第25話 やみの炎は灰すら残さない
「先生!?」
ゴボゴボと血を流しながら膝を付くカンセル先生は、吐血しながらも俺達に大丈夫と言わんばかりに手をあげる。
「流石は二番隊隊長。常人なら即死なのだがな」
暗い茂みから現れたのはアルバート魔法団一番隊隊長のジュノー・ハーディングだった。
こいつ……。やはり俺の右目でも魔力の感知ができないな。
いや、今はそんなことよりも先生の傷の方が心配だ。
「ヴィエルジュ」
「かしこまりました」
多くを語らずともヴィエルジュはカンセル先生を抱きかかえてくれる。
魔法使いは回復魔法が使えないらしい。少なくともヴィエルジュは回復魔法を使えない。だからすぐに治療できる場所まで運ばないといけない。
今、カンセル先生を安全な場所に連れて行けるのはヴィエルジュだけだ。
「ご主人様」
俺を呼ぶと、持っていた魔法のムチを投げ渡してくれる。
「私の愛のムチをお使いくださいませ」
「お前の愛のムチを受け取ったぞ」
「また後で使いますので、大切に使ってくださいね」
こんな状況だからこそ、ヴィエルジュといつもの会話をしながら、彼女は風魔法でカンセル先生を抱きかかえて街の方まで飛んで行った。
「良いんですか? こんなに簡単に行かせて」
さっきから黙って見ているジュノーへ尋ねると、余裕のある笑みを見してくる。
「ああ、別に良いさ。きみを僕の手で処刑できればなんでもね」
「こりゃまた物騒なことを仰る人ですね。俺、先生に恨みを買うようなことしましたっけ?」
「きみは……。きみは僕のおもちゃに手を出して先に遊んだ」
「はい?」
おもちゃってなんだ?
「フーラは僕のコレクションに入れる予定だった。王族なだけあり、遊ぶのに随分と時間がかかったが、待てば待つほどにおもちゃで遊ぶ時の快感は凄まじい」
ギロリと犯罪者みたいな睨みつけを披露される。
「お前みたいな奴がフーラの処女を奪った!!」
「え? いや……」
何言ってんの、こいつ。
「僕がフーラを破瓜させる予定だった!」
「なんちゅうこと言ってんだよ」
「僕は処女にしか興奮しない!」
「やべー性癖だな、おい」
「僕の性癖を踏みにじった罪は死罪だ!!」
「待て待て。俺達は付き合っている(ウソ)だけだ。健全なお付き合いだぞ」
「黙れ!! フーラのあの顔は処女を散らした恋する女の顔だ!」
「お前まじで顔面だけだな。イケメンならなに言っても言い訳じゃないぞ。気持ち悪い」
フーラが生理的に無理って言ってたのがわかる。男でも無理だわ、こんな奴。
「つまりジュノー先生は、フーラと付き合った俺が憎いために元魔法団と手を組んでフーラを誘拐し、俺に罪を擦り付けた。これを元魔法団の手柄としようとした。これで邪魔な俺は消せるし、元魔法団は元鞘に戻って一石二鳥ってことで良いんですよね?」
それにしても、フーラを誘拐するなんて大掛かりなことしなくても良いと思うがね。
「は? 全然違うのだが」
「え? 違うの?」
ちょっと、カンセル先生? あんたの推理外れているんですけど。
「元魔法団の連中などどうでも良い。所詮は僕の駒さ」
カンセル先生? こいつ、本当に慕われてるの? カス中のカスみたいな発言したよ。
「僕の快楽を奪ったきみを処刑したい。勝手に処女を散らしたフーラには罰を与えたい。それだけだ」
理由があまりにもクソな件。
「処女じゃないおもちゃなどいらない。そんな奴は魔人化させてしまうのが良いのさ」
「魔人化?」
ゲスなワードの中に気になる単語が出て来やがった。
「ああ、そうだ。魔人化だ。冥土の土産に教えてやる」
本当にそんな負けフラグを立てる奴っているんだな。
「アルバート王家には凄まじい血が流れている。その血を利用すれば世界を我が物にするのも容易い。だから僕はアルバート王家に近づいたのさ。そして婚約者まで辿り着いたが……」
ギロリとまた俺を睨んだ後に、「まぁ良い」と鼻で笑う。
「血の研究は終わった。処女でもないおもちゃも用済み。そん奴は魔人化でもして、せめて僕の役に立てば良い。今、街で暴れているのも魔人化したフーラだ」
あっはっはっはと嘲笑うこいつの笑い方は嫌悪感しか抱かない。
「もう良い。笑うなゲス野郎」
パチンとムチを地面に打つと、高笑いをしていたジュノーが杖を構える。
「ほう。向かってくるか。きみの実力は認めよう。実際に天才魔法使いと名高いフーラを倒したからね。だが、ムチを持った騎士など敵ではない。世界の頂点に立つこのジュノー様の魔法をとくとご覧──」
相手が杖を構える前に、相手の杖をムチで奪ってやる。
「なっ……!?」
「おお、上手くいった」
この魔法のムチ。魔力を送ると思うままに操ることができるな。魔法使いが使うと魔法が放たれるし、凄いムチなのでは?
