第52話 懐かしいものには補正がある
アルバード魔法学園内にある図書館はかなり大きい。
入学試験の時に見かけた時は、ステラシオン騎士王国の図書館よりも大きいと思えたのだが、その実態は想像を遥かに超えていた。
ステラシオン騎士王国の図書館が幼稚園と仮定したのなら、アルバード魔法学園の図書館は大学レベルだろう。流石は由緒正しき魔王使いの学園だね。
こんだけ大きかったらウルティムについての歴史もありそうなもの。
すぐに見つかりそうだな──。
「ご主人様?」
図書館の個室スペースで本を読んでいると、隣からヴィエルジュの呆れた声が聞こえてくる。
「その本はなんでしょう?」
「『かいけつソロリ』」
「児童向け絵本ではございませんか」
「はっ……!? いつの間に俺は児童向け絵本を……?」
「気持ちはわかります。こういう大きな図書館では幼き日に呼んだ本がポロリと出てくるもの。その懐かしさからついつい手に取り年甲斐もなく読みふけってしまう。思い出とはなんとも罪深いものですよね」
ですが、なんてちょっとお姉ちゃん風に注意してくる。
「今はウルティム様の歴史を探す時間。思い出に浸る時間ではございませんよ」
「そういうヴィエルジュだって、なんだよ、その本」
彼女の手に持っているその本を指摘してやる。
「『悶絶確定。彼ピを沼らせる激モテ指南書、虎の巻』です」
だっせータイトル。
「この本に書かれていることはかなりレベルが高いです」
「そんなタイトルなのに?」
「はい。例えばこの、『必殺、沼らせビーム』では上目遣いの角度が求められます。この指南書を読む前のヴィエルジュで比較していきましょう」
ヴィエルジュは上目遣いをしてくる。めちゃくちゃ可愛かった。
「次に指南書の角度です」
ヴィエルジュは上目遣いをしてくる。可愛かった。
「どうです? どちらのヴィエルジュがお好みですか?」
「指南書前のヴィエルジュかな」
答えた瞬間、指南書を凍らせて粉々にした。
「所詮は机上の空論。現実は奇なりということでしょう」
図書館の本を勝手に粉々にしたけど良いのかね。最近、破天荒だよヴィエルジュさん。
「それにしても、こんだけ本があるのにウルティムに関しての本がなにも見つからないってのはどうなんだ?」
一応、大方探してはみたもののなに一つとして手がかりはなかった。
「相当古い情報なのでしょうか」
「少なくとも、この図書館よりは古いってことになるな」
パタンと児童絵本を閉じて返却口に持っていく。
「ここの図書館にいても仕方ないから行こう」
♢
結局、ウルティムについてのことを今日知ることはできなかった。
陽は既に西へ沈んで行き、アルバートの街がオレンジ色に染まる。
「腹減ったし帰ろうぜ」
「はい」
夕暮れの街をヴィエルジュとふたり歩く。
彼女は俺の半歩後ろを、俺の歩幅に合わせて歩いてくれるため、互いの足音が重なる。
「ヴィエルジュは絶対に半歩後ろを歩くよな」
「なんだかんだ言っても私はご主人様に仕える身ですので」
「固いこと言わずに隣を歩けば良いのに」
「どうせ将来は隣を歩くので、今の内にこの距離間を楽しんでいるのです」
「それって、将来は俺の嫁になったら隣を歩くから、今だけ後ろを歩くって意味?」
「そうです」
「流石は世界最悪の魔法も認めた未来予知なこって」
そんないつものやり取りをしながら歩いていると、シートを広げて外売りしている髭もじゃのおっちゃんが呼んでくる。
「兄ちゃん、姉ちゃん。寄ってかんか?」
正直、見た目が髭もじゃでやばい人かもって思ったが、その髭が段々とカッコよく見えてくる。なんというか、ダンディというか。男の色気を感じてしまう。
ヴィエルジュも同じことを思ったのか、俺達はふらふらーっとそのおっちゃんの店に寄って行く。
「なんや、ふたりしてデートかいな? ほいならな、これなんかオススメや」
そう言っておっちゃんは汚らしく昔懐かしながらのおもちゃっぽいネックレスを勧めてくる。
なんのガラクタだよとか思っているのが、あら不思議。段々と良い品物に見えて来てしまう。
いや、なんで最初に汚いと思ったのか、それはダイヤモンド並に綺麗な宝石のネックレスであった。
「綺麗……」
ヴィエルジュも、うっとりとしてそれを眺めていた。
そういえば、俺はヴィエルジュにお世話になっている分、なにかを買ってあげようとしていたことを思い出した。これはかなり魅力的で良いのではないかと思える。
「でも、お高いんでしょ?」
「金貨一枚でどや?」
「金貨一枚……」
最近、大金を失った俺に金貨一枚はかなり惜しい。だが、これでヴィエルジュが喜ぶのならと思い、俺は清水の舞台から飛び降りる思いでそれを購入した。
「良いのですか?」
「良いんだよ。いつも世話になってるお礼だよ」
「しかし、ご主人様にはお金が……」
「将来俺の隣を歩く奴が細かいこと気にしてんなよ」
そう言いながらヴィエルジュへダイヤモンド並に輝くネックレスを着けてやる。
「とても似合うよ」
「ご主人様……。嬉しいです」
「へへ……。まいど……。へへ……」
俺達は魅力的な髭もじゃのおっちゃんの店を後にして歩き出す。
ヴィエルジュのしているネックレスが相当に魅力的なのか、すれ違う人達が俺達に注目している気がした。
そりゃ、こんな美人がこんなネックレスをしていたら注目の的だよな。
♢
夜、寝る前に歯を磨き、ベッドの上で欠伸を一つ。
「なぁんであんな髭もじゃのおっさんがダンディとか思ったんだろ」
夕方の店のことを思い出し、なんか変な感情になってたことを思い返すと、つい声に出てしまった。
「しかも、ヴィエルジュにあげたネックレス……。金貨一枚の価値あるか?」
はっきりとは覚えてないが、夕方に思った程、美しいものではないと思うんだけど……。
ヴィエルジュにあげたものよりも、ウルティムを封印していた剣の方がよっぽど魅力的だよな。
そう思いながらウルティムを封印していた剣を眺める。
「柄のところにあるマーク。エスコルさんの店のマークにそっくりだな」
若干の違いはあるが、エスコルさんの店のマークと酷似している。
いや、流石にエスコルさんが打ったものじゃないだろう。あの人の剣にしてはやたらと高そうだもん、この剣。刃もしっかりとしていて──。
ん……?
「なんだ……?」
刃のところをまじまじと見ると、なにか書いているような気がする。
字か? それにしては字には見えないな。なにかの模様? シミってことはないと思うけど……。
刃の部分を眺めて首を傾げていると、コンコンと寮の俺の部屋がノックされる。
誰だ? こんな時間にやって来る不届き者は。
『ご主人様。お時間よろしいでしょうか?』
「ヴィエルジュ?」
聞こえてくる声は間違いなくヴィエルジュのもの。俺が聞き間違えるはずもなし。
ただ、違和感があった。
俺は剣を持ったまま、部屋のドアを開けるとそこには──。
「夜分に申し訳ございません」
そこには見間違えるはずもない、まごう事なきヴィエルジュが部屋の前に立っていた。
「こんな時間にどうした?」
「実は──」
そう言ってヴィエルジュは氷の剣で俺を斬りつけてくる。
「あなた様の命をもらいに来ました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます