第71話 超完璧な存在(骨)
ゴロゴロと雷の音と、部屋の窓に当たる雨の音で目が覚めた。
脳の覚め具合から十分な睡眠が取れたと思うのだが、窓の外を見る限りでは雨も雷も全然止んでいないらしい。
昨夜は風呂を頂いた後、ホネコに違う部屋へ案内された。
そりゃ、ホネコの部屋のベッドはエリスさんが寝ているし、同じ部屋で休むなんてできないからな。俺としてはありがたかった。
こんな怪しい場所にひとりで寝るのはちと怖かったが、ホネコがガイコツらしくないからか、すぐ眠ることができた。
しかし、なんだ。
なんかやたらと固い感触があるんだけど。
くるりと寝返りをうつ。
「グッモーニング」
骨がいた。
「なんでホネコがいるんだよ」
「そりゃわたくし達は夫婦なのですから添い寝くらい普通でしょ?」
「お前の前腕の骨がコリっとして痛いんだが」
「ひどい。昨夜はあんなにわたくしの身体を弄んだのに」
「弄ぶものがねぇよ」
「冗談。そんなに焦らなくても大丈夫。昨夜は楽しかったわよ。ふふっ」
「なにひとつ焦ってねーわ」
こいつとの会話がバカらしくなってきて、ベッドから起き上がる。
「あ、朝ごはんできていますよ。エリスさんを起こしてみんなで食べましょう」
「そういや、エリスさんはまだ起きてないのか?」
「ええ。昨日、身体を拭いてベッドに運んでから一度も起きていません」
相当疲れているのだろうか。
これ、起きた瞬間にホネコを見たらまた気絶するのではなかろうか。
♢
「グッモーニン」
「ぎゃああああああ!」
「やっぱり悲鳴は上げるわな」
さっそくとホネコと共にエリスさんを起こしに行くと、そりゃもうとんでもない悲鳴をあげる。しかしながら、十分過ぎる睡眠を取ったからか、エリスさんは気絶できなかった。
「きゃー! きゃー! 悪霊退散! 悪霊退散!」
「あ、ちょ──」
エリスさんが無意識になにかの魔術を唱えているらしい。
「待って、待って、逝きます! これ、ダメ逝っちゃう!」
「悪霊退散!!」
「おほっ♡ 無理無理無理! 無理でしゅ、逝っちゃううう♡♡♡
本気で成仏しかけているのに、ホネコのやつ楽しそうだな。
「あっ♡ これ、昨日のリオンさんよりテクやばめ♡ わたくしが求めてたの、これ♡ 童貞と全然違う♡」
「ようしエリスさん。そのまま浄化しよう」
「しゅみましぇん、しゅみましぇん、待って、本気で逝くから」
「二度と戻って来るな」
「ああーん♡」
♢
ホネコは案外粘り強かった。
あのままエリスさんの無意識の魔術を受けても現世に留まっていた。
その内、エリスさんが落ち着きを払ってくれたので事情を説明。
人間ってもんはどんな状況でも時間が経てば腹が減るものなので、ホネコの朝食を頂くことに。
「わぁ……」
随分と冷静になったエリスさんが少女のような声を漏らした。
リビングみたいなところに通されると、テーブルには朝食とは思えないほど豪華な食事が盛られている。
「これ全部ホネコが作ったのか?」
尋ねると、可愛いネコちゃんエプロンを纏ったホネコが答える。
「容姿端麗、頭脳明晰、運動能力抜群。おまけに声は可愛くて、愛嬌もあり、家事、育児、全てにおいて最強です。ふっ、恐ろしいですよ、わたくしという完璧な存在がね」
「唯一の欠点は骨か」
「そーなんですよねー。わたくし、骨なんですよねー。って、おいっ!」
「ノリツッコミもできるんだな」
「完璧な女でしょ?」
こちらの中身のない会話の途中に、エリスさんがおそるおそる尋ねてくる。
「あの、こちらの食事は私みたいな平民が頂いてもよろしいのですか?」
「なにを仰いますか。こちらの料理はリオンさんとエリスさんのために作ったのです。食べていただかないとわたくし泣いちゃいますよ。ま、涙は出ないですけど」
骨ジョークを受け流しながら、エリスさんはまるで夢の国に舞い降りたみたいな顔をして、神に祈りを捧げると食事に手をつける。
「お、美味しい……」
彼女に続いて俺も食事に手をつける。
「あ、本当だ」
「でしょでしょー! 愛情込めて作りましたからね」
「このスープなんて絶品だな」
「それはわたくしで出汁を取ったスープです」
「ぶふっ!」
思いっきり吹き出してしまった。
つうか、エリスさん? なんでリアクションなしで食えるの?
