第67話 波乱のダンスパーティ

 エリスさんと中に戻ると、さっきまでの優雅な時間は喧嘩祭りへと大変身。


『こんなものはアルバートの不正だ!』


『そうだ! 王族であるフーラ王女が踊れないはずがない!』


『踊れないフリをしてアルブレヒトに恥をかかせる魂胆に違いない!』


 喧騒の中、そんな言葉達が飛び交っている。


 あ、うん。なんとなくわかってしまったよ。


「ご主人様」


 スッとヴィエルジュが隣に来てくれて、コソッと状況を説明してくれる。


「お姉ちゃんがアルブレヒトの男子学生様からダンスのお誘いを受けまして、

 いい気になったのか、

 踊れもしないのにテンションだけで踊りに行き、

 めちゃくちゃなダンスを披露してしまいました。

 それを他の方々がアルブレヒトの男子学生様のエスコート不足を誘いこんだ罠だと勘違いしてしまい、今に至ります」


「つまりはお前の姉ちゃんがモテて調子に乗った結果ってこったな」


「お恥ずかしい限りです」


 この論争にエリスさんは隣でずっと、「あわわ」とパニックになってしまった。


 フーラもエリスさんみたく、この状況にパニックになっているみたいだね。しょうがない。助けてやるか。


「ふ、ふん! 誘ったわりにエスコートもできないみたいだね! アルブレヒトの学生さん達!」


 ビシッ! ドヤッ! じゃねーよ!


 あのバカ。パニックになりながらも王族のプライドが勝ちやがった。


『そうだ! そうだ! フーラ様の言う通りだ!』


『ウチの王女に恥をかかせやがって! フーラ様は踊れないんだぞ!』


「え、あ、ちょ」


『王族なのに踊れもしない女性をエスコートするのが男子の務めだろうが!』


 やめてあげて。フーラのHPがゴリゴリ削られているから早急にやめたげて!


