第26話 絶望の中で現れたのは神様なんかよりも希望の光をもたらす人(ヴィエルジュ視点)

「ヴィエルジュ……」


 風の魔法で空を飛び、負傷したカンセル先生を運んでいる最中に私──ヴィエルジュの名前を先生が呼んでくる。


「すまない。ここで、良い」


 街の入り口辺りの上空でカンセル先生が言う。


 下を見ると、魔法団らしき人達がいるのがわかった。


 思念魔法で先生が自分の部隊を呼び寄せたのだろう。


「承知いたしました」


 私はそのまま下降し、ゆっくりと地上に降りて行く。


「隊長!!」


 魔法団らしき人達の中に降りると、すぐさま駆け寄ってくる。


「隊長! 体調は大丈夫ですか!?」


「隊長の体調が危ない!」


「隊長が体調不良だ!」


 あ、この人達は先生部下だ。死にかけなのにふざけている。


 いや、こんなことじゃ先生が死なないのをわかっているからふざけているのかな。


「お前ら……まじで、死にかけだから。早く薬くれ……」


 団員のひとりが先生に回復薬をあげた。それを飲むと、傷口が徐々に塞がっていく。


「ありがとうございます。メイドさん」


 違う団員が私に声をかけてくれた。私の恰好を見てそう呼んだのだろう。


「先生は大丈夫でしょうか?」


「はい。回復術師の国アルブレヒトから取り寄せたスペシャルな回復薬ですので効果抜群です」


「値段も財布のダメージに効果抜群だけどね」


 ボソリと違う団員が言ってみせる。


「あはは。そこはすべて隊長持ちだから大丈夫」


 言いながら団員が私へ先生に飲ませたものと同じ回復薬を渡してくれる。


「今、街は危険な状態なのでメイドさんも持って行ってください」


「ありがとうございます」


 素直に回復薬を受け取った時だった。


 ドゴオオオオオ!


 街の中から地響きがした。


 カンセル先生の言っていた化け物が暴れているのだろう。


「街は今、どういう状況なのですか?」


「突然、白衣の男が化け物を連れて現れ、街を襲ったのです」


「なんだか昔に流行った、『魔人の呪い』を彷彿とさせていたな」


 ドクンと心臓が嫌な跳ね方をしてしまう。


 魔人の呪い。その嫌なワードが出ると、なんだか妙な胸騒ぎがする。


 まさか、今、街で暴れているのは……。


「街は危険です。メイドさんも私達と一緒にいてください」


 団員の言葉を無視し、私は風の魔法で再び上空へと舞い上がる。


「すみません。先生をお願いします」


「あ、ちょ、メイドさん!? 街は危険だぞ!」


 団員が静止を促してくる。間違いなく団員の意見が正しい。この場にいる方が安全だ。しかし、体が動いてしまう。


 ご主人様のところに戻ろうかとも迷ったが、あの人なら大丈夫。だってあの人は私の勇者様。第一部隊の隊長くらい余裕で倒すことだろう。ご主人様を信じることもメイドとしての務め。今、ご主人様のところに戻る方が失礼に値する。


 空から街に入ると悲惨な状態であった。


 建物は壊され、瓦礫の山が続く街並み。その中を叫びながら逃げまどう街の人達。


「酷い……」


 なにが暴れたらこんなに街をめちゃくちゃにできるのだろうか。


 そう思っていた時、地上から悲鳴が聞こえて来た。


「魔人だっ!! こんなの勝てるわけがないよ──!!」


 大勢の魔法団が戦っている相手。そこには禍々しく、かろうじて人の姿を保っている化け物がいた。魔人と呼ぶに相応しいそれは、かつての自分の姿を彷彿とさせる。


 魔人は魔法団の攻撃魔法を受けながらも、おどろおどろしい雄たけびを上げなら血で染まった爪を振り回して魔法団を切り裂いた。


 ぐあああああああ!