「ふんっ!」
魔力を感知できないのであれば、相手に魔法を使わせなければ良い。単純なことだ。
ジュノーの杖を握りつぶしてやると、パチンとムチを引っ張ってやる。
「杖を持っていない魔法使いなど恐るるに足らず。お仕置きの時間だ。この変態野郎」
「や、やめろ。ぼ、僕にそんな悪趣味はない」
「処女中毒の方がよっぽど悪趣味じゃボケええええええ」
パンパンッ!
「ぎゃああああああ!!」
「これは俺の分! これはフーラの分!! これは先生の分じゃ!!!」
パン! パン!! パンッ!!!
ムチで打ちまくる。
「どうだ! SMの世界は!?」
「ぐああ! やだああ! SMやだあ! 処女が良いいいいいいい!!」
「まだ言うか、この腐れ外道が!! ぶっ殺す!!」
ここから俺のムチ乱舞が始まる。
「や、やめっ……」
「おらおらぁ!!」
「ちょ、まじで……」
「おらおらおらぁ!!」
「ぐおおおおおお!!」
ムチでジュノーを痛ぶっていると、気合いの声を発しながら懐より注射器を取り出した。それを自らの腕に打ってみせる。
「がっあああ──ああああああ!!」
ジュノーの様子がおかしい。注射器を打った時点でやばい薬ってのはわかるが、目に見えてやばい。
彼の身体から煙が立ち上がる。段々と筋肉が膨張していき身体が一回り大きくなった。目は充血し、毛細血管が浮き出ている。爽やか系イケメンの面影は残っていなかった。
ガシッと俺の打っていたムチを掴まれてしまう。
「くっくっくっ……。あーはっはっはっ!」
禍々しい姿のジュノーは高揚感に駆られ大きく笑っている。
「素晴らしいぞ、この力。常人ではこの力に耐えきれず自滅するが、少しずつフーラの血を入れていた成果だ。日々の努力が実を結んだのだ!」
「毎日のドーピングを日々の努力とか抜かすなよ」
こいつの不気味な魔力の原因はこれだろう。毎日ドーピングを繰り返していたので普通の魔力ではなくなったってところか。
フーラへの血が出るまでの訓練も、彼女の血が欲しかったってところか。
……クズめ。
「貴様、
「おっ!?」
ふんっ! とムチごと俺は投げ飛ばされてしまう。
バサバサと草木を薙ぎ倒して行き、大木に背中を強打しちまう。
「──ってぇ!」
すげー馬鹿力。ありゃもう魔法使いでもなんでもない。ただの魔人だ。
いてて、と背中を摩りながら立ち上がると、なんだかフーラに近い魔力を感じた。
「あ、見つけた」
俺を受け止めてくれた大木には学園長の剣が刺さっていた。
「こんなところまで飛んで来ていたんだな。俺の剣投げも伊達じゃないってか」
自画自賛しながらも、この剣の違和感に気がつく。
月明かりに照らされた学園長の剣は、燃えるように赤黒く染まっていた。しかし、不思議なことに木は燃えていない。
その剣には学園長先生の嫉妬の炎でも蓄積しているかのようである。
いや、違うか。
この剣はフーラの魔法を打ち砕いてくれたよな。もしかすると、彼女の魔法を吸収でもしたから火で炙られたように見えるとかかも。
学園長先生の嫉妬の炎も増し増しかもだけど。
「見つけたぞ! リオン・ヘイヴン」
ドォォン! と空から降ってくる魔人ジュノーが俺の前に立つ。
「お前は俺の破瓜の快楽を奪い、SMの世界へ誘おうとした。その罪は重い。じわじわと殴り殺しにしてくれる」
魔人になっても処女中毒者なんだね、おい。
それにしたって、なんで俺がこうも変な恋愛劇に巻き込まれなきゃならんのだ。
ヘイヴン家を追放されてからロクなことがない。
実父と元カノの恋愛。王族との恋愛。挙げ句の果てに、処女中毒から嫉妬を買う始末。
入学してから今日までまともな日があったか? 否、ない。
あ、なんかイライラしてきたわ。病みそう。
「ただ、親のスネをかじって生きていたいだけ……。ただ、学園生活を平和に過ごしたいだけなのに……」
「なにをぶつぶつ言っていやがる! もうお前は終いだ!! 死ねえええええええ!!」
「どいつもこいつも俺を巻き込んでくんな!! どちくしょおおおおお!!」
木に刺さっていた学園長の剣を引き抜き、俺達の思いを乗せて斬りつける。
「そんな一撃、魔人となったオレの前では──」
ボオオオオオオオオオオ!!
思いを乗せた剣から漆黒の炎が巻き起こる。
「ぐ、ああああああ!! 熱い、熱いいいいいいいい!!」
漆黒の炎は一気にジュノーを包み込んだ。
この剣の炎には、学園長先生のドロドロの恋愛癖な病みの念と、俺のスネをかじって生きていたいのを邪魔された怒りな病みの念と、フーラの火の最上級魔法の念がこもっている。と思う。
みんなの思いを漆黒の炎に変えて──。
「病みの炎に抱かれて消えろ」
ようやくと炎が消えた時、魔人は灰すら残っていなかった。
やっぱ学園長先生の剣なだけあり、病みが半端ないね。
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