第28話 私達の娘を泣かすことは許されない
アルバート城へと足を運んだ俺とヴィエルジュは、緊張した足取りで王様の部屋へと案内してもらう。
それにしても城なんてのは前世の頃、ゲームの世界以外で見たことがなかった。実際にこうやって歩いて見るとゲームの世界の中に入ったって感じでちょっとテンションが上がる。ゲームを作っている人達がいかにリアルに城を作っているのかがわかる。
「少々お待ちくださいませ」
俺達を案内してくれていた人が、数ある内の一つの部屋の前で立ち止まった。
見たところ普通の部屋っぽいな。勝手に謁見の間みたいなところで話をするのだと思っていたのだが、どうやら違うみたい。
コンコンコンとノックをすると、城の人が俺達を連れて来たことを中へ伝えると入ってもらうように指示が出る。
「それでは私はこれで失礼致します」
俺達を案内してくれた人は一つお辞儀をしてから持ち場に戻って行った。
はぁ。なぁんか緊張すんな。別になんにも悪いことしてないんだけど、一国の王と会うんだからなにもしてなくても緊張するよね。
いや、俺よりも緊張してんのはヴィエルジュの方か。
チラリと彼女の様子を伺うと、珍しく強張った顔つきをしていた。
そりゃそんな顔にもなるか……。
ヴィエルジュがアルバート王と王妃に会うと言うことは、久方振りの両親との再会ということになる。
今回はあくまで俺がアルバート王に呼び出された。ヴィエルジュは呼ばれてはいないため無理をして付いてくる必要はないが、「私も連れて行ってください」とお願いしてきた。
それは彼女なりの覚悟と決意。それとケジメなのだろう。
姉が魔人化した時、本当に別れることになってしまうのではないかという恐怖。真実の名を語っていたらという後悔。それがきっかけとなり、今回、彼女は父親と母親に生きていたことを自ら伝えに来たのだ。
それにしたってどんな反応をされるのかわからない。
忘れられていたとか、関心がないとか。王族は色々と複雑だし。王族じゃなくたってそんな親もいることだろう。悲しいけどそういう親がいるのも現実だ。
「ヴィエルジュ。大丈夫か?」
「はい。申し訳ございません。本来はご主人様が呼ばれたのに出しゃばった真似をしてしまい」
「そんなことは気にすんな。言いたいこと言ってやれば良い」
「はい」
ヴィエルジュの返事に頷いて、「失礼します」と部屋に入って行く。
ドアを開けた先には城の内部だってのにどこかで見たことのある応接室みたいな景色が広がっていた。手前の方にソファーがあり、奥の方に書類が山積みの机がある。学園長室に似ている景色だと思っているところで、三人の王族が俺達を出迎えてくれる。
一人は長いピンクの髪のアルバート第一王女、フーラ・アルバート。
「おお。よく来てくれたな。英雄リオンよ」
「よくぞいらしてくださいました。英雄リオン様」
「初めまして」
プラチナの髪の厳格のある王様と、ピンクの髪の美しい王妃様がフランクに握手を求めてくる。
なるほど。フーラのフランク具合は両親譲りか。
「英雄リオンよ。せっかく来てくれたのだが、少々お待ちいただいてもよろしいかな?」
英雄って単語に引っかかりを覚えるが、今はそんなことはどうだっていいか。
王様と王妃様はヴィエルジュの方へ視線を向けた。
それが何を意味するか言うまでもなくわかる。
「ええ。いくらでもお待ちしております」
「恩にきる」
王様と王妃様はヴィエルジュの前へ立つ。
ジッと見つめ合う親と子。
何を言って良いのか、どう口火を切れば良いのかわからない。
そんな雰囲気が出ている。
「あの……」
痺れを切らしたヴィエルジュが言葉を発しようとした時だった。
「ルージュ……!!」
我慢していた涙を流しながら王妃様がヴィエルジュを抱きしめた。
「またあなたに会えた。もうこうやって抱きしめることもできないと思っていたあなたをこうやってまた……」
ギュッと抱きしめる王妃様は泣きながら彼女へと思いを伝える。
「私は母親失格ですね。あなたが病気になったというウソを、あなたが死んだというウソを見破ることができなかった。その言葉を鵜呑みにしてしまい、悲しむだけの涙を流してしまっていました。ごめんなさい。ごめんな、さい……」
「ルージュ」
ふたりへと王様が声をかけた。
「私達は……。俺達はルージュが病気になった時に選択を誤った。医者に任せるのではなくて、自分達でなんとかするべきだった。本当にすまなかった」
王様は国王としてではなく、彼女の父親として頭を下げた。
「これだけは信じて欲しい。ルージュのことを一日足りとも忘れたことはない」
「あなたは私達の宝物です」
「お、とうさん……。お、かあさん……」
「こんな俺を父と呼んでくれるのか?」