「そ、そうよ! 王族なのに踊れもしないクソ女をエスコートするのが男の務めってもんよ! あは! あはは! あははははー!!」


 フーラの奴、やけくそになってめちくちゃなことを口走ってやがる。


『そんなわけあるか!』


『そんなに可愛くて』


『キュートで』


『可憐な王女が踊れないなんてあり得ない!』


「くっ、おっ……!」


 フーラのやつ、感情がぐちゃぐちゃになっているなぁ。


『そこまで言うなら代表者同士で決着つけようぜ!』


『そうだ! それが良い! ウチのエリスは庶民だからダンスなんてできないぜ!』


『お前らの言い分だったら、そっちの代表は男子だからエスコートできるってことだよな?』


「うっ、ええ……!」


 エリスさんが巻き込まれて吐きそうになっている。


 俺もですよ。エリスさん。


「ウチのリオンくんのエスコート、まじ最強だから。まじ無敵だから! まじ神だから!!」


 すかさずフーラに詰め寄る。


「チョップ」


「いでっ」


「これ以上煽るなっての」


 そう言うと、フーラが涙目で見てくる。


「うう……リオンきゅん……。私、私ぃ」


 そのまま抱き着いてくる。


「おー、よしよし。普段、いじられまくっている身なのに今日はめちゃくちゃモテちまったから、王族のプライドがメキメキ出てきて、いい気になっちまったんだよな」


「うう……。ぐぅの音も出ないよぉ。私、もう、一生いじられキャラで良い……」


 あ、心折れた。


「お姉ちゃん」


 アサシンみたいに音を立てずにヴィエルジュがフーラにコソッと話かける。


「お説教」


「甘んじて受け入れます」


 そう言ってヴィエルジュは俺からフーラを引き剥がすと、ずるずると引っ張っていく。向かう先はウルティムがいるテーブルの方だ。


 ちなみにウルティムは、この喧騒の中でむしゃむしゃと呑気に飯なんか食ってやがります。流石は姫の身でありながら、ステラシオン第三騎士団騎士団長。喧騒より飯なのね。


 それよりも──。


『おらおら、さっさと踊らんかい! アルバートの代表さんよぉ!』


 会場の喧騒はピークになっちまう。


 元々、エリスさんとは踊る気でいたんだが、こんな形で踊ることになっちまうとはな。


「エリスさん。踊ってくれますか?」


 彼女へ手を差し伸べる。


「こ、ここ、この状況で!?」


「踊る以外の選択肢がないと思います」


 エリスさんが恐る恐る周りを見渡す。


 ビクッとビビッてしまっているが、ゆっくりと俺の手を握ってくれた。


 喧騒の中、俺とエリスさんのダンスがスタートする。


 俺達のダンスが始まると喧騒は徐々におさまっていく。


 実は俺ってば前世で社交ダンスを踊ったことがあるんだよね。


 あれはそう、社員旅行という名の役員共を喜ばせる会。


 夕食の時間に社交ダンスをしろって無茶振りを言われて、踊れなかったらしばき回す、なんてパワハラコメントを頂き、必死に練習したよね。


 相手は踊れもしない男。それもガタイMAXの新人くん。


 血と汗と涙の練習したってのに、社内旅行は中止になりやがって殺意がわいたよね。


 だが、ガタイMAXの新人くんとの練習で磨き上げた成果を、今、異世界で果たす時が来た。


 刮目せよ! 我が社交ダンス!


『──なんか普通だな』


『地味だ』


『華がない』


 酷い言われようだね。


『リオオオオオオオン!』


 俺を呼ぶ叫び声と共に剣が突きつけられる。


「あた、あたしと、あたしと踊るって言ったよね!? 言ったよね!?」


 FUAAAAAA! SYAAAAAA!


「ルべリア王女!? 出てる! 後ろからフェニックスが出てるんですけど!?


 フェニックスが出ているもんだから、会場はパニック状態。喧騒は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。


「やかまし! そんなことよりもあたしとの約束を果たせ。果たせええええええ!」


「踊ります! 踊りますからフェニックスしまえ!」




 



 ダンスホールに平穏が訪れたのは宴もたけなわな時間帯。


 毎年のダンス決戦ってのはこのことかと肩を落とす。こりゃすごいわ。


 ルベリア王女が代表に選ばれたのは、剣からフェニックスが出て来たからなんだね。


 そのフェニックスのおかげで会場の騒ぎは一気にそちらに向いて結果オーライ。その後、落ち着いたルベリア王女がフェニックスをしまうと会場は一気に落ち着いていった。


 まだ喧嘩祭りの余韻に浸っていた連中も少しばかりいたが、ステラシオンのガチムチが連行してくれたため、完全に現場は喧嘩モードからパーティモードへと戻る。ありがとうガチムチ共。


 ふぃ、とジュースで一息ついていると、「ふっ」と耳元に氷の息を吐かれてしまう。


「ふゅっ、わっ!」


 耳元を押さえて反応すると、ヴィエルジュが少々怒った様子で隣に立っていた。


「他の女の子達と踊って随分と楽しそうですね」


「巻き込まれただけだっての」


「そのわりにはニヤニヤしておりましたが?」


「そうだった?」


「ふん……。どうせ踊れない私とは踊ってくれないんでしょ?」


 プイッと珍しく拗ねた態度を取るヴィエルジュ。


「俺と踊りたい?」


「別に。他の女の子にデレデレしているご主人様と踊りたいなんて思いません」


 これまた珍しく、拗ねをこじらせてやがるな。


「……私は怒っています。最近、他の女の子とばかり仲良くして、私は放置気味。今回も雑用みたいな役回りでしたし」


 そう言った視線の先には、ボロボロのフーラとそれを慰めるウルティムの姿があった。


 相当なお説教を受けたのだろう。アーメン。


「踊ってくれないのか?」


「踊りません」


「どうしても?」


「……。くっ……私は、怒っているのです。そう簡単にご主人様へなびくと思わないでください」


 こりゃ相当に怒っているな。


 俺はジュースをテーブルに置くと、膝をついて上目遣いで手を伸ばす。


「ヴィエルジュ。俺と踊ってくれませんか?」


 ジッと見つめ合うと、ヴィエルジュは根負けしたような声を出す。


「──う、うう……。ずるいですよご主人様」


 拗ねながらも俺の手を握ってくれる。


「私が押しに弱いの知っててずっと誘ってくるのずるい」


「長い付き合いだからな。ヴィエルジュのことならお見通しだ」


 むぅと膨れるヴィエルジュは、諦めたように言って来る。


「私、踊れないから、ちゃんとエスコートしてくださいね」


「任せとけ。最高の夜にしよう」


「ふふっ。そのまま人生のエスコートもよろしくお願いします」


「そりゃ、ちと重くないか?」


「だーめ。私を怒らしたのですから、それくらいしてもらわないと」


 そんないつものやり取りをしていると、いつの間にかヴィエルジュの機嫌はすっかり直ってくれていた。

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