第30話 こんなところでイチャイチャしている場合ではない

「えいっ♡ えいっ♡♡」


「おうっ♡ おうっ♡♡」


 地下牢に響き渡るヴィエルジュの声と、俺──リオン・ヘイヴンの声。


「おーい……」


 俺がヴィエルジュの魔法のムチを受けているところで、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「お前ら……なに、してんの?」


 担任のカンセル先生がどうしてここにいるのか疑問が浮かんだが、それは向こうも同じみたい。


 先生は、かけているサングラスをクイっとしながら呆れた声を出していた。


「ご主人様を拷問中です♡」


「なんでそうなった!? リオン、大丈夫か!?」


「──先生。どうして邪魔をするんですか。もう少しで新しい扉が開きそうだったのに」


「そうですね。私もなにかが開きそうな気がしておりました」


「その年で開かんで良い!!」


 流石のチャラ男も、自分の生徒がSMに目覚めるのを阻止したいみたいで、すぐさま俺を拘束具から解放する。


 拘束を解かれると、ふらっとヴィエルジュが生まれたままの姿の俺を抱えてくれる。


「いかがでしたか? ご主人様」


「ああ。とても良かったよ。ヴィエルジュは顔も声も可愛いからな。非常に興奮した」


「可愛いだなんて……♡ もう、ご主人様はいつもそうやってヴィエルジュを甘やかす。次はもっと頑張りますね♡」


 えへへーなんてやり取りをしているとカンセル先生がジト目で見てくる。


「地下牢でイチャイチャすんなー」


 はぁと呆れたため息を吐きながら先生は、どこかで見つけてくれたのだろう剥がされた俺の制服を渡してくれる。


 どもどもーと受け取って早速と着替える。


「そういえば先生。今ってなにがどうなってんですかね」


 制服に袖を通しながら先生へ尋ねた。


「ん。ちょっと整理な。まず、リオンはフーラ誘拐の容疑で魔法団に連行された。これで間違いはないよな?」


「はい。魔法団から事情聴取を要請されましたが、ここに連れて来られていきなり拷問をされました」


「やっぱりそうか……リオン。単刀直入に言うと、そいつらは魔法団じゃない。正確には元魔法団の団員達だ」


「元魔法団の団員達がどうしてジュノー先生と一緒なんですか?」


 先生はサングラスをクイっとすると説明を続けてくれる。


「あいつらはみんなジュノーの部隊にいた連中だ。俺は部隊が違うから詳細まではわからないが、魔法団をクビになった連中だろう」


 クビになった理由なんてのは様々あるが、簡単に俺を拷問する連中だ。理不尽なクビってわけではなさそうだよな。


「ジュノーは元魔法団と手を組んでフーラを誘拐し、その罪をリオンになすりつけるつもりだったんだ」


「一番隊隊長でフーラ様の婚約者。なのに、わざわざフーラ様を誘拐する理由というのはなぜなのでしょう?」


 俺も気になることをヴィエルジュが尋ねてくれる。


「確実なことは言えないが、あいつは下から慕われている。だから、元魔法団の連中を自分の部隊に戻したいがための行動なのかもしれないな」


「フーラ様を誘拐したのはご主人様ということにして捕まえる。手柄を元魔法団の団員達へ渡し、晴れて部隊に戻す。そんな感じでしょうか?」


「俺って自作自演に巻き込まれたってことかよ」


 パンッ!


 先生は自分の拳を叩いて怒っていた。


「もしそうだったとしたら絶対にゆるせねー。俺の可愛い生徒に罪を擦り付けやがって」


「「おおー」」


 俺とヴィエルジュはパチパチパチと先生に拍手を送る。


 このチャラ男、見た目はチャラチャラしているけど熱い良い先生じゃないか。


「リオンが学園を卒業できなかったら、猛プッシュした俺の爵位が剥奪になるじゃねーかよっ! くそっ!! それは絶対に避けないと」


「「あらら……」」


 俺とヴィエルジュは拍手をしていたのが一転、その場でこけそうになる。


「こんのクソ教師!!」


「あはは! ウソウソ。冗談だっての。本気で心配だったから来たんだよん」


「うそくさー」


「ご主人様。先生の仰っていることは本当です。ご主人様が連行された後、この場所にすぐさま案内してくれたのは先生ですので」


「確かに。ヴィエルジュひとりじゃ来れなかったろうな。それにしても良くここだとわかりましたよね」


「ここは山にある古い地下牢で今は使われていないからな。元魔法団の奴等が使うならここしかないって思ってな」


 ドヤ顔一つ見せる先生。それが妙にチャラくてやめてほしいけど、その推理のおかげで助かったからドヤ顔するなとは言えない。


「それにしたって、ヴィエルジュはいきなり突っ走って行くもんなぁ。後を追ったら、地下牢ごと元魔法団の団員達が凍って粉々になっててびっくりしたわ」


「私、超不機嫌でしたからね」


 このメイド様。普段は風魔法を使用するけど、ブチキレたら殺戮の氷魔法で無双しますからね。本当に怖くて美しいメイド様ですよ。


「もしかして、ヴィエルジュって一番やばい?」


「一番怒らしたらダメなタイプです」


「安心してくださいカンセル先生。私、沸点は高い方なので、そんなにすぐには怒りません」


 ヴィエルジュはパチンと持っていたムチを地面に叩きつける。


「ですが、ご主人様に害を成す者には容赦しません」


「あははー。リオンくん。これからもよろしくー」


 先生も氷漬けは勘弁なのか、わざとらしく俺と肩を組んでくる。


 現金なチャラ男なこって。


「しっかし、フーラもここにいると思ったんだけど宛が外れたな」


「そういえば先生。フーラの捜索はどうなっているんですか?」


「俺の部隊が総出で探している──」


 ゴゴゴゴゴゴ──。


 会話の途中で地震のような揺れが発生する。


 その直後、カンセル先生が眉間にシワを寄せると、「なんだと!?」と驚いた声を出す。


 いきなり独り言を始めたから何事かと思ったわ。


「思念魔法でしょうね。遠く離れた相手と心の中で会話が可能な上位の魔法です」


「魔法使いはそんな魔法も使えるのかよ」


「ご主人様と私には不要ですね。目を見ればわかりますもの」


「じゃ、これはわかる?」


 ジーっとヴィエルジュを見つめると、「簡単過ぎです」と鼻で笑ってみせた。


「『ヴィエルジュ好き好きー♡ 俺と一生一緒にいてくれや♡♡』ですね。余裕過ぎてヴィエルジュびびっております」


「『ヴィエルジュ、今日のリップ変えてるよな。昨日の大事な買い物ってそれだったんだね。似合っているよ』なんだけど」


「おっふっ。リップに気が付いてくれる系男子とか、どんだけ私の理想なんですか、ご主人様。普通に好きです」


「息を吐くみたいに告ってくるね」


「ふたりとも。地下牢でのイチャイチャは終いだ」


 思念魔法が終わったみたいで、カンセル先生がまじな顔して俺達に言ってのける。


「街で化け物が暴れているらしい。さっきの揺れはその化け物の仕業だろう」


「化け物、ですか」


「ああ。詳細はわからないが、俺の部隊もやられていると連絡があった。俺はすぐに加勢に行くから、リオンとヴィエルジュでフーラの捜索を頼めるか?」


「「はい」」


 いつもの先生とは違い、その真剣な眼はアルバート魔法団二番隊隊長であったため、俺とヴィエルジュは切り替えるように返事をした。


「よし。とりあえずここから出るぞ」


 カンセル先生は俺達に杖を振ってみせた。


 すると、目の前の景色が一気に変わる。


 気がつくと、暗い山の中の景色が広がっていた。


 もう、夜か。


「入学試験の時みたいなワープの魔法?」


「はい。流石はアルバート魔法団二番隊隊長ですね」


「イェーイ。ピースピース」


 態度こそチャラいが、やっぱり凄い人なんだなぁ。


「つうかヴィエルジュ。それ持って来たの?」


 彼女が持っている魔法のムチを見ながら言うと、その場でパチンと地面を叩く。


「ご主人様がご所望と思いまして」


「よくやったぞ、ヴィエルジュ」


「はぁ。お前ら良い加減SMはやめ──」


 がはっ!!


「「!?」」


 平和的会話の最中に、カンセル先生の胸を魔法が貫いた。


『当たったのはカンセルか』


 俺達の目の前に爽やか系のイケメンが不意打ちをして現れた。

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