 戦っている魔法団から断末魔の叫びと共に体から噴水のように血を流して倒れて行く。


 あれは間違いなく魔人だ。元は人間だった魔人。


「くっ……!」


 苦渋の選択で、私は魔人へと手を向ける。


「ごめんなさい」


 風の最上級魔法、『神の息吹』を唱える。


 魔人を風圧で圧し潰す。


『GAAAAAA!!』


 魔人の立っている地面にヒビが入った。


 風圧に押されてズンズンと地面へとめり込んでいく。


 しかしながら魔人は私の魔法を腕で振り払い、風圧を消し去った。


「風の最上級魔法でダメなんて……」


 だったら氷の魔法を撃つしかない。


 氷の魔法の射程距離に入るため、私はそのまま地上に降り立った。


 地に足を着いて目の前にいる魔人を見ると、空から見るよりも禍々しく見えて、私の過去がフラッシュバックされる。


 この魔人も私と同じ境遇。ご主人様ならもしかしたら治せるかもしれない。でも、あの人はここにはいない。そうなると、ご主人様が来るまでの間、どうにか私が時間稼ぎを──。


『WRAAAAAAAAAAAAAA!』


「!?」


 魔人は私の風の最上級魔法で機嫌を悪くしたのか、私へ殴りかかってくる。


 素早い攻撃になんとか反応して避けると、避けた先の建物が全壊してしまった。


「これは、時間稼ぎなんて悠長なことを言っている場合ではなさそうですね」


 時間稼ぎだのなんだのと生温いことをしている余裕はない。倒す覚悟でいかないとこちらがやられてしまう。


「お前、もしかするとルージュか……?」


 魔人に気を取られており気が付いていなかったが、魔人の隣には白衣の男が立っていた。


 私を昔の名で呼ぶ男の顔を見る。


「……ッ!?」


 その顔は忘れもしない。


 幼い頃。魔人の呪いにかかっていた時に、私の血を何度も何度も抜いた男だ。


「……くく」


 白衣の男は小さく笑うと、「あーひゃひゃひゃ!!」と大きく笑い出した。


「まさか生きていたとはなぁ。よくもまぁあんな醜い姿から人間に戻れたものよ」


「あなたも生きていたのですね。あの頃はよくもまぁ大量に血を抜いていただいて。お礼に今日は私があなたの薄汚い血を抜いてさしあげましょう」


「かっはっ! やってみろよ失敗作め。魔人化成功作の姉を倒せるものならな」


「魔人化……? 姉……?」


 白衣の男は少し興奮気味に言ってくる。


「くくく。お前はまだ自分に起こったことを『魔人の呪い』だのと思っているのか? ありゃ呪いなんかじゃない。俺が意図的にお前を魔人化させたんだよぉ」


 げへへ、へはは! なんてゲスな笑いを浮かべるこいつを今すぐに殺してやりたいが、まだ理性が働いており冷静だった。


「常人は魔人化の薬を与えると魔力の暴走に耐えきれずに自滅したが、お前は王家の血を引いているからか、魔人化には成功した。だが、暴れ出して研究所を破壊しやがった。本当に大失敗作だ、お前は」


 それに比べ、と隣にいる魔人に目をやる。


「お前の姉は大成功だ。魔人の力を持ち、私の言う事を聞く最強の魔人だ」


 まさか。まさか、まさか……。


「お、ねえちゃん……?」


「ほら、フーラ。生きていると信じていた妹が目の前にいるぞ。良かったな。げひゃひゃ!」


『る……じゅ……?』


 目の前にいる魔人がお姉ちゃん……?


 お姉ちゃんが魔人になった……?


 こいつがお姉ちゃんを魔人に変えた……?