「こんな私を母と呼んでくれるのですか?」
両親の問いかけにコクリと頷くと、王様と王妃様は嬉し涙を流した。
ヴィエルジュも今はルージュとして、両親との再会に涙を流していた。
「あの輪に入らなくても良いのか? フーラも家族だろうに」
隣に立っていた姫様に問いかけると、ゆっくりと首を横に振る。
「お父様とお母様も私と同様にルージュを失って悲しんでいた。私は既にルージュと感動の再会を果たしたから、今はお父様とお母様の番だよ」
フーラの言う通り、感動の再会って表現がピッタリである。
「お父さん。お母さん」
涙が少し落ち着いた頃、ヴィエルジュが真剣な声で両親を呼んだ。
「ふたりが私のことをずっと思ってくれており、とても幸せです。ですが……」
瞳を閉じて、一呼吸を置くと、両親に自分の思いを告げる。
「私はもうルージュ・アルバートではございません。ヘイヴン侯爵家に仕えるリオン・ヘイヴン様の専属メイドのヴィエルジュです」
ですから……。
「もう、私がルージュ・アルバートを名乗ることはございません」
はっきりと自分の意思を伝えると、王様と王妃様は互いの顔を見つめ合い、そして頷いた。
「あなたがどんな名で、誰の下で働くことを私達に止める権利などございません。ですが、これだけは覚えておいてください。例えどうなろうとも、あなたは私達大事な娘です」
「なにがあっても俺達の娘なんだ。ここはお前の家だし、いつだって帰って来て良い。なにか頼りが欲しいのなら遠慮なく言いなさい。どんな形だろうとも、俺達は家族だ」
「ありがとう、ございます」
ヴィエルジュの思いを受け取ってくれた王様と王妃様が俺の方へと視線を配る。
「リオン・ヘイヴン。ルージュを……。ヴィエルジュをここまで育ててくれてありがとう。勝手な頼みだが、このままヴィエルジュをメイドとして側に置いてはくれぬだろうか」
「勝手な頼みとは承知の上ですが、ヴィエルジュの望みです。よろしくお願い致します」
「当然です。これほど頼りになるメイドなどヴィエルジュを置いておりません。責任を持ってお預かりさせていただきます」
なんか固い挨拶になっちまったが、こんなもんだろう。
「じゃあ、私も責任を持って預かってもらおっかな」
そう言いながらフーラがいきなり俺の腕にしがみついてくる。
「ちょっと姫様? ご両親の前でなにをしているんだよ」
「この間言ったでしょ? ふたりでリオンくんのお嫁さんになるって」
そりゃなんか言ってたけどさ。それ、まじなの? つうか、この子の両親はどうしてこの状況で止めに入んないの?
「英雄リオンよ」
コホンと咳払いをして切り替えるように言ってくる。
つうか、さっきからちょこちょこ英雄ってのが気になるな。
「此度は我がアルバート魔法王国を救ってくれたことを誠に感謝する。この功績は英雄と称するに値するほどの働きであった。褒美とし、我が娘、フーラ・アルバートとの婚約を認めよう」
「はい?」
「不束な娘ではございますが、よろしくお願い致します」
あの、王妃様? 頭を上げてくださいよ。なんかまじっぽくなるじゃないですか。
「いや、あの、どうして俺がフーラと婚約することに?」
「此度の貴殿の活躍は我がアルバートを受け継ぐに相応しい功績だからだ」
「いやいやいや。そんな、そんな、滅相もないです。はい」
「我が娘では褒美として不相応と?」
ギロリと圧をかけてくる王様迫力あるなぁ。
「これはフーラの気持ちも……」
「私はリオンくんとなら婚約じゃなくて今すぐ結婚でも良いんだけど?」
「まじ?」
「まじ♡」
ニコッと天使のスマイルを見してくると、反対の腕にヴィエルジュが抱き着いてくる。
「婚約ってなんですか? いくらお姉ちゃんとはいえ、いきなり現れたちょい役にご主人様を渡すわけにはいきません」
「落ち着いてヴィエルジュ。ふたりでお嫁さんになるって言ったじゃん」
「我が国は一夫一婦制だ。双子だからといって一夫多妻制は認めておらんぞ」
王様の言葉の後に、王妃様が笑顔で言って来る。
「リオン様。ヴィエルジュも私達の大事な娘。ヴィエルジュがリオン様との結婚を望むのなら国をあげて祝福致します」
「当然じゃ。大事な娘のヴィエルジュが英雄リオンとの結婚がしたいと申すのなら、壮大に宴を開こうぞ」
「しかしながら、フーラも大事な私達の娘」
「うむ。大事な娘達を泣かすことがあるなら、それはもう、国をあげてとんでもないことになるやもしれん」
「「ただ、この国は一夫一婦制だけどねー」」
この両親、完全にこの状況を楽しんでやがる。
俺はどうしたら良いって言うんだよ。
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