第53話 俺の専属メイドは強すぎる

「──っぶな……!」


 目の前をヴィエルジュの氷の剣が通り過ぎる。冷気が鼻筋を通っていき、体温が一気に減少した気がする。とか思っていると、ピキピキと部屋全体が凍っちまったぞ。


「なんちゅう威力」


 一瞬にして、俺のワンルームの部屋が氷の世界へ大変身。


「私の愛の一撃をかわすとは流石はご主人様」


「愛情表現にしちゃ、ちと刺激が強すぎるんじゃない?」


「夜這いに来ましたからね。これくらい激しくない、と!」


 もう一振りしてくるのを、持っていた封印の剣で受け止める。


 彼女の氷の剣の反動か、更に部屋が凍っちまった。


 こりゃだめだ。場所が悪すぎる。こんな冷凍庫みたいなところにいたら俺自身も凍っちまう。


 どうしてヴィエルジュがいきなり襲ってくるかなんて考察は後。今は彼女と距離を取り、部屋から出るのが先決だ。


 パリーンと派手にガラスを割って外に脱出。


 体操選手も驚きの着地に浸っている余裕はなし。そのまま適当に寮の周りを走る。薄着の部屋着だが、ありがたいことに今は衣替えの季節前。太陽ほどじゃないが、お月様の下でも十分に温かい。


 騎士の一族印の猛ダッシュを披露したおかげで、寮からは随分と離れることができた。ヴィエルジュの姿はまだない。


 すぐそこに怪しい魔力を感じるけど……。まぁ今は置いておくか。


 少し一息ってところで彼女が襲い掛かってきた理由を考察する。


 大部分としては二つ。


 一つはヴィエルジュ本人ということ。もう一つはヴィエルジュの偽物ということ。魔法の世界だ、ヴィエルジュの偽物を造るってことは動作もないだろうから十分にあり得る。


 しかし、あの見た目と魔力は本物のヴィエルジュで間違いないだろう。俺の部屋を一瞬で冷凍庫に変えたり、会話の感じも間違いなく本物だ。


 だったら、何故、急にヴィエルジュが襲いかかってきたか。


 いくら最近一緒にいないと言っても、ヴィエルジュは急にこんなことをするような子じゃない。


 そうなるとヴィエルジュ本人の意思とは関係なく、操られている。


 誰に……?


「夕方に会った髭もじゃしか怪しいのはいないんだよなぁ」


 あのきったねーネックレスが絶対に怪しい。あれを壊せば試合終了ってオチだろ。単純な話だね。


 ってなわけで、考察終わり。


「ご主人様ー!」


「っお!」


 空から女の子が落ちて来やがった。


 氷の剣を携えて俺の真っ二つにしようとしてくるなんとも勇ましい女の子。


「お、もっ」


「女の子に重いは失礼ですよ」


「っらぁ!」


 なんとか剣を弾く。ヴィエルジュは、くるくると空中で回転して見事に着地した。俺の着地よりカッコよくてなんだか嫉妬する。


「なぁヴィエルジュ。そのネックレス外してくれない?」


「なんてことを申すのですか。これはご主人様から頂いた愛の結晶。易々と外すわけにはいきません」


「きったねー愛の結晶だな」


「これのどこが汚いと!?」


 ヴィエルジュはネックレスを頬ずりしている。


「はぁわぁ。愛を感じます」


「淀んだ愛なこって」


「しかしですね。やはりこれだけの愛では足りないのです。ですのでご主人様」


 氷の剣をこちらに向けてくる。


「あなた様の命で永遠の愛を誓ってください」


 物騒なことを言いながら一気に風魔法で間合いを詰めてくる。


 四方八方から氷の剣で斬りつけてきやがる。


 こいつ、風魔法を上手く利用してアクロバティックに攻撃してきやがるな。


「おい、ヴィエルジュ。そんなに激しく動くから水色パンツが何度もこんばんわをしているぞ」


「今日は勝負パンツですのでご安心ください」


「乙女の勝負パンツを見られるなんて、男冥利に尽きるねぇ」


 なんて、冗談を言っている余裕もなくなってきた。流石は我が専属メイド。戦闘能力が高い。手を抜くと本当に永遠の愛を誓わないといけなくなる。上手いことネックレスだけを壊すなんてことはできそうにないな。