 ──私の中で理性がブチキレてしまった。


「このクソやろおおおおおおがああああああ!!」


 怒りの叫びと共に無数の氷の刃を白衣の男に向かって放つ。


「うああああああ!!! ああああああ!!!」


「無駄だ」


 パリン、パリン──。


 魔人が白衣の男を庇うように私の放った氷の刃をことごとく砕いてしまう。


「お前がどうやって魔人化を克服し、その絶大な魔力を手にしたのかは興味深いが、私の最高傑作の前では無力。魔人フーラこそ世界一。この力で世界を我が物へとする」


 ようやくだ……と漏らして憎悪のような声を出した。


「アルバート国王は優秀な俺の力を認めなかった。この天才の私を認めなかった。屈辱だった。あれほどの屈辱を受けたのは初めてだった」


 ふひひ、と不気味に笑うと大きな声で喜びを表す。


「喜べアルバート魔法王国! 喜べアルバート王よ! 世界一を証明する見せしめに、私を侮辱したアルバート魔法王国で、アルバート第一王女によるアルバート第二王女の殺戮ショーを開始してやる。さぁいけ魔人フーラ!」


『UGAAAAAA!!!!!!!』


「……くっ!」


 お姉ちゃんが私を襲ってくる。


 容赦なく殺しに来る攻撃。


 反撃しようとするが、お姉ちゃんの顔がチラついてしまう。


「きゃああああああ!」


 躊躇してしまい、魔人の攻撃を受けて吹き飛ばされてしまう。


「がっ……」


 建物にぶつかり背名を強打してしまうが、大丈夫だ。まだ意識はある。


「……はぁはぁ。お姉ちゃん……」


 魔人になったお姉ちゃんを見る。あの美しかったお姉ちゃんの姿はまるでないが、どこかなんとなく面影があるように思えてしまう。


「ふ、ふふ……。お姉ちゃん。初めての姉妹喧嘩、だね……」


 やだ、喧嘩なんてしたくない。殺したくない。殺されたくない。


 お姉ちゃん、お姉ちゃん……。


 こんなことになるなら、お姉ちゃんに私の本当の名を──。


「ぅああああああああああああああああああああああああ!!」


 覚悟を決めろ!


 これは姉妹喧嘩でもなんでもない。


 魔人が街を襲っているのを食い止めろ。


「……ぅ、ぁ……」


 泣くな! 


 集中しろ! 


 私はヴィエルジュだ!


 あいつは魔人だ!


 もうお姉ちゃんじゃない!


 お姉ちゃん、じゃ、ない……!


 泣くな、泣くな、泣くな……!!


 泣くなああああああああ!


