第59話 人間でも魔物でもお喋り好きな奴はとことん喋る

 禍々しい姿へと変わり果てた司教様、もとい魔王軍の残党ベスタが襲いかかって来る。


 魔物だからだろうか、奴から魔力を感知することはできない。俺の右目ってのは魔人とか魔物には反応しないみたい。


「死ねええええ! 勇者ああああああ!」


 ベスタが鋭い爪で切り裂こうとしてくるのを魔力感知なしで避ける。


「だから勇者でもなんでもないっての!」


「ほざけ! またテンセーの魔力を使われる前に殺してやる」


 勘違いで殺されちゃたまったもんじゃない。


 魔力感知に頼らず、今までの経験で相手の攻撃を避けていく。


 案外、魔力感知に頼らずとも避けれるのは、今まで培って来た経験からだろうか。ほんと、最近は激しい戦闘が多かったからね。


「ベスタってのはメインベルトのベスタか?」


 攻撃を避けながら、時折、受け流しつつ相手に質問。


 以前、髭もじゃが言っていた組織と名前を出してみる。バンベルガも、「メインベルトなら俺の実力が──」とかなんとか言ってたもんな。


「いかにも。我はメインベルト、暴食のベスタだ」


 普通に答えちゃったよ、この魔物。


 こりゃこのままのノリでいけるか。


「メインベルトってのはなんの組織だ?」


「ふっ。決まっておる。この腐った世界を一度破壊し、理想の世界を創造する同志が集まった組織だ」


 すげー簡単に教えてくれんだね。


「その中にはベスタみたく、人間になりすました魔物もいるのか?」


「我にはわからん。そして我も他の同志達にバレてはいない」


「んで、お前の人間共を根絶やしにするってのと利害が一致したからメインベルトに所属してるってか?」


「ほう、中々に頭がキレるな」


「そりゃどうも」


 魔物おばかさんからお褒めのお言葉をいただき、感謝をしながら剣で攻撃を繰り出す


「くっ。忌々しい勇者めっ」


「俺に勇者だなんて立派な志があるかよ」


 こちとら子供部屋おじさん希望なのに勇者だなんて立派なポジションで呼ばれるのなんて抵抗しかねぇわ。


「マスター」


 こちらの攻防に、ウルティムが横からぶん殴ってくれる。


「ぐおおお!」


 ウルティムの左ストレートがガッツリ入り、ベスタが物凄い勢いでぶっ飛んだ。


 べちっと扉にぶつかる。


 すげー威力。この子、素手でも全然強いのね。


「……くっ」


 しかし、致命傷とまではいかなかったみたい。ダメージはあるみたいだけど。


「ウルティム……。いや、アリエス。どうして邪魔をする」


 ベスタが起き上がるとウルティムに話しかける。


「お前は人間に裏切られた。勇者に裏切られた。魔女の汚名を着せられた」


「魔女の、汚名……」


 今まで聞く耳を持たなかったウルティムがそこにだけ反応を示す。


 それを好機とみたベスタがマシンガンのように早口で言い放つ。


「そうだ。魔女の汚名だ。本当はお前が魔王を倒したのだ。英雄と称えられ、後世にその名を残すのはお前だったはず。お前の力を恐れた王が、勇者が、民が、お前の力に恐れをなした。お前は自分の手で救った人間に全てを奪われたんだ!」


「全てを、奪われ……」


 まずいな。ウルティムの無表情が徐々に崩れていく。


 さっきまで、アリエスと呼んでも反応しなかったのに、裏切りの魔女で反応しちまった。


 こりゃもしかするとあれか──。


「さぁ立ち上がれアリエス。今こそ人間共に反撃の狼煙を上げる時──」


「うるせっ」


 言いくるめようとしているベスタへ攻撃を仕掛ける。


「くっ!」


 俺の攻撃は受け止められてしまうが、相手の話術を止めることはできた。


「お前、あの髭もじゃの魔法を使ってるだろ」


「気が付いたか。奴を食い、魅了の魔法を得た。我は食った者の魔法を使えるのだ。これが暴食のベスタと言われる由縁」


「へぇ。そりゃ便利だ」


「だが、言っていることは真実。ウルティムを──アリエスを見てみろ」


 チラリとウルティムの方へと視線をやるとずっと無表情だった顔が完全に崩れ、絶望しているかのような顔に変わっていた。


「くくく。これでアリエスは落ちた。この後、我と共に人間共を根絶やしにするだろう」


 その前に──。


 ベスタは鋭い牙を見せ、吸血鬼みたいに俺にかぶりつこうとしてくる。


「ちょ、待っ」


「お前を食えば、我は勇者の力を手に入れることができる。ウルティム。テンセーの魔力。我は最強となるのだ!」


「俺にそんな趣味はねえぞ!」


 禍々しい奴に頸動脈を噛まれちまう。


「いっ、てぇ!」


 くそっ。回避特化の紙装甲の俺には結構効いちまう。


 吸血鬼に血を吸われるってのはこんな感じなのかよ。できれば美女に吸われたかった……。


「ぐふっ!」


 唐突にベスタが苦しそうな声を出して離れていく。


「ガハッ! ば、ばかな……」


 ベスタは吐血しながらもがき苦しんでいる。筋肉が膨張し、体が風船のように膨らんでいく。


「わ、我はウルティムを使い、人間を根絶やし、に……」


 パンッと風船が割れるみたいに、呆気なくベスタは破裂した。


「……俺の魔力は魔人化の呪いを解くことができる解毒剤アンチドート。でも、魔物にはただの毒だったみたいだな」


 なんとも間抜けというか、バカというか……。魔物ってのはこんな奴ばかりだったのだろうか。


 呆気ない幕切れにため息が出ちまうが、そんなことよりも──。


「ウルティム、大丈夫か?」


 呆然と立ち尽くしているウルティムへ駆け寄る。


 魅了の魔法を使ってウルティムを言いくるめようとしていた術者が死んだ今、その魔法は解けているとは思うんだけど……。


「わたしは……みんなに裏切られて……」


 裏切りの魔女ってのが彼女にとってトリガーになっちまったみたいだ。


 彼女は過去を取り戻そうとしている──。

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