「しょうがない。もっと単純な方法を試すか」


 できればこの方法を取りたくはなかった。俺ってば力配分が苦手だからね。でも、そうも言ってられない状況になっちまった。


 俺は持っていた封印の剣に魔力を送る。大量の魔法陣が浮かび上がったが、今はそんなことよりもヴィエルジュの氷の剣を砕くことで頭がいっぱいだった。


 魔力を送った剣で思いっきりヴィエルジュの剣を砕く。


「なっ……」


 ヴィエルジュが怯んでいる内に、さっきから暗い建物の間でコソコソしている奴の前に立ってやる。


 バアアアアアアン!


 夜空が一瞬だけ明るくなった。なんでいきなり夜空が大爆発したのかわからんが、おかげで目の前の髭もじゃの顔がよぉく見える。


「よっ」


「ひっ!」


 向こうさんは自分がバレてないとでも思っていたのか、酷く驚いた声を上げていた。


「ヴィエルジュを助けてからお前に色々と聞きたかったけど、ヴィエルジュが強すぎてやっぱ無理だ。お前をしばき回して終わらすことにするわ」


「ちょっ、ちょっと、まっ!」


 えらくコミカルな動きで俺に静止を促すが、聞く耳は持てんな。どうやってヴィエルジュ程の強者を操ったとか気になるが、それを聞き出す程余裕のある相手じゃない。


「悪いな。俺は手加減が苦手なんだ。思いっきり行くから覚悟しろよ」


「お、俺を殺しても、彼女の魔法は解けないぞ! 俺の意思で解かない限り魔法は続く! 俺を殺せば彼女は一生このままだ!」


「へぇ」


 わかりやすい言葉だけど、ここはあえて乗ってやるか。


「へ、へへ……。わ、わかりゃ良いんだよ」


 なんとも気味の悪い笑みを浮かべているのが彼の言葉の真意を物語っているよね。


「ご主人様ー!」


 懲りずにやって来るヴィエルジュが後ろから攻撃を仕掛けてくるので、ひょいっと避ける。


「へ……」


 その攻撃が髭もじゃに直撃した。


「あらま。一瞬で氷漬けだわ」


 髭もじゃが氷漬けになると、ヴィエルジュは白昼夢から目が覚めたみたいに立ち尽くす。


「あれ……? こ、こは……?」


「ほらぁ、やっぱウソじゃんかぁ」


 コンコンと氷漬けになっている髭もじょを叩く。


 ああいう場面でのああいう言葉ってのは大抵がウソだよね。


 ま、しばき回さずに平和的にヴィエルジュの魔法が解けたのは結果オーライってことで。


「なぁヴィエルジュ。そのネックレス外してくれない?」


「な、なんてことを申すのですか。これはご主人様から頂いた愛の結晶。易々と外すわけにはいきません」


「あれ? もしかしてまだ魔法にかかってる?」


 ヴィエルジュはネックレスを頬ずりしている。


「はぁわぁ。愛を感じますー」


 無限ループって怖くない?


「ヴィエルジュ。そんなネックレスより俺が愛を囁いてやるぞ」


「ほんと!?」


 ありゃ、やっぱり魔法は解けていたみたい。


 犬っころみたいにヴィエルジュが寄って来る。


「囁いてください。ご主人様のイケボで、さぁ、ほらぁ、はやくぅ」


 無限ループから脱出するために適当抜かしたのが仇となったな……。しかし、髭もじゃが氷漬けになって、ヴィエルジュを操っていた魔法は解かれたみたいだ。

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