「言ったじゃないですか。愛情を込めて作ったって」
「愛情(物理)を込めんな」
「でも、美味しいでしょ?」
「めちゃくちゃうまいよ、くそが」
「わたくし、くそじゃなくて骨です」
「うるせーよ」
エリスさんはこちらの会話が聞こえてなかったのか、ペロリと平らげていた。
「ご馳走様です」
「お粗末様です」
「こんなに美味しい料理を食べたのは初めてです」
「そうでしょ、そうでしょ。やはりわたくしは完璧な存在。嫁にも出汁にもなります」
嫌な完璧だな。
「本当に……。私だけこんな贅沢をしてしまい……」
エリスさんは少し泣きそうになっていた。
「エリスさん?」
「あ、申し訳ございませんリオン様。私は平民の産まれですので、こんな豪華な食事をしたことがなく……。亡き両親に食べさしてあげたかったと思うと……」
「……アルブレヒトは貧富の差が激しいのですか?」
尋ねるとコクリと頷く。
聖なる国の裏側には貧困に悩む人達もいる。いや、それはステラシオンもアルバートも同じか。前世でも同じだったんだ。時代が変わっても、世界が変わってもこの問題が解消されることはない。人間が生物の頂点に立つ限りは……。
「す、すみません。楽しい食事の時間が私みたいな平民で台無しにしてしまい……」
「そんなことはありません。エリスさんのことが知れて嬉しいですよ」
「リオン様……」
「そうですよエリスさん。わたくしの料理でよろしければいくらでも作って差し上げます」
「ホネコ様……。ありがとうございます」
エリスさんが礼を言うと、ゴロゴロと雷の音が聞こえてくる。
「そういえば一晩経っても雨も雷も鳴り止まないな」
「言われてみればそうですよね。外も暗いままですし」
俺とエリスさんの声にホネコも同意してくる。
「おかしいですよね」
「お前が一番おかしんだよ」
「骨ですもんね」
素直に認めてるよ、こいつ。
「しかし、どうするか。この悪天候で外に出るって言うのもなぁ」
「そもそも、雨宿りをさせてもらうために入りましたものね」
「わたくしとしては、晴れるまでここにいても構いませんよ?」
ホネコが軽い感じで言ってくる。
「良いのか?」
「もちろんです。ここにはわたくししかいませんし。おふたりが良ければ」
エリスさんと顔を見合わす。
「俺としては外の方が危険だと思います」
「はい。リオン様の言う通りかと」
エリスさんも同じ意見らしい。どうやらホネコが悪いガイコツではないことを察したみたいだな。開幕、悪霊退散をしたとは思えないくらいの即答だった。
「じゃ、ホネコ。もう少しここにいても良いか?」
「もちろんです。では夫婦生活の延長ということで」
そういえばママゴトをしているのを忘れていたな。まぁ、外に出るよりも骨とママゴトしてる方が何倍もましか。
そんなママゴト相手のホネコがジッとエリスさんを見つめる。
「大変失礼なのですが、もしかしてエリスさんが髪を切らない理由というのは……?」
ホネコは語尾を濁らして尋ねると、エリスさんは苦笑いを浮かべる。
「髪を切るのもお金がかかりますので……」
「それは勿体ない。こんなに美しい顔立ちをしているというのに。わかりました。ここは美容師もできるわたくしにお任せを」
「お前、髪も切れるのか?」
「なんでもできるのがわたくしなもので」
本当に骨以外は完璧なんかよ。
「あ、ええっと……。本当に良いのですか? 私なんかの髪を切って」
「なにを仰いますか。オシャレは女の子の特権ですよ。任せてください」
そういうわけで、嵐が去るまでもう少しこの洋館に世話になることとなった。
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