第17話 お姫様の宣戦布告
アルバート魔法学園に入学して数日が経過していた。
まだまだ新生活に慣れたとは言えない日常を送っている。
流石は魔法学園なだけあって魔法の授業ばかりであった。チンプンカンプンな授業内容は、前世の英語や古典の授業を聞いているかのようである。
まぁ、授業はね、別に良いんだよ。平和そのもので。ああ、俺、学生してるなぁ。とか、教室から窓の外を見上げて物思いにふけったりしてね。
でも──。
鐘の音が鳴り響いた時、地獄の門が開かれん。
キーンコーンカーンコーン。
──ダッ!
チャイムが鳴り響くと同時に、俺は教室を一目散に出て行った。
ドタドタドタと廊下を走る。全力で走る。
『廊下は走らない』の貼り紙を見て、そんな悠長なことを言っとる場合かっ! とツッコミを入れておこう。
『待てええええええ! 落ちこぼれがああああああ!』
『止まれええええええ!』
『決闘しろおおおおおお!』
「やっぱり今日もですよねー!?」
昼休みは必修科目の鬼ごっこ。
後ろからは大量の生徒が俺を求めてやってくる。
ぼくちゃんモテ期到来☆ とか言ってる場合じゃねぇ!
こうなったのも、全部学園長が悪いんだ。
噛ませ犬との決闘の後、学校の掲示板に貼られていた通知書にはこう書かれていた。
『リオン・ヘイヴンと決闘をして勝った者には
ナニヲイッテイルノカワカンナイ。
いや、初めて見た時は頭の中真っ白になったよね。だって意味わかんないもん。なんで俺が単位の景品になってんだよ。こんなん、前世の世界だったらコンプライアンス的にアウト過ぎるだろ。
しかし、ここは異世界。
コンプライアンス? なにそれ美味しいの? 状態。
もちろん、抗議しに学園長室へ出向いたけど、あの美魔女ったらいっつも留守にしてやがる。学園長って忙しいのね。くそったれめ。
おかげで無事に俺だけ必修科目の鬼ごっこが強制追加されたよね。一対複数の鬼ごっこ。鬼の数が鬼多い。なにこれ、どんな罰だよ。
『くそおおおおおお! 待てええええええ!』
『待てよ! 逃げるなああああああ!』
「あーははは! ガリ勉共は足がおせーなー!! 脳筋一族の速さなめんなよ!! ばーか! ばーか!! うんこたれー!!!」
あ、うん。魔法使いの人達って基本的に足が遅い。というか、全体的に運動神経が悪いって感じだね。そりゃ魔法使いってのは頭を使うからねぇ。勉強は必須。運動は捨てないといけないもんね。
だけど、こちとら運動必須の騎士の家系じゃい。足の速さは伊達じゃないんよ。なめんな、ぼけ。
今日も今日とてガリ勉魔法使い共を余裕で振り切って、コソコソと俺の隠れ家へと向かう。
隠れ家と言ってもただの屋上だ。
屋上は立ち入り禁止。魔法使いのガリ勉優等生共は律儀にそれを守っている。そもそも屋上は施錠されているため、普通は立ち入ることができない。
だけど──。
「パワー」
俺は力ずくでドアを開けてやる。立ち入り禁止? 知るか。こちとらそんなことを守る余裕なんてないわ。
屋上のドアを開けて、塔屋の壁に背中を預けて座った。
「はふぃ」
ここは安全地帯。一息つく。
『おつかれみたいだね』
「ふょ!?」
ドキンと心臓が跳ねて、反射的に立ち上がる。
「あはは! ふょ!? だって あはははは!」
隣を見ると、ピンクの長い髪の美少女が妖精みたく、くすくすと笑ってらっしゃった。
「フーラ。なんでここに……」
どうしてクラスメイトのお姫様がこんなところにいるのだろうか。
「──はっ!?」
まさか、こいつも俺を狙っているのか!?
姫様と言えど学園ではアルバート魔法学園の一生徒。単位取得は王族、貴族関係なく平等。単位なんてもんは喉から手が出るほど欲しいはず。
警戒し、ゆっくりと後退ると彼女は笑いながら教えてくれる。
「ここは私のお気に入りの場所なんだよ。鍵も借りてるし」
言いながら鍵を俺に見してくれる。
「というかあれだね。毎回屋上の鍵が壊れて先生が魔法で直してくれていたけど、その犯人はリオンくんだったんだ」
「なるほど。毎回パワーで潰したってのに、次の日に直っていたのはそういうことか」
「もう。ダメじゃない。ちゃんと鍵で開けないと」
「面目ない」
「というか、騎士の家系の人って鍵なんて関係なく扉を開けられるの?」
「フーラよ。追いかけられた奴の火事場のクソ力ってやつだ。普段はそんなことできん」
「あ、はは……そうなんだぁ」
フーラは引き笑いをしていた。
「私はリオンくんを取って食おうってわけじゃないから安心してよ。ここで会ったのはたまたまの偶然なんだから」
「でもわかんないぞ。姫様ったら実は単位円が喉から手が出るほどに欲しい可能性もあるからな」
ヴィエルジュから聞いた話だと、魔法の天才らしいからそんなことはないと思うが、警戒はしないとね。
「うーん。喉から手が出るほどに欲しいのは、ヴィエルジュの情報かな」
「ん?」
「ヴィエルジュはね、行方不明になった私の双子の妹にそっくりなんだ」
「あー、それでレストランで見かけた時に声をかけたんだな」
ヴィエルジュが彼女に正体を明かそうとしていないのを汲んで、適当に彼女の話に合わせる。
「うん。あのレストランはね、たまに私が妹と城を抜け出してこっそり食べに行っていた思い出のレストランなんだ」
懐かしむような顔をして、フーラが語ってくれる。
「妹はね行方不明になったの。周りの人は突然現れた化け物に殺されたって言ってるけど……」
なるほど。真実を知っているヴィエルジュと犯人がいないがために、想像での推理の結果、その答えに辿り着いてしまったのか。
「でも信じない。ルージュの死体が出て来ていない限りそんな話は信じない。ルージュは生きている。そう信じて、私達はずっと、ずっと、ルージュを探している。今だってそう。お父様とお母様も、ずっと探しているんだよ」
フーラはずっと、妹を探していたんだな……。
「リオンくんのメイドのヴィエルジュ。あれは私の大事な妹だよ」
確信を得ている者の目をしている。
ヴィエルジュも言っていたが、自分が姉のことに気が付いているのなら、フーラもヴィエルジュのことには気が付いていると言っていたな。
双子特有のなにかが彼女達の間にあるのだろう。
「フーラ。レストランで会った時、ヴィエルジュは人違いって言っただろ。なら、それが全てだよ」
この問題はヴィエルジュとフーラの姉妹の問題。大きく言えば、アルバートの問題だ。
俺も無関係ではないが、第三者の俺の口から軽々しく真実を告げて良い話ではないだろう。
「そう、だよね。本人がそう言うのなら、今はそれが真実なんだよね」
寂しそうに呟くフーラは、涙目でこちらを伺う。
「でも、こればっかりは譲れない」
引く感じの雰囲気から一変、彼女は少しだけこぼれた涙を拭いた。
「まどろっこしいのはやめたよ。リオンくん。今度の班対抗実技試験であなたに勝ったら洗いざらい吐いてもらうわ」
「いきなり宣戦布告してくんなよ」
「ごめんなさい。なにか事情があるのはわかる。でも、ずっと探していた妹が目の前にいるかもしれないのに、はいそうですかで終われない」
そりゃ、殺されたと聞かされた妹のそっくりさんが現れたら、真実を知りたくなるよな。諦め切れないわな。
「……わかったよ。その班対抗実技試験ってので、俺が負けたら洗いざらいなんでも吐いてやる」
「ありがと」
そう言った後、フーラがビシッとこちらに指を差してくる。
「魔法なんて使わなくても良いから全力で来なさい。私も全力でいくわ」
こうして、俺とフーラの班対抗実技試験の戦いが始まるのであった。
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