第60話 アリエスのアルバム(ウルティム視点)

 わたしの名は……アリエス?


 そうだ。わたしは王都ステラシオンの第三王女、アリエス・ステラシオン。


 幼少の頃から剣ばかり振っていたおかげで、王女でありながらステラシオン第三騎士団騎士団長に一六歳の若さでなった。


 魔王軍との激しい戦闘の中、わたしは魔物から呪いを受けた。


 その呪いは人が魔物になってしまう呪い。魔人の呪い。


 魔人の呪いを受けたわたしを国王は苦渋の選択で処刑することにした。当然だ。我が身は敵軍である魔物と同じ見た目と化してしまった。


 そんな時だ。彼女がわたしの目の前に現れたのは。


 魔女マリン。またの名を天性の転生者マリン。


 初めて見た時、女神様が現れたかと思うほどに綺麗で、優しい雰囲気の女性。


 そんな彼女はわたしにとっての本当の女神であった。


 マリンは特殊な魔力でわたしの呪いを解いてくれた。


 わたしは彼女のおかげで元の姿に戻ることができた。


 だが、わたしの呪いは完全に消えたわけではないらしい。


 わたしへ呪いをかけた魔物は二重にわたしへ呪いをかけていた。


 魔人化が解けた時に世界を滅ぼせるほどの大爆発が起こる魔法。


 しかし、それも天性の転生者マリンが対処してくれた。


 だが、完全なる呪いの解除はできず、あくまでも剣に抑えただけ。彼女の魔力に剣が反応すると大爆発が起こるらしい。


 彼女は女神より魔王を倒す命を受けていたとのこと。わたしは彼女の魔力で大爆発を起こしてしまうのならば、一緒にいた方が良い。拾ってもらった命を彼女に捧げたい。


 そのためにわたしは彼女と共に魔王討伐の旅に出ることになった。


 途中、武闘家のガウエン。賢者のパシフェルを仲間に加えて魔王討伐へと向かった。


 魔王討伐は辛くもわたし達の勝利で幕を閉じたけど──。


「アリエス。お前を裏切りの魔女として処刑する」


 わたしの中に眠る世界を滅ぼせる魔法。この魔法のせいでわたしは裏切り者扱いを受けた。


「アリエス。わたしの手で──」


 そうだ。わたしはマリンの手で処刑されそうになった。


 それで……。逃げた……? 必死に逃げて、わたしはわたし自身を封印、した?


 そうだ。きっとそうに違いない。


 悔しかった。苦しかった。


 救った世界の人達がみんなが敵に見えた。ガウエンもパシフェルも。


 マリン。あなただけは信じていたのに。


「100歳になっても仲良しでいよう」と誓ったのに。どうして──。


 次に目覚めた時、わたしはこの世界を滅ぼそうと誓った?


『本当にそうか?』


 唐突に聞こえてくる声。


 マリンと違って男の人の声だけど、マリンみたく優しい声。


『そうじゃないと思うぞ』


 マリンみたいに優しい声の人が続ける。


『ほら、見てみろよ』


 言われて見えた世界は──。




♢(リオン視点に切り替わります)




 ウルティムが頭を抱えてぶつぶつと呟いている内容は彼女の過去なのだろう。


 彼女は魔法ではなくアリエス・ステラシオンという人物で、魔人の呪いを受けたのだな。


 それを俺と同じ転生者が呪いを解いた。呪いは解除できたが、世界を滅ぼせるほどの魔法は転生者特有の魔力で抑えることしかできなかったと。


 その転生者は俺と違い、女神から直々に魔王討伐を命じられた。


 そして魔王を討伐した後に、世界を滅ぼせる魔法を持っているアリエスが危ないってことで処刑。転生者自らの手でアリエスを──って流れか。


 彼女が世界最悪の魔法ウルティムってのは後付けなんだろう。


 うーん、しかしだ。果たしてそうなのだろうか。


 おそらく転生者は俺と同じ日本人。扉の日本語もそのマリンという転生者が書いたものだろう。


 裏切った相手に対して、『アリエスのアルバム』なんて書くだろうか。


 違和感を覚えながら、遺跡の中をキョロキョロすると、奥の壁に扉と同じような剣を刺すくぼみを見つけた。


 そこにウルティムを封印していた剣を刺すと──。


「ウルティム。見てみろよ」


 虚ろな目になってしまった彼女を呼びかける。


 こちらを光のこもっていない目で見てくるのを適当な壁を指差し、そちらを向くように指示を出す。


 ゆっくりと彼女が壁に目をやると──。


「ま、りん……」


 壁一面がアルバム写真のようになっていた。


 マリンと思われる綺麗な女性と楽しげに笑うウルティムの姿。


 それだけじゃない。


 ウルティムのお父さん、お母さん、兄妹達と写るもの。


 魔王討伐を共に成した仲間と思しき人達と写るもの。


 どこかの街の人、村の人との写真。


 様々な彼女の軌跡の写真が壁一面に写し出されている。


 どうやら、マリンっていう転生者はウルティムを封印していた剣にアルバムの魔法をかけていたのだな。

 エスコルさんが言っていた弱い魔法ってのはこれのことだろう。


『アリエスのアルバム』


 こんな素敵なアルバムの魔法を作れるなんて、天性の転生者という名に相応しい。


『アリエス』


 壁一面に、張り出された画像の中に動画のようなものも混じっていたらしい。


 動画で話をしているのは、マリンであった。


『本当にごめんなさい。わたしにもっと力があればあなたの呪いを解くことができたのに、無力でごめんなさい』


 悲しそうに頭を下げ、ゆっくりと語り出す。


『わたしが死んだ時、わたしの魔力が消え、あなたの呪いが発動してしまう。だから、あなたが自ら封印を望んだ時、どうにかならないか必死に調べたけどだめだった。今の時代の魔法じゃあなたの呪いを解くことはできない。だから未来の魔法技術に託すことにする。わたしの封印を解き、あなたの中の呪いを自由に使いこなせる人物が現れたのなら、あなたの呪いは解けたことになる。きっと未来にはそんな人が現れるとわたしは信じているよ』


 マリンは一筋の涙をこぼして悲しそうに言ってのける。


『100歳まで一緒って言ったのに、ごめんね。わたしはアリエスのことを忘れないよ。いつもムスッとしてるけど笑うと可愛く笑う笑顔。勉強が得意って言ってたから日本語を教えたらチンプンカンプンな顔をしたこと。剣は得意だけど足が遅いところとか。ふふっ』


 マリンは涙を拭いて無理に笑っていた。


『楽しい時間をありがとう。アリエス……大好きだよ』


 ぷつんと動画が終わると、マリンとアリエスがまるで姉妹のように仲睦まじく並んで写る写真に切り替わる。


「ウルティム……。いや、アリエス。きみはとても仲間に大事にされていたんだな」


「うっ、あっ……」


 ああああああ──!


 彼女が俺の胸に抱きついて泣きじゃくる。


 過去を思い出し、世界最悪の魔法ウルティムではなく、少女アリエスとして流していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る