第42話 兄弟喧嘩の場所くらい選べっての
「ぅぅ……」
「大丈夫か? レーヴェ」
俺──リオン・ヘイヴンは、ベッドでうなされているレーヴェの手を握ってやる。
「……すぅー。すぅー」
妹の手を握ってやると、落ち着いたみたいで可愛らしい寝息を立てていた。
魔人化しそうになった時は驚いたが、レーヴェはもう大丈夫だろう。
さて、一段落したところでどうしてこうなったのかを徹底的に追及しなければならない。
魔人化の件はジュノーと白衣の男を片付けて終わったかのように思えたが、まだ他にも魔人化を計画している奴がいるってこった。
ジュノーと同様に世界征服みたいなことでも狙ってやがるのか。
なんだよ。異世界じゃ世界征服が流行ってんのかよって思っちまうな。
考えられるのは、
しかしこの可能性は低いだろうな。
魔人化を狙ってお菓子を混ぜるだなんて無差別すぎる。それだったら
一番濃厚なのは……やっぱりリーフ兄さんだよな。疑いたくはないが、彼からもらった土産でこうなったのだから、一番の容疑者として上がっちまうのは当然だ。
しかし、動機がわからない。
リーフ兄さんは野心化じゃないから、世界征服だなんて目論みを考えるタイプじゃない。仮に世界征服を目論んでいたとしても、可愛がっている妹を魔人化させるなんて考えるか?
いや……。この考えは身内贔屓な弟の妄想。いくら仲の良い兄弟だろうとも相手の腹の内なんてわからない。
もしかしたら、若くして三番隊の副隊長に選ばれたプレッシャーやストレスでそんな考えに至ってしまってもおかしくはないよな。
「はぁ……。やっぱ、腹割って話さないと相手のことなんてわからないよな」
こうなったらリーフ兄さんと話をしようと思い、レーヴェから手を離す。
熟睡しているようで、うなされる様子もない。
「……ん?」
レーヴェの部屋の窓から、家の前に一台の馬車が止まったのが見えた。白い馬に馬車を引かせているもんだからめっちゃ目立つな。
「あれは……」
ステラシオン騎士団三番隊隊長のバンベルガ・クロムウェルさんだ。
俺は玄関で彼を出迎える。
「バンベルガさん」
「リオン、様」
俺が出迎えると、いつも無表情な顔を少しばかり焦られてからこちらに尋ねてくる。
「レーヴェ様はご無事でしょうか?」
「え?」
開幕一番にレーヴェの心配をされてなんとも間抜けな声が漏れてしまった。
「失礼。少し焦ってしまい言葉が足りておりませんでした」
一礼した時に、ひし形のネックレスが揺れた。
あれ? この人こんなネックレスするタイプだったかな、なんて思っている中でバンベルガさんが説明をしてくれる。
「実は、ルべリア・ステラシオン王女が行方不明になってしまいまして」
この世界の王女様は行方不明になりがちだな、おい。
「もしかして、ステラシオン剣術大会で優勝を逃してしまったのが原因で行方をくらましたのでしょうか?」
バンベルガさんは首を横に振った。
「大変申し上げにくいことなのですが……」
そう前置きをして、彼は俺に衝撃の事実を話してくれた。
「リーフ様が王女をさらった容疑をかけられております」
「リーフ兄さんが? まさか、そんなこと……」
「はい。私もリーフ様がそんなことをするお方ではないと思っております。ですので、お話しを伺いたくやって来たのですが、リオン様のその反応からご自宅には戻っておらぬ様子。もし、リーフ様が戻って来られましたら、一報いただけると幸いです」
バンベルガさんは一礼してから回れ右をする。そして足早に馬車に乗り込み、馬を出した。
「……」
馬車を操作するバンベルガさんの他に、馬車の中には、はっきりとは見えなかったが二人の人影がチラッと見えた。
だが、馬車の中からは魔力を感じない。バンベルガさんの大きな魔力だけがアルバート魔法王国の方へと向かって遠ざかって行く。
色々と違和感のある場面であったな。
いきなりレーヴェの心配。しかし、最終的には彼女の容態は気にならないみたいで、安否を確認する前に去ってしまう。
リーフ兄さんを探していると言っていた割には家の中までは捜査しない。そりゃ勝手に入るのは不法侵入だろうが、俺は家族だぞ。匿っている可能性もあるだろうに疑ってこない。
そもそも騎士が、それも隊長がどうして馬車で移動しているのか。自分の馬があるだろうに。加えて、乗せている人物に魔力を感じない。
リーフ兄さんが、自分の隊の副隊長がルベリア王女を誘拐したので動揺している。なんて言われればそう見えなくもないが……。
俺はレーヴェの部屋の窓を見上げた。
「ごめんレーヴェ。行って来るよ」
まだ寝ているだろう妹に断りを入れてから俺はバンベルガさんの後を追った。
♢
バンベルガさんの乗った馬車に追い付いたというか、なんというか。
彼はアルバート魔法学園前に馬車を停めており、既に馬車内はもぬけの殻であった。
「なぁおい。お前を乗せていた無表情のイケオジはどうした?」
白馬に問いかける。
『ヒヒーン』
白馬の鳴き声は、なんだか荷台を引かせるようのヒモを解いて欲しそうに鳴いている気がした。
「苦しいのか? しゃーないな。バンベルガさんに怒られるかもだけど、生き物は尊重してやらないとね」
あの人の怒っているところを見たことはないが、怒るとめっちゃ怖いタイプだろうな。こんなイタズラがバレたらめっちゃ怒られそうなんて思いながら荷台のヒモを解く。
『ヒッヒーン♪』
白馬は荷台の重さから解放されてその場で小躍りを始めた。
バンベルガさんが乗っていた馬とは真反対の性格の馬だね。
ドガーン!!
