第12話 前世でも現世でもこの枕に勝るものなし

 疲れた。猛烈に疲れた。もう無理、だるい、しんどすぎー。


 あの嚙ませ犬め、入学初日から決闘とか挑んでくんなや。つうか決闘の内容も騎士いじめだし。前世のブラック務めを思い出すわ、こんなん。


 リオンとして産まれてから親のスネをかじってのうのうと生きていた俺には、今日という日は大変激務であった。


 これからのことを考えると魔法を一つでも覚えないとやばいよなぁ。こんな日がまた来るやも知れんし。俺に魔法が覚えられるかどうかわなんねぇが……。


 ええい。今はとにかく疲れた。帰ったら速攻ベッドにダイブだな。もう寝るっ。


 自分の肩を揉みながら寮にある自室のドアを開いた。


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 ウチの専属メイドが、いつものメイド服でお出迎えしてくれる。


「ただいま。ヴィエルジュ」


 ヴィエルジュには合鍵を渡してあるので部屋を開けた先に彼女がいてもなんら不思議ではない。


 この子ったら、


「同居できないのは甘んじて受け入れますが、お世話できなかった場合、私のなにかしらが爆発しますでしょう」


 とか脅してくんだもん。


 ヴィエルジュの場合、まじでなにかしらが爆発するだろうから素直に合鍵を渡しておいたよね。そっちの方が平和的だもん。


 ま、こうやって帰ってくるのを出迎えてくれるってのは俺としても嬉しいんだけどね。帰ったら誰かがいるっているのは温かくて好きだ。


 ヴィエルジュが俺のロングコートを預かると言わんばかりに手を伸ばしてくるので、遠慮なくコートを脱いで彼女へと預ける。

 ヴィエルジュは丁寧にコートを持って、ウォールハンガーにコートをかけてくれた。


「ふぃ……」


 制服のネクタイを緩めながらベッドに腰かけた。スプリングが作動して俺の体が微妙に上下に揺れる。


「ご主人様。その仕草はヴィエルジュに効きます。ギュッと抱きしめてください」


 唐突なことを言いながら、彼女は俺の隣に腰かけた。


「いきなりメイドがわがままをぶっ放してくる件」


「ご主人様がネクタイを緩める仕草がかっこ良すぎて、このヴィエルジュ。目から♡マークが飛び出ております」


 ほら見てください、なんて言いながらジーッと俺を見つめてくる。


 確かに♡マークが見えた気がする。


「や、そういうのは、あんまり自分で言うもんじゃないと、思うぞ……」


「むむ。ご主人様のツッコミにキレがございませんね」


「そりゃ、ヴィエルジュさんやい、今日は、まじに疲れたからなぁ……」


 ふぁーぁと欠伸をかますと、彼女が膝をぽんぽんとする。


「私をお使いになられますか?」


 なぁんかそれだけ聞くとちょっとえっちぃなぁ。


 でと、こんなにも可愛い女の子の膝枕を断る男子などこの世にいない。


「借りるぞ」


「遠慮なくお使いください♡」


 素直に彼女の膝元へ、ゆっくりと頭を預ける。


 メイド服越しの柔らかい感触は、俺の頭にフィットする。


 今まで生きて来た中でも最高の枕である。いい匂いするし。

 

「ふふ。自堕落なご主人様にとって、今日は中々に濃い一日でしたものね」


「全くだ。なんで初日から決闘なんてせにゃならん」


「しかし、あの縛られた条件下での勝利は、とてもかっこ良かったですよ」


「たまたまだよ。あんなんが続いちゃ身がもたん」


 やれやれとため息が漏れちまう。


「これからもあんな感じの日々が続くのかねー」


「それはわかりませんが、ご主人様の自堕落な計画の通りにはいかなそうですね」


「やっぱり、ヴィエルジュの目から見ても、日陰でコソコソ適当に単位を取って過ごす俺の計画は無理そうかな?」


「入学初日で十分に目立ってしまいましたからね。日陰でコソコソは無理そうです。単位を取るにも魔法の勉強をしないといけませんでしょうから、適当というわけにもいかないと思われます」


「俺の自堕落な学園生活がぁ……」


 侯爵家を追放されたから、こうなったら学園生活を謳歌してやるって思ったのにどうやらそうはいかないらしい。


「ですが、ご主人様にはヴィエルジュがいます。バラ色の学園生活間違いなし♪」


「双子の実の姉にグイグイこられて、たじたじだったヴィエルジュさんがよく言うねー」


「うっ!」


 ボディブローを受けたような声を漏らしていた。


「見て、ました?」


「決闘の時にヴィエルジュの力を借りようとした時に見たら、なんともまぁ、らしくないヴィエルジュの姿があったわ」


「あ、不正を働こうとしていたのですね。悪いご主人様です。そんなわるわるご主人様には罰を与えます」


 そう言って俺の頭を撫でてくる。


「なんとも心地の良い罰なこって」


「ふふ。ご主人様の髪は相変わらず男性の髪って感じですね。ライオンみたいです」


「ライオンの毛を触ったことあんの?」


「まだルージュだった頃、城で飼っておりました。名前はポチです」


「さっすが王族。ペットも桁違いなら名付けも特殊過ぎるぜ」


 ネコ科のペットにポチは特殊過ぎるよね。


 そんな桁違いの一族の姫様に、メイド服着させて専属メイドをやらしているなんて知られたら俺はどうなるのやら。ポチの餌にでもされちまうかもなぁ。


「そういえば、ヴィエルジュ」


「いかがなさいました?」


「フーラからやたらと絡まれていたが、なにをそんなにグイグイ来られていたんだ?」


 まさか、執拗に彼女の正体へ探りを入れようとしたのではなかろうか。


「ただの世間話ですよ。学園の近くに美味しいお店があるとか、可愛いアクセサリー屋さんがあるとか。今度一緒に行こうとか。そんな他愛もない会話です」


「『お前はルージュだろ』って聞かれなかった?」


「会話の中で、その名は一度も出てこなかったです」


「なら、単純にヴィエルジュとして仲良くなりたいってことかな?」


「それはわかりませんが、私がお姉ちゃんを見てすぐにわかったのと同じく、お姉ちゃんもまた、私を見て気がついているとは思います」


「双子特有のやつ?」


「そうなのかもしれません。ですが、相手がなにをどう思おうとも、私はヴィエルジュです。それは決して変わりありませんので」


「ヴィエルジュがヴィエルジュでありたいのであれば俺も──合わ、せる……よ」


 あまりに心地の良いヴィエルジュの膝枕にプラスして、頭を撫でられたら一気に睡魔が襲ってくる。


「おやすみになられますか?」


「ん……」


「おやすみなさいませ、ご主人様。良い夢が見られますように」


 まるで母親みたいにおやすみを言ってくれるヴィエルジュの声を最後に、俺はそのまま夢の中に誘われた。


 心地の良い夢だった。


 夢の世界はゆっくりのんびりとできた。


 これもヴィエルジュの膝枕のおかげだろう。


 だけど、現実はそんなに甘くない。


 次の日から俺の描いていた理想の自堕落学園生活から程遠い、慌ただしい日々が始まっちゃった。

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