸の中にしまう。


「ホリー。最後にあなたを抱きしめられてわたくしはとても幸せでした。わたくし達の元に産まれて来てくれてありがとう」


「お母さま……」


「行こうか。リア」


「ええ。あなた」


 ホネコの両親達は旅立ってしまった。行き先は天国であって欲しい。自然とそう願う自分がいた。


 そして、俺達の使命が終わったのを告げるように、目の前が真っ白になっていく。

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