第23話 魔人の呪い(フーラ視点)
目を覚ますと薄暗い部屋にいた。
窓はなく、ロウソクの火が一本だけで部屋を照らしてくれている。
壁は石造りで、目の前には鉄格子。
「私……」
記憶がない。
いや、全ての記憶がないわけではない。
私はアルバート魔法王国第一王女、フーラ・アルバート。
うん。大丈夫。物心ついた頃の記憶から、お父様、お母様、そしてまだ生きていると信じている妹のことまでばっちり覚えている。
直近の記憶は……。
ヘイヴン侯爵家の三男、リオン・ヘイヴンと学園長先生の剣を探していたっけ。それから街を案内して夕方に街で別れて……。
そこから先の記憶がない。
身体を動かしてみると、ガチャガチャと金属が擦れる音がした。
音の方への視線をやると、どうやら私の手足は台座に拘束されているみたいだ。
「魔法を封じる拘束具ね……」
これじゃあ魔法を使っての脱出は不可能。
リオンくんだったら壊せるかもしれない。彼、落ちこぼれとか言われているくせにめちゃくちゃ強いもの。どうして実力を隠しているのだろう。……いや、彼のことだからしょうもないことだよね。きっと。
今は彼のことを考えている暇なんてない。というか、どうしてあの人が脳裏を過ったのやら。まったく。
私を拘束しているからには、なにか私に利用価値があるということよね。
私は第一王女。王位継承権があるため、かなりの利用価値がある。
だけど、どうやって誘拐したのだろうか。最後の記憶はリオンくんと別れた後。だったら、私は街で誘拐されたことになる。時間はまだ夕方だった。その時間帯ならば人の数も多い。そうなると顔見知りの犯行──。
カラン……。
考えがまとまりそうな時、隣でなにかが落ちた。
自然と視線をそちらの方に向ける。
「きゃ!」
私はつい悲鳴を上げてしまった。
「ガイコツ……」
そう。
私の隣にあるのは白骨化した遺体があった。その遺体はアルバート魔法学園の制服を着ている。薄暗くわかりにくいが、多分ロングコートの中身の色は緑色だ。
よく目を凝らして見ると、他にも白骨化した遺体が何体か転がっていた。
「おやおや。目が覚めたみたいだな」
さっきの悲鳴で私が起きたのに気が付いたのか、鉄格子の扉を開けて白衣の男が入って来る。
薄暗くて顔がはっきりとは見えないが、昔にどこかで見たことのあるような顔だった。
「あなたが私をさらったの?」
自分でもびっくりするくらいに落ち着いた声が出ていた。正直言えば怖い。でも、弱さを見せたら相手の思うつぼ。かといって相手の怒りをかうような態度もいけない。今の声は満点をあげても良いのではないかと自負できる声だ。
「いやいや、よしてくれよ。俺にはお前みたいな天才魔法使いを誘拐できる能力はないさ。俺はそっちの才能はないが、研究の才能はあるんだ」
「どんな研究をしているの?」
「血だよ。血。血の研究だ」
一気に怪しく笑う彼を見て、ジュノーの気持ちの悪い笑みを思い出してしまう。なんだかこいつの笑い方があの人と一緒に見えて吐き気がする。
「ふひひー! やっぱり王族の血は素晴らしい。フーラ王女。お前の血は本当に素晴らしかったぞ」
どうやら私はいつの間にか血を抜かれていたみたいだ。いつ抜かれたのだろうか。いや、今はいつかなんてどうでも良い。
「私の血がどう素晴らしいの?」
「ふっひひ。ひひ。魔人だよ。魔人。魔人を造るのに最適だ」
「魔人……?」
なんだか物騒な言葉が出てくる。
そういえば昔に、『魔人の呪い』だなんて病気が流行ったけど、それと関係があるのかな。
「お前の血は人を魔人にする力がある。流石は王家の血。流石は天才魔法使いの血」
白衣の男は相当興奮している様子で、学園の制服を着ている白骨遺体を蹴飛ばした。
「学年主席だかなんだか知らんが、こんな奴等じゃなんの役にも立たん。魔人化もせずに肉の塊になりやがった。ただのゴミだったな」
「なんて酷いことを……」
「くくく。そういえば、王族だが使えない奴もいたな」
「え?」
「お前の妹のルージュ・アルバート。あいつは失敗作だったな」
「ルージュ……?」
どうしていきなり妹の名前が出て来たのだろうか。どうしてこいつは妹の名前を知っているのだろうか。どうして……。
そこで、私は彼の顔をどこで見たか思い出す。
こいつはルージュを重い病気と判断し、隔離させて死亡宣告した医者だ。
「あいつの血を改良してあいつに流したら、魔人化には成功したがそのまま理性を失って暴れ出したからな」
この白衣の男の言葉で一気に頭に血が上ってしまう。
「ルージュになにをしたああああああ!!」
がああああああと全力で暴れるが、そんなことでは拘束具は壊れない。
「無駄だ。それは優秀なアルバート魔法団第一部隊隊長が作った魔法の拘束具。どんな天才でも壊れない」
「ルージュを! ルージュを返せえええ! 返せええええええ!」
「おいおい。何年前の話をしているんだ。魔人化し、魔力が暴走してとっくに死んでるっての」
白衣の男が懐から注射器を取り出して言って来る。
「返して欲しいのはこっちも一緒なんだよ。アルバート王に剥奪された爵位だとか名誉だとか。仕事もそうだ。色々と返して欲しいからみんな動いてくれたよ」
白衣の男は笑いながら近づいてくる。
「ま、俺は人体実験ができればそれで良いんだけど」
拘束具を着けて暴れ回っている私なんてなんの脅威でもないのか、白衣の男は私に注射器を刺した。
「ぐっ……。あ……!」
「もうお前の血も十分に取れた。後は好きにして良いと言われてるんでね、最後の実験だ。この最高の血に、俺の最高傑作を流し込めばどうなるか。答えは──」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
体が熱い……。まるで溶岩の中に入れられたみたいな灼熱だ。息が苦しい。
ルージュ……。ルージュもこんなに苦しい思いをしたの……? まだ幼い頃にこんな、思いを……。ああ、ルージュ。もっと早くこの医者が怪しいとわかっていれば助けてあげられたかな。
はぁ……はぁ……。リオンくん……助け……。
最後にはなぜかリオンくんの顔が思い浮かび、私の意識はブラックホールに吸い込まれたみたいに消えてしまった。
「素晴らしい。忠実なる魔人の完成だ」
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