『絶対零──』


『ヴィエルジュうううううう!!』


 絶望の淵に立たされていると、希望の声が天から聞こえてくる。


 まるで神様のお告げのような声に、魔法を唱えるのをやめて天空を見上げた。


 夜空には神様なんかよりも、ずっと、ずっと、ずーっと希望の光を放つ人が流れ星みたいに現れた。


「ご主人様!」


 剣にムチを巻きつけて飛んでくる突拍子もない飛び方。


 遠方より剣を投げ、ムチを絡めて飛んできたのかな。


 こんな登場の仕方こそが、私の愛するご主人様だ。


 天から私の瞳を見つめてくれる。


 私は涙を拭いて、思いを込めて大好きなご主人様を見つめた。


 それだけでこの状況を理解したかのように、ご主人様は空中でムチを引っ張り、剣を引き寄せて握った。


「俺のヴィエルジュを泣かしたな! このクソ野郎が! 覚悟しろよ!」


 ご主人様は魔人を狙わず、迷いなく空中から白衣の男へと斬りかかった。


『GAAAAAA!』


 だが、すかさず魔人になったお姉ちゃんが白衣の男を庇う。


「フーラ。ちょっと、待ってろよ!!」


 ご主人様が握っている剣が光る。優しい太陽のような光。私の魔力が、本能が、その光を愛おしく思ってしまう。これがご主人様の魔力。太陽のような魔力。


『……り、おん、くん?』


 ご主人様の魔力を帯びた剣は魔人を斬った。


『GYAAAAAAA!!』


 魔人は断末魔の叫びをあげて、その場に倒れ込んでしまう。


「──ひ、ひぃぃ!」


 倒れた魔人を見て、腰を抜かした白衣の男はその場で尻餅をついた。


「じゅ、ジュノーは!? ジュノーはどうした!?」


「あの処女中毒者なら灰も残らず消した」


「う、ウソだ! ジュノーが、ジュノーが負けるはずが──」


 ご主人様は答えずにただ真っすぐと白衣の男を睨んだ。それが答えになったのか、白衣の男は後ずさる。


「ま、まま、まて! な!? そうだ、俺と組もう。金ならたんもりある。魔人を倒せるほどの実力の持ち主なら世界を物にするのも夢じゃないぞ。俺が全力でサポートしてやる」


「誰が世界を物にしたいって言った?」


「ひぃぃ。ま、まって、待ってくれ、命だけは、どうか──」


 ご主人様はいつものひょうひょうとした顔ではなく、珍しく険しい顔で白衣の男を睨みつける。


「お前はフーラを魔人化させ、あまつさえ俺のヴィエルジュを泣かした。その罪は死なんかじゃ生温い」


 ご主人様が剣を構える。


「魂ごと消滅させてやる」


「や、やめ──」


「滅せよ。名もなきサイコパス」


『フレアソード』


 ご主人様が魔力を込めた剣を振りかざすと、白衣の男は断末魔の叫びを放つ間もなく大爆発を起こして粉々になった。まるで本当に魂まで爆発したかのように。


 魔人が倒れ、白衣の男も倒し、街はシンと静まり返った。


「ご主人様っ」


 私は真っ先にご主人様に抱きついた。


「おっと……」


 優しい匂い。太陽のような匂い。優しい場所。天国よりも心地良い場所。


 だけど、だけれども私の瞳からは涙が出てしまう。色々な感情がぐちゃぐちゃになって泣いてしまう。


「ヴィエルジュ、泣いているのか?」


「も、申し訳ございません。でも、お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……!」


 無意識にご主人様の胸元を強く握ってしまう。自分の手の血が止まるほどに強く握る。


 これが最善。これが被害の最小限。でも、やっぱりお姉ちゃんが犠牲になったのは悲しくって、辛くって……。


 わんわんと泣いてしまっている私の頭へ、ポンっとご主人様が手を乗せた。


「大丈夫だ」


 幼子を慰めるような声で言ってくれると、私の肩を掴んでソッと離す。


 そして、魔人の方へ視線をやるので、そちらに目をやる。


「!?」


 そこに魔人はおらず、生まれたままの姿のお姉ちゃんが倒れていた。


「昔、ヴィエルジュもあんな感じで治したんだ。今回もうまくいったな」


 パチンとウィンクを投げてくるご主人様がチャーミングで素敵で。


「ご主人様……」


 やっぱり泣いてしまった。でも、今度のは悲しい涙じゃない。


「ヴィエルジュが起こしてやってくれ」


「はいっ!」


 私は涙を流したままお姉ちゃんの方へと走って行く。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」


 お姉ちゃんを抱きかかえ、必死に呼びかける。


 団員からもらった回復薬をお姉ちゃんへ使うと目が開いた。


「……ルージュ?」


「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」


「……ふふ。ほら、やっぱり、ヴィエルジュがルージュだった。私、わかってたんだから。だって私達は仲良しの、双子、だもんね……」


「ごめん。ごめんね、お姉ちゃん。私、私──」


「ルージュ……。会えて嬉しい。信じてたよ。生きてるって。これからは、ずっと、一緒だ、ね……」


「うん……うん! 一緒だよ! お姉ちゃん!!」


 私達は強く抱き合った。空白の時間を埋めるかのように強く、強く抱きしめた。

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