第70話 出血大サービス(骨)
「これはどういう状況なのか……」
エリスさんが気絶したのはわかる。いきなりガイコツが出て来たら、そりゃびっくらこいて気絶のひとつもしてしまうだろう。
しかしだ、ガイコツ。お前はどうなん?
つうかガイコツが動くとか魔物だろう。魔力も感じなかったし。
いつ襲って来ても良いように、警戒しながらドラゴンの杖を構える。
「お待ちください」
どこからともなく女性の声が聞こえてくる。これがまたアニメ声で耳に心地良い。
「わたくしは悪いガイコツではございません」
アニメ声を放ちながら起き上がるガイコツ。
「いや、お前の声かい」
ついツッコミを入れてしまうのを許して欲しい。正直言うと俺も今の状況が怖いため、こうやってツッコミを入れてなんとか恐怖を緩和させているんだ。
「申し訳ございません。久々の来客で驚いてしまい。お客様に失礼な態度を取ってしまいました」
「あ、ああ。いえ……」
なんか礼儀正しいガイコツだな。本当に悪いガイコツではなさそうだ。
「申し遅れました。わたくしの名は、ホリー・パロ・ディエゴ・ホセ・フラン・ネ・パラ・ホア・リーア・レメオス・スピン・クリスアーノ・サンディ・トリニダ・イ・コメットと申します」
どこの有名画家だよ。
「あはは。わたくしの名を聞くと皆様同じような反応をします」
「なんかすみません」
「良いのですよ。長いので愛称で呼んで頂けると幸いです」
「愛称?」
「はい。わたくしのことはホネコと呼んで頂ければと思います」
それはネタなのか、それともマジなのか。だが、覚えやすいからそう呼ぶことにしよう。
「不思議な魔力のあなた様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「リオン・ヘイヴンです」
「リオンさんですね。そちらの伸びているお方は?」
「エリスさんです」
「リオンさんにエリスさん」
噛みしめるように俺達の名を呼ぶ。
「きゃああああああ!」
唐突にホネコが悲鳴を上げた。
「今度はなんだ!?」
「リオンさんのエッチ!!」
言いながらホネコは身体を隠すようなポージングを取る。
「わかります。リオンさんの年頃になると女の子の裸に興味があるのはわかりますが、あんまり見ないで……」
「女の子の裸に興味はありますが、極限までの裸には興奮しないタイプなんで大丈夫です」
♢
「申し訳ございません。お風呂に入っていたため、裸だったのを忘れておりました」
ガイコツも風呂に入るんだなぁ。
なにはともあれ、ホネコが中へ通してくれて、洋館の一室に案内してくれる。
ガイコツが住んでいるとは思えないほど綺麗な部屋。そのベッドにエリスさんを寝かしてくれる。
いつの間にかホネコはお姫様が着てそうなドレスに身を包んでいた。ガイコツがドレスを着ているのを初めて目の当たりにしたが、おどろおどろしいな。
「それで、リオンさんはどうしてわたくしの家にやって来たのでしょう」
ホネコから真っ当な質問が飛んでくる。
「俺達はアルブレヒト領にある未開拓のダンジョンを攻略するため、ダンジョンの奥まで進みました。そこで急に魔法陣が現れて、森の中に飛ばされました。雨と雷が酷かったため、凌げる場所を探していたところ、洋館を見つけたので尋ねてきた次第です」
「ふむふむ……」
ホネコはこちらの説明に難しい顔(ガイコツだから定かではない)をした。
「それは大変でしたね」
難しい顔をしたわりには簡単な返事だな。
「ホネコさんが呼んだわけではないですよね?」
悪いガイコツではなさそうだが、油断はできない状況だ。いつ襲って来ても良いように杖を素早く出せる用意はしておく。
「滅相もございません。わたくしはただのガイコツ。それ以上でも、それ以下でもございません」
「ガイコツ以外の何者でもないってことは、魔物ってことでしょうか?」
踏み入ったことを聞くと首を横振る。
「いいえ。わたくしは人間ですよ。今は死んでしまってガイコツですがね」
こいつのジョークは笑えない。
「この世に未練があるからガイコツとして生きているんですか?」
「おそらく……」
なんとも曖昧な回答だな。
「申し訳ございません。なにせ死んでしまったのは随分と昔ですので記憶が曖昧なのです。なにか大事なことを忘れている気がするのですが、それを思い出せません」
思い悩むように言ってのけるホネコ。
「あ、そうです」
思い出したかのような声を上げる。
「わたくし、お嫁さんに強い憧れがあったのです」
「女の子の夢ランキングにちょくちょく出てくるお嫁さんね」
「もしかしたら、誰かのお嫁さんになれば成仏できるかもしれません」
「誰かのお嫁さん?」
ジーっと俺を見つめてくる。
「おいおい。まさか……」
「てへ♡」
「骨と結婚とか冗談じゃねぇぞ」
「まぁまぁまぁ。そこは本当の結婚じゃございません。所詮、ママゴトですので少しお付き合いくださいな」
言いながら部屋のタンスよりなにかの紙を取り出した。
「軽くここにサインを」
「ガチの婚姻届けを出すママゴトがあるかよ」
「ちっ。バレたか」
こいつ、骨のくせして結婚詐欺しようとしてきたんだけど。
「リオンさーん。お願いしますー。今夜だけお付き合いくださいなー」
「思いっきり詐欺ろうとした奴なんか信用できるか」
「行くところないんでしょ? 今夜は大雨だし、雷も強い。泊めてあげますから、お願いしますよー」
確かに、ママゴトを断って追い出されたら大雨の中を狼に襲われる恐怖と戦いながら一夜を過ごさないといけない。それならアニメ声のガイコツとママゴトしている方が安全か。つうか、エリスさんも気絶しているし、選択肢は一つしかないな。
「わかったよ。少しだけだぞ」
「やたー」
ガイコツが無邪気に喜んでやがる。
「ではではー。風邪を引かれる前にお風呂でもどうぞー」
身体はびしょ濡れで冷えている。ここはありがたく風呂をもらうことにしよう。
♢
洋館の風呂はこれまたでかい。スーパー銭湯並みのでかさだ。
こんな広い風呂を独り占めだなんて贅沢な使い方だ。
この風呂も綺麗にしてある。ホネコが掃除をしているのだろうか。
「しかし……うーむ……」
湯舟につかりながら考える。
ここはどこなのか。戻れるのか。どうして魔法陣が現れたのか。
深い森の中にある洋館。そこに住まうガイコツ。普通ならどこかの国が対処するだろうから、辺境の地にあるのだろう。だが、季節はステラシオン、アルバート、アルブレヒトと同じ夏だ。そうなると、各国からそう離れていない場所にあると思う。離れていない割には遠隔魔法は作動していないみたいだけどな。野次が全く聞こえない。
そして、どうして魔法陣が現れたのか。これはもしかしなくても俺の魔力に反応したと考えるのが正しいだろう。転生者の魔力にはなにか不思議な力が宿っているみたいだからな。それにたまたまエリスさんが巻き込まれたって感じだろう。
状況としてはウルティムの時と近い。誰かが俺を呼んでいる。しかし、それはホネコではない。
──コツコツと風呂に響く足音で思考が止まる。
まさか、エリスさんが風呂に入って来たのではないだろうか。
おいおい、まだ出会って数日の女性と風呂なんてどんだけ俺は前世で徳を積んだんだ。ブラック上がりだけど、これも神のお告げ。
迷いなく振り返る。
「リオンさんのエッチ♡」
「知ってたよ。ばーか」
振り返るとホネコが立っていた。
「出血大サービスです。わたくしみたいな超絶可憐美少女の裸が見せるのはリオンさんが初めてなんだからね♡」
「骨だから超絶可憐美少女かどうかはわからんな」
「骨の髄まで惚れさせて、あ•げ•る♡」
「その骨が見えてんだよ」
「お背中お流ししましょうか?」
「……じゃ、まぁ、うん。お願いしようかな」
一応、ママゴトの最中だ。相手がガイコツでも泊めてくれていることには変わりない。その恩義は返すのは当然のことだ。
素直に彼女に従い、背中を洗ってもらうことにする。
「……リオンさんってヒョロい身体してますね」
「お前が言うなっ!」
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