第29話 魔人の呪い(フーラ視点)

 目を覚ますと私は教会の祭壇にいた。


 月明かりを浴びて光るステンドグラスの様子から、今が夜だということを教えてくれる。


「私……」


 どうしてこんなところに? 記憶がはっきりとしない。


 落ち着け。私は誰だ。私はアルバート魔法王国第一王女、フーラ・アルバート。大丈夫。冷静に思い出せ。


 一番最近の記憶を脳内から手繰り寄せる。


 ヘイヴン侯爵家の三男、リオン・ヘイヴンと学園長先生の剣を探していたっけ。それから街を案内して夕方に街で別れて……。


 そこから先の記憶がない。 


 ガチャガチャ。


 すぐ近くで金属が擦れる音がした。


 音の方への視線をやると、どうやら私の手足は教壇に拘束されているみたい。


 こんなもの……!


「……だめか」


 どうやら魔法を使えないようにする拘束具みたい。


 そりゃ、私を縛り付けるのだからそれくらいの用意はしてあるのは当然か。


 リオンくんだったら簡単に壊せるんだろうな。 


 あの人、めちゃくちゃ強いもん。どうして実力を隠しているのだろう。


 ……いや、リオンくんのことだからしょうもないことだよね、きっと。


 大きな声を出したら助けに来てくれないかな。


 いや、やめておこう。


 今は誰もいないが、ここに何人いるかもわからない。そんなバカなことをするほど私も間抜けではない。


 私を拘束しているからには、なにか私に利用価値を見出している。必要なければこんなことしないよね。


 私は第一王女。王位継承権があるため、かなりの利用価値がある。


 だけど、どうやって誘拐したのだろうか。最後の記憶はリオンくんと別れた後。


 だったら、私は街で誘拐されたことになる。時間はまだ夕方だった。その時間帯ならば人の数も多い。そうなると顔見知りの犯行──。


「目が覚めたみたいですね」


 コツコツと足音を立ててやってくる聞き慣れた声。


「先生……」


 幼少の頃よりずっとお世話になっている魔法の先生。


 エウロパ・ダートマス先生。


 ルージュが化け物に攫われた時、命をかけて戦ってくれた。ほとんど瀕死状態から奇跡の生還を果たした人だ。


 その先生がどうしてこんなところに……?


 いや、私は案外冷静だった。


「先生が私を攫ったのですか?」


 それしかないという風に聞くと、先生はくすりと笑ってくる。


「ああ。私があなたを攫いましたよ。フーラ姫」


「どうして?」


「研究のためです」


「研究?」


 おうむ返しで尋ねると、ニタァと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「血だよ。血。血の研究だ。くくく、あひゃひゃひゃ」


 一気に怪しく笑う先生を見て、ジュノーの気持ちの悪い笑みを思い出してしまう。


 なんだかこいつの笑い方があの人と一緒に見えて吐き気がする。


「ふひひー! やっぱり王族の血は素晴らしい」


「私の血がどう素晴らしいの?」


「ふっひひ。ひひ。魔人だよ。魔人。魔人を造るのに最適だ」


「魔人……?」


 なんだか物騒な言葉が出てくる。


「私達はね、人を魔人にする薬を研究している。昔、ある実験でアルバートの血がその薬と混ぜることで、莫大な進化を遂げたのを発見してね。流石は王家の血。流石は天才魔法使いの血」


 先生は相当興奮している様子で、ニタリと笑いながらこちらを見てくる。


「それもこれもお前の妹のルージュ・アルバートのおかげだ」


「ルージュ……?」


 どうしていきなり妹の名前が出て来たのだろうか。


「薬をルージュに飲ませたら理性のある魔人化には成功した。理性を少しでも保てたのは王族の血がそうさせたのだろう。だが、あいつはまだ未熟であった。そのまま理性を失って暴れ出したからな。研究に危険は付き物だ。もしもの時のために回復薬の研究も進めておいて良かったよ。それが無かったら私も危なかった」


 先生の言葉で一気に頭に血が上ってしまう。


「ルージュになにをしたああああああ!!」


 がああああああと全力で暴れるが、そんなことでは拘束具は壊れない。


「無駄だ。それは優秀なアルバート魔法団第一部隊隊長が作った魔法の拘束具。どんな天才でも壊れない」


「ルージュを! ルージュを返せえええ! 返せええええええ!」


「おいおい。何年前の話をしているんだ。魔人化し、魔力が暴走してとっくに死んでいるだろう。ま、あいつは第二王女のいらない子だ。最後に私達の実験の糧となれて本望だったろうな」


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 こちらの呪うような声に対して、なにも感じていないような先生は薬を取り出した。


「まだ実験は完璧じゃないが、ジュノーがご立腹なもんでな。お前、なにしたんだ」


 先生は笑いながら近づいてくる。


「ま、実験はほとんど完成しているから良いんだけどな」


 拘束具を着けて暴れ回っている私なんてなんの脅威でもないのか、先生が私に強制的に薬を飲ませる。


「ぐっ……! あ……!」


「この最高の血に、私の最高傑作を流し込めばどうなるか。答えは──」


「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 体が熱い……。まるで溶岩の中に入れられたみたいな灼熱だ。息が苦しい。


 ルージュ……。


 ルージュもこんなに苦しい思いをしたの……? 


 まだ幼い頃に、こんな、思いを……。


 ああ、ルージュ……。


 はぁ……はぁ……リオンくん……助け……。


 私の意識はブラックホールに吸い込まれたみたいに消えてしまった。


「素晴らしい。忠実なる魔人の完成だ」

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