第40話 飲まなきゃやってられんわ(ライオ視点)

 くそが、くそが、くそがっ!


 俺──ライオ・ヘイヴンは、ステラシオン剣術大会で弟のリオンに負けちまった。

 その日、その足で、ステラシオンにある行きつけのバーにやって来ていた。


「あああ! くそがっ!!」


 こんなもん飲まずいられるかよっ!


「ライオ。良い加減飲み過ぎだ」


 カウンター席の前にいるマスターがそんなことを言ってくるもんだから、つい反抗的になっちまう。


「うるせぇ! プロテイン飲まずにいられるか!!」


「ここでそんなにプロテインを飲んでいるのはお前くらいだぞ」


「俺は未成年だ!! お酒は二十歳になってから! 法律は守りましょうだろうがよ!!」


「発言は凄い良い子」


「うるせぇ! 誰が良い子じゃ!! ぼけええ!」


 むしゃくしゃする。プロテイン飲まずにはいられない。


「なにごとも飲み過ぎは良くないぞ」


 ああ、くそが。気に食わない爽やかな声が聞こえてきやがる。


「リーフ……」


 兄のリーフが颯爽と隣に腰掛けて来やがる。


「リーフ兄さん、だろ。呼び捨てなんかしたら父さんから大目玉をくらうことになるぞ」


「うるせぇ。たかだか二年産まれたのが早いだけでイキんな、ぼけ」


「それは言えてるな」


 クスリと笑いながらリーフはマスターに、「いつもの」なんて注文しやがった。


 くそが。こいつもここに通ってやがんのかよ。ここ居心地良いもんな。自分のお気に入りが他の人もお気に入りとかちょっと嬉しいじゃねぇかよ。


「お待ち」


 リーフがマスターに注文したのは、いちごミルク味のプロテインだった。


「がっはw  おまっww まじかよwww いちごミルク味ってよぉ。しかもそれ、ソイプロテインじゃねぇか。なんだ? 体を引き締めてモデル業でも始めるのかよぉ、三番隊副隊長さんよぉ」


「良いだろ別に。俺はここのこの味が好きなんだ。お前みたいに固定概念に縛られて生きてないんだよ」


「おいヘイヴン兄弟。固定概念に縛られてる奴はバーでプロテインなんて飲まんぞ」


 マスターのツッコミは無視しておこう。


 ちょっと寂しそうにしていたが、まぁコップをキュッキュッとするのが趣味な奴だから大丈夫だろう。


「お前がイラつくのはわかる。そりゃ弟に負けたら誰だってイラつくさ」


 早速と今日の話題を出してきやがって、こいつ。


「……ちげぇよ。そういうことでイラついんてんじゃねぇよ」


 そうだ。俺がイラついてんのはそんなことじゃねぇ。


 確かに負けたことは悔しいが、それだけでこんなにもムシャクシャはしない。


「俺はあいつがずっと実力を隠して飄々としているのが気に食わねぇんだ。知ってたんだよ。俺なんかよりもずっと強いのは知っていた」


 俺はプロテインのシェイカーを握り潰しちまう。


「実力を出さねぇのが心底腹が立つ」


「あ、あはは……」


「おめぇ、その笑い方……。あいつがなんで実力を隠していたか知ってんだろ? お?」


「いや、まぁ、うん。なんとなく?」


「なんだよ! 言えよ、おら! つうか俺はお前も気に食わねぇからな! 兄弟揃って飄々としやがって」


「お前もその兄弟に入っているんだぞ」


「うるせえ、へらへらしやがって。ヘイヴン家の男ならもっと紳士になれや!」


「今のお前のどこが紳士なんだか」


「んだとおおお? いちごミルク味のソイプロテインを牛乳で割ったろか!?」


「やめてくれ。今は減量期なんだ」


「ヘイヴン家の男なら一生増量期であれや!!」


 ふんがー! とバーに俺の声が轟く。


「待て待て。落ち着けって。今のお前は糖分が足りてないんだ。タンパク質ばっかり取ってないで、甘いものでも食べて落ち着けよ」


 リーフが言いながら箱菓子を取り出しやがった。


「んだよ、これ」


「この前の任務で回復術師の国アルブレヒトに行ったからその土産だ」


「こんな洒落たもんいるかよ」


「レーヴェとお揃いだ」


「ちっ。女もんかよ」


「中身はクッキーだ。ありがたく食べろよな」


「うるせーよ! 食うかよ」


 あははと爽やかに笑うと、リーフは一気にプロテインを飲み干した。


「それじゃオレは行くよ。またな」


「ふん」


 リーフがマスターに一言挨拶をすると、そのまま店を出て行った。


 かと思うと、また隣に腰掛けてくる。


「んだよ、まだなんか用が──あんたは……」


 隣に座ったのはリーフではなかった。

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