第41話 負けたのになんだかワクワクしている(ルベリア視点)

 あたし──ルベリア・ステラシオンは騎士の王国に産まれた第一王女だ。


 誇り高きステラシオン王家に生を受けた以上、剣だけは誰にも負けたくなかった。


 毎日、毎日、剣を振った。どれだけ辛くとも、悲しくとも、剣を振ることを止めた日などない。


 同世代の女子が友達や彼氏と遊びに行くのを羨んだことがないと言えばウソになる。


 あたしだって年頃の女子だ。友達だって欲しい。恋だってしたいし、好きな人だって見つけたい。


 でも、そんな願望よりも強く思ってしまうことがある。


 それは、周りに自分を認めさせたいということだ。


 幼い頃より剣を振り続け、その腕には自信がある。今では兄のクレス・ステラシオンよりも強い自信だってある。


 だけど、周りのみんなが期待するのは王位継承権を持った兄のクレス・ステラシオンだけだ。


 あたしがどれだけの腕を持っていても、どれだけ強くとも、王位継承権を持った兄に注目がいく。みんな兄のことしか見えていない。あたしはクレス・ステラシオンの妹としか見られない。誰もあたしをルベリア・ステラシオンと呼ばない。


 悔しかった。屈辱だった。兄はなにもしていないのに注目され、あたしは幼い頃から剣を振るっているのに誰も見てくれない。


 みんなが期待しているのはクレス・ステラシオン。ルベリア・ステラシオンにはなんの期待もなし。


 あたしの努力は無駄なの? あたしは誰にも見られないの? 生きている意味はあるの?


 ネガティブな自問自答。出ない答え。出てくるのは不安な感情。


 その不安な感情を拭うには、みんなに認めてもらうしかない。


 だったら、ステラシオン剣術大会で優勝してやる。この大会で優勝して、みんなにあたしの強さを認めさせてやる。あたしをルベリア・ステラシオンとして見てもらう。


 順当に大会を勝ち進んでいった。


 勝つ度にあたしはみんなから認めてもらっている。あたしには価値がある。


 一歩、一歩、ルベリア・ステラシオンの名を刻んで行っている。


 それなのに──。


「リオン・ヘイヴン……」


 あんなふざけた奴に負けた──。


「……っぅ」


 自室のベッドから起き上がると、リオン・ヘイヴンにやられた脇腹辺りが痛んだ。


 そこを押さえながらベッドから出る。


「思いっきりやられてしまったな」


 口元に手を持っていくと、口角が上がっているのに気が付いた。


 あんなふざけた奴に負けたのに。大会で優勝できなかったのに。みんなにあたしを認めさせたかったのに。ルベリア・ステラシオンとして見てもらいたかったのに。


 どうやらあたしは笑っているらしい。


 あれほどに強い人と会ったのは初めてだ。そうだ、だからあたしは笑っているのだ。


 決して、あたしより強い人が現れて好きになったとか違うから。絶対に違うから。あんなふざけた奴を好きになんてならないんだから。


「あーあ。あんな奴にあたしの夢が破られてしまった」


 そう言いながらベッドにダイブする。


「次はどうやってみんなにあたしを認めさせるかな」


 自分でも不思議なくらいに落胆してなかった。


 足をバタバタとさせる。こんな姿を家族や家臣達に見られたら注意されるに違いないが、今はなんだか気持ちが高揚しており、やめられない、止まらない。


「そうだ。リオン・ヘイヴン。あいつに協力してもらおうか。

 いくら剣術大会といえど、あたしの柔肌を民衆の面前で曝け出したんだ。

 それくらいはさせないとな。

 えへへ──って、だから別にあたしはあんなふざけた奴が気になるわけじゃないぞ。

 あくまでだな──って、あたしは誰に言い訳してんだ。くぅぉぉ!」


 枕に顔を埋めながら、誰に言い訳をしているのかわからない言葉を延々と発する。


「──ぷはぁ」


 息苦しくなり、仰向けに寝返って見慣れた天井を眺める。


「リオン・ヘイヴン」


 だ、だからあたしはどうしてあんな奴の名を呟く。バカなのか。


 ああ、くそ。


 あたしはベッドから立ち上がり、部屋を出ようとしたところで立ち止まる。


 机の上の箱に目をやった。


「そう言えばリーフ殿が回復術師の国アルブレヒトの土産だと言ってくれたものだな」


 大会が終わった後にたまたま会って、土産をくれた。あの人は相変わらず男前な人であるな。相当に女子に人気があるのだろう。


「リーフ殿は今日からアルバート魔法学園に行くと言っていたか」


 リーフ殿とリオン・ヘイヴンは兄弟。魔法学園に行くのであれば、リーフ殿に頼んでリオン・ヘイヴンに連絡を……。


 って、だから、あたしってば良い加減にしろ。これじゃあ恋する乙女みたいじゃないか。


 あたしがあんなふざけた奴に恋に落ちるなんて絶対にない。


 あたしが恋に落ちるならば、騎士団長のレオン・ヘイヴン様みたいな強くて逞しい男の人だ。


 あ……リオン・ヘイヴンはレオン様の息子だ……。


「だーかーらー! この思考よ止まれ!!」


 ゴタゴタと抜かしながら、あたしはリーフ殿の土産を開けてみせる。そこにはクッキーが入っていた。


「ほぉ。可愛らしいクッキーだ。リーフ殿らしいというか、女心がわかっているというか」


 感心しながらクッキーを口に運んだ。


 瞬間。


「ごほっ!」


 吐き出しそうになる。


 しかし、体内に摂取されたクッキーはあたしの中から出ることはなかった。


「がっ、はっ!! あああ!!」


 体が熱い。心が乱れる。動悸が激しい。息苦しい。


 誰か、助けて──。


 こんな時にもリオン・ヘイヴンの顔が過ぎるなんて、あたしの頭はおかしい。


 そう思っているところに、自室のドアが開いた。


「あ、あなたは──た、助け……」


 あたしの異変に気が付いて入って来た人物に助けを求めた。そこであたしの意識はプツンと切れてしまった。

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