唐突に学園内から何かが破壊されたような音が響き渡り、地面が軽く揺れた。
「な、なんだ?」
『ヒヒーン』
白馬が首で背中の方を差した。
「乗れって?」
『ヒーン』
「いや、俺ってば乗馬ってめっちゃ苦手なんだよね」
『ヒンヒ!』
「早くってか? わかったよ」
よっこらしょーいっと白馬の背中に乗ると、『飛ばすぜ!』と言わんばかりに、『ヒッヒヒーン!!』とバイクのウィリーみたいな態勢になる。
「うお!」
そのまま、凄い速度で学園内に入って行く。
「あ、ちょ! はやっ!」
前世でチャリをマッハで漕いだ時、涙目になったのは良い思い出。
前世の記憶と重ねながらに、白馬に揺られていると、アルバート魔法学園の生徒達がドタバタと正門の方へと逃げて行く。
すれ違い様に何人かがこちらに注目しているのが見られたが、今は白馬に乗った恥知らずなんてどうでも良いみたい。逃げるのに必死って感じだ。
さっきの地響きとなにか関係がありそうだな。
『みなさん!! 早く逃げて!!』
ピンク色の宝石みたいな髪をした美少女が、みんなに声をかけながら誘導しているのがわかる。
「フーラ! どうなってんの!?」
「リオンくん!? なんで白馬……?」
「俺にもわかん──」
フーラへ答える前に、彼女の前を白馬で駆けてしまう。
遠くでフーラがなにかを言っているようだが、もう聞こえない。後で怒られるだろうな。
「ご主人様!」
フーラの声が聞こえなくなったかと思うと、次に聞こえてきたのは耳のご馳走様みたいな可愛い声。逃げ惑う人達の中で群を抜いての美少女。
改めてウチの専属メイドのヴィジュアルの良さを思い知らされる。
たった数日会わなかっただけで美しさが何倍にも膨れ上がってんじゃないの、この子。一生美人やん。
そんなウチの専属メイドが手を上げて呼んでいるので、ガッチリと掴んで後ろに乗せた。
「きゃん♡ ご主人様ったら白馬に乗った王子様みたいで素敵です」
「お前はリアル姫様だけどな」
「違います。私はあなた様の嫁です」
「メイドだろ」
「間違えました♡」
てへっとぶりっ子をしながらギュッと俺を後ろから抱きしめる。背中全体にご褒美が行き渡り、理性がはち切れそうになるのをなんとか堪えた。
今は欲望を丸出しにしている場合じゃない。
「ヴィエルジュ。状況は?」
「講堂にてリーフ様の演説の最中にライオ様が乱入し、絶賛大喧嘩中でございます」
「咄嗟の質問なのにわかりやすく概要を説明してくれるヴィエルジュ流石だわ」
過程は色々とあったのだろうが、ウチのバカ兄貴共が場所を選ばずに喧嘩をして学園に迷惑をかけてるってこったな。
あいつらの喧嘩は激しいからな。さっきの地響きは喧嘩の合図なんだろうね。
そもそもバンベルガさんを追いかけて来たのたが、リーフ兄さんがここにいるのなら彼に会って事情を聞くのが先かな。
白馬は事情をわかっているかのように講堂へ向かってくれる。
この白馬ってば、めちゃくちゃ賢いね。
白馬に乗ったまま講堂内へ。前世の体育館みたいな感じの場所。
流石は入学式や催し物を披露する場であり、中はかなり広い。
天井の一部には穴が空いており、そこから太陽の光が差している。
もしかしてライオ兄さん、天井から喧嘩をふっかけたってことはないよね?
「あそこか……」
講堂の奥は大きなステージになっているんだけど、そこにはリーフ兄さんと──。
「ライオ、兄さんか?」
禍々しい姿になっているライオ兄さんの姿があった。
なんちゅう姿に変わり果ててんだよ、ライオ兄さんよ。
しかし、姿形が変わろうとも兄弟喧嘩なのには変わりない。
本気の武器なんか使ってからに、こいつらは……。
「上の兄貴達の喧嘩なんか目も当てられんな」
「止めに入ります?」
「ああ。ヴィエルジュ、白馬にひとりで大丈夫か?」
「騎乗位は大得意です」
「そっちじゃねぇよ!」
「勘違いしないでください。ご主人様の上に乗る方が大得意という意味です」
「だからそっちじゃねぇ、っての!」
ヴィエルジュのことは誰よりも信用している。馬の操縦も容易くしてくれるだろう。
俺は彼女を信じてステージで喧嘩をしている兄貴達の中心に剣を突き刺して喧嘩を止めてやる。
「騎士の連中が魔法学園で喧嘩してんじゃねぇよ! バカ兄貴達